10年前の憧れに会った話

たまたま観た駅前プロレスがけっこう面白かった。
きっと本物の試合はもっと面白いはずだ!と思った。
それで、昔に興味を持っていたドラゴンゲートという団体のプロレスを、後楽園へ観に行くことにした。

先ず、チケットの買いかたが難しかった。
座席の位置の案内がなかった。分かるのは値段の違いだけ。上からRS・S・A・B・C…
チケットの手配をする夫から「どの席にしようか。A席かB席かな」とメッセージが送られてきた時、先ず私は「どうせなら一番良いRS席にしよう」と返信した。
RSって何か響きがかっこいい(スーパーレアっぽい)し、特等席に違いないから、娘達も喜ぶだろうと思った。

しかし返信してから気づいた。
「ちょっと待って。プロレスって場外乱闘があるよね。ドラゴンゲートもやるのかな」
夫に聞くと「あるかもね」と返信がくる。
RSってたぶん一番リングに近い席だよな。子連れで乱闘に巻き込まれたらヤバいよな。
私は焦って、「どの席が良いか調べるから、待ってて」とした。

1番値段が高い席=1番良くてハッピーな席って単純に思い込んでたの、怖い。

知恵袋やブログで調べた。
Twitterなんかが主流の今、ブログに情報をまとめてくれている人は本当に有り難いなと思った。
さっそく分かった座席種「RS」の意味。リングサイドの略だった。リング近くに設置されるパイプ椅子を示すとのこと。
もちろん乱闘に巻き込まれやすいから、自分で危ないシーンを予測して逃げる知恵が求められるらしい。上級者向けの席だった。
危なかったー! 初観戦&子連れが座っちゃいけない席だった。

それじゃあSやAの違いは何なの?
これは試合によって場所が異なるらしく、だいたい座席の方角とリングからの距離で決まるらしかった。
プロレスはリングに向かって四方に座席が設けられる。
色々と調べた結果、私は正面(リングは四方に開け放たれているけれど、きちんと正面の設定があったのだ)である南側の、やや後ろ寄りの席にしたくなった。
何故なら、1)距離をおく=安全、2)正面=見やすくて初心者向け、3)南側の席はベンチタイプでなく、背もたれがあるシート、だから。
リングに近い席はベンチタイプの席になる。シートのほうが楽だろうと考えた。

ところがここで問題が。先に書いた通り、席種では位置が分からない。
南側で、そこそこ後ろ寄りで、でも遠すぎない席って何席?
AかBだな…と目星をつけた。Cは最後方だろう。Sはパイプ椅子を除いた最前列なんじゃないか。南側の席は列が多い。最後方からC、B…と並んでいるならば、Aが良い位置なのではないか?

さて、ここまで熟考してA席を買うと決めたわけだが、まったくの徒労に終わったことを知るのは試合当日だった。


ーーーーー

試合当日。
学校から帰ってきた娘達に宿題をさせながら、私は車を走らせた。
都内へ自分の運転で行くのは初めてだったから緊張した。
いつも夫の助手席で眺めていた道も、いざ自分で運転すると見え方が違う。
バスやら路駐やらがいる道なんか、どこが車線なんだか分かりづらいし、突然右と左の車線で行き先が別れるのもびっくりする。

それでも車で行こうと決めたのは、娘達に宿題をやらせるためと、最近仕事が忙しい夫を帰りは車でゆったりさせてあげたかったからだ。
夫はインフルエンザの猛威で同僚が病欠したため、プロレスも遅刻して観にくることになってしまった。
18:30試合開始なのに、20:00に来るって。
それを聞いた娘が「えっ。試合って何時間やるの?」とびっくりした。
そうだよね、1時間くらいで終わるって思うよね。格闘を何時間も続けると思わないもんね。
実は私も長くて2時間くらいかなって思っていた。だから夫はほとんど観れないんだろうなって思っていた。
夫はほとんど観れないかもしれないが、仕方ないと思った。

この日は東京ドームシティのメイン駐車場が閉鎖されていた。
ホームページに掲載されていた情報で前以て知っていたが、じゃあ別の駐車場はどこに入り口があるのか、カーナビには表示されないし、分からなかった。
とりあえず現地に着いてしまえば、ラクーア寄りの何処かあるはずだと安易に考えた。
ところが都内は車線が多い。ちょっと右に曲がってしまったら、私の車はどんどん東京ドームシティから離れてしまった。ああ、どこへ行ってしまうの。
都内の混雑の中で道に迷いたくない。助手席の娘に急きょスマホのナビをお願いして、あっちへ行ったり、Uターンしたり、気が気でなかったが、なんとか目的の駐車場に着いた。ピリピリしてしまってごめんね、娘。初めて行く土地ではいつもそんな役回りにしてしまうね…。
平日の駐車場はメインが閉鎖されていても、ガランとしていた。びっくりした。

エレベーターで地上に上がった。目の前にジェットコースターと観覧車が見えた。
さて後楽園ホールが何処にあるのか、検討がつかなかった。昔一度、ボクシングを観に行ったことがあるのだが。
地図を見て、東京ドームの隣だと分かった。娘のほうがさっさと分かってしまうあたりに、自分の老いを感じた。とろとろしていると「もー、おっか」なんて叱られるのだ。ちょっと寂しくて、すごく楽しい気分だった。そろそろ我が家も世代交代の時期か?
ケラケラ笑いながら、ドームを目指す。
2階に上がらなきゃいけないとか、どっちへ行くのかとか、いつもは夫が案内してくれるから、自分ではまったく考えなくてもスムーズに動けていたんだと気づいた。

娘の方は、どうやら遠足らしいカラー帽を被った小学生の集団にギョッとしていた。
「え、この子達は遠足でラクーアに来るの?」って。
私が「うちらが東武動物公園に行くのが、この子達には都内の遊園地なんだよ」と言うと、苦笑した。
それに時刻は17:30。私達がプロレス観戦の前にご飯を食べようと向かった先のフードコートにも、小学生はあふれていた。
私は疑問に思った。「この子達、何時まで遠足なの? 夜ご飯を食べて帰るの?」
娘は「親はどう思うんだろう。心配じゃないのかな」と言った。
都内の小学校ではこれが普通の遠足なんだろうか。我々埼玉県民との格差がすごい。それとも学校じゃなく、サークル団体とかだったのかなぁ。

さて、空いてる店を探してカフェに入った。試合まであと30分しかなかった。
しかし初めての格闘技に娘達が途中で飽きる可能性もあるから、あえて急がないことにした。どうせ夫も遅刻なのだし。
軽食を済ませて、そこから後楽園ホールへ行くのにまた道に迷って、結局到着したのは18:45くらいだったろうか。
パーテーションで区切られた狭い通路を歩いて会場に入った。初めて入った気分だったけど、今考えてみれば以前もボクシングを観に来たことがあった。その時の記憶はまったく失われたようだ。
手前の売店で飲み物の値段を確認した。(後楽園ホールは飲食物の持ち込みは禁止)
500mlの水(いろはす)が一本250円。うーん、高い。買うか決めるのは後にすることにして通り過ぎた。
インフルエンザが流行っているから、会場でマスクを外したくなかったし。

いよいよリング脇の入り口から北側の座席へ行こうとする。
ここで困ったのは、座席へいく通路がほとんどないことだ。どうしたってRS席の前を通らなきゃならない。
でもリングでは前座みたいなのが始まっているし、そんな所を歩いて良いのか分からない。
分からないが、立ち止まっていると付近の観客の邪魔になる。娘から「早く行って」とせっつかれた。
どうしよう。仕方なしに、RS席前は避けて、先にベンチ席へ上がって、人の少ないところを歩いて座席へ向かった。ひとまず上手くいった。

が、ここに来て気づく。
私達の席もまたベンチ席であることに。えー、シートじゃなかったかぁとガッカリした。
それに前座のマイクパフォーマンスがまったく終わらない。しかも何を言っているのか聞き取れない。
これは娘達がソッコーで飽きるのでは…と冷や冷やした。

が、試合が唐突に始まった。
なんというか、楽しい感じの試合。本気で叩いていない…痛く見せる感じの…
あれにも技術があったことに気づいた。叩くタイミングでリングの床(多分、板)をバッタンバッタン踏むのだ。その度に床板がしなって大きな音を立てる。こんな仕組みだったのかと感心した。

そのうち選手が本気になっていくのかな? と思ったけど、どれが「振り」で「本気」なのか分からなかった。そんな試合が2〜3試合続いた。面白かったけど、プロレスってこんな感じのショーなんだなと思った。
娘も夢中になる感じではなかった。
3カウントで試合終了だとか、審判の目を逸らして悪いことをするんだとか、そんなことを娘に解説して飽きないようにしながら、内心では私自身が「これが何時間も続くのはきついぞ」と思った。
それになんだか選手達がいつも向こうを向いてパフォーマンスをしている…

そこで気付いた。私達のベンチ席は北側じゃないか? 南(正面)側じゃない!
なんてことだ。だから選手達はいつも向こうむきに技をかけるし、私達は背中ばかり見ているのだ。
えーん、なんてこった。ガッカリだよ!

だけど段々、選手の本気の「打ち」や「ぶつかり」が現れるようになった。それにつれ、私も悲鳴をあげたり、ドキドキ・ワクワクするようになった。
なんだか面白くなってきたぞ。そうか、後半になるほど本気の時間が増えていくんだな、と気づいた。

そして4人対4人の試合の選手が登場した時、私はハッとした。
あの2本ツノのお面の人、見たことがある!

なぜ私がドラゴンゲートに興味を持ったのか。そのキッカケを、育児に翻弄された10年の間にすっかり忘れていた。
10年前にYouTubeで見たのだ。ドラゴンのお面を被った選手が、とてつもないアクロバティックな技をかけて相手を倒す姿を。

あのYouTubeの人に似ていないか?
いや、そんなことはないだろうと思い直した。だって10年も前の話だ。あんな戦いを今もできるはずがない。

だけどリングサイドで軽やかに跳ねる様子が、かつて憧れたドラゴンの人にどうしても似て見える。
名前も覚えていない、あの見事な選手に。

試合は4人対4人だ。大混戦の大乱闘。ショーとしても、戦いとしても、すごいの一言に尽きる内容だった。
誰が出てきても面白い。あっち側もすごい。こっち側もすごい。視覚に入る情報が多すぎて、もう私もワクワクしっぱなし!

そして遂に2本ツノの選手がリングに上がった。
あっと思った。
凄まじい跳躍。ひるがえる技。
やっぱりそうだ、YouTubeのドラゴンだ!
観客から「キッド!」と呼ぶ歓声が上がった。

…キッド? そうだ、そんな名前だった。ドラゴン・キッド?
え、そんな名前だったっけ。ドラゴンゲートでドラゴン・キッドって、そんな繋がる名前だった?
いや、確かにそうだ。ドラゴンは確かにドラゴン・キッドだった。

ソッコーでスマホ検索した。彼が出てきた。
やっぱりそうだった。2本ツノのドラゴンは、私が10年前に憧れた選手だった。
御年47歳(Wikipedia調べ)
47歳って! 信じられなかった。だってあんなに跳ねるんだよ。
実は中の人が変わってる…なんてことも考えちゃったよ。
だけどドラゴン・キッドは今も純粋なドラゴン・キッドのまま、私の目の前に現れて素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた。幸せだった。

それからトイレ休憩を挟んで(プロレスにはトイレ休憩がある!)、メインマッチが終わったのが21時。
初めてのプロレス観戦はすごく面白かった。そしてドラマチックだった。
なんでドラマチックかと言うと、本当にドラマの筋書きが用意されているからだ。
ドラゴンゲートの特徴らしく、陣営がヒーローとヒールに色濃く分かれている。
今回のメインマッチではヒールの悪道っぷりが終始凄まじく、ヒーロー側はやられっぱなしだった。そんな窮地を救ったのがヒール側一味の裏切り…しかも裏切った人は昔ヒーロー側の陣営にいた人で、ヒーローに返り咲いたのだ…って、すごく盛り上がる脚本でしょう。
こんなドラマを何年もかけて描き続けている世界なのでしょうね。そして観客はドラマを現地で追い続けている。すごい熱量の世界だ。

もちろんドラマを知らない初心者(私)でも楽しめます。
全然関係の無いところだけど、審判も面白かった。彼が何を言っているのか全然分からなかった。全て「あ」と「あ゛」という発声、そして表情だけで指示しちゃう丸坊主の審判。めちゃくちゃ面白かった。
娘達も最後まで楽しんでいた。
2時間半にわたるプロレスも、終わってしまえばあっという間だった。

次は南(正面)側から観たいと思う。そして次もドラゴン・キッドの出る試合を観たい。
ドラゴン・キッドは、今はシングルマッチはしないのだろうか。
大勢の中の1人としてだけじゃなく、ソロで、戦うドラゴン・キッドをふんだんに観てみたい。
夫いわく、以前はドラゴンゲートのチャンピオンだったらしい。その頃は1人で戦っていたはずだ。今は年齢的に難しいのかな。私がかつて見たYouTubeで見たのは、チャンピオンだった頃の勇姿だったのかな。
だけど彼は、私の中では唯一無二のプロレスラーだ。
ドラゴン・キッドがいなければプロレスを観に行くなんてしなかった。年末の格闘番組さえ見なかった私なのだから。

名前すら忘れていたのに、10年越しの「お姿拝見」ですっかり盛り上がってしまった私なのでした。
忘れていたからこそ運命を感じちゃったのだが。笑

しかし次はどうやったら南側の席を取れるだろう。
夫が言うには「購入したのが遅かったから、南側は先に売り切れてたのかもね」とのこと。
実は私が知恵袋やブログを調査したのは随分と前のことだったが、夫が実際に購入手続きをしたのは最近だったのだ。
それが南側を取れなかった理由なら、ぜんぶ夫のせいやないかい!
楽しかったから、なんでも良いけどさっ。

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