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「ぐるぐるなる京都の経済の流れ」 vol.1 (公財)京都中小企業振興センター 専務理事 安河内 博さん

 京都では経済がどのように流れているのだろうか。1986年に京都市役所に入庁、産業観光局商工部長や下京区長などさまざまな役職に従事し、現在は公益財団法人京都中小企業振興センターで専務理事を務める安河内博さんにお話をうかがった。

ーーー京都の経済の流れを俯瞰できる方にお話を聞きたいと思いました。いままで携わってきたお仕事から見える京都の経済状況を教えてください。
 「中小企業のまちでしょ、京都って。全国規模で見ても全企業数の99.7%が中小企業で0.3%が大企業です。中小企業が元気にならないと京都の経済は元気にならないと考えて中小企業の支援をしてきました。飲食業・建設業などあらゆる業種がありますが、同じ業種の人たちで固まっていると、視野がどうしても狭くなり、自分が所属する業界のことしか目がいかなくなるので異業種交流のようなことを仕掛けていました。『他の業種ではこういう上手なやり方があるんだ。うちの業種にも取り入れてみよう』といった気づきが生まれるんですよね」

ーーー交流会では例えばどんなことをされていたのですか。
 「中小企業未来力会議を立ち上げて、若い社長や専務クラスの人に集まってもらい、議論をしてアイディアを出し合いそれを事業化することをしていました。中小企業って大が上で中小が下みたいな言葉のイメージがありません? あるときメンバーの方から『中小企業』という言い方を変えて『地域企業』と呼ぼうという発案がありました。地蔵盆や子供たちの見守り活動に参加して地域に溶け込み、そんな急成長はしないかもしれないけれど、地域と共に成長していく企業を地域企業と言いましょうとなりました。それは一つの発明でした」

ーーーなぜ企業をあげて地蔵盆などに取り組むのですか?
 「企業市民という言葉があるように、企業も地域社会を構成している一員です。そういう意識を持っている企業には親しみがわきますよね。学生さんは就職活動をするにあたりCMで流れているような名前の通った企業にどうしても目が行きがちになりますが、地域の中には本当にきらりと光る技術を持った企業がすごくいっぱいあるんですよ。でも京都の人はそれを知らない。だからもっと企業は住人に寄り添っていかないといけません。京都の人も地元企業のことをもっと知ってほしいと思います」

ーーー感触的に京都の中小企業で多いのはどの業種ですか?
 「飲食業、商業、伝統産業ですかね。京都では74品目が伝統工芸品に指定されていますが、どこも右肩下りで廃業や高齢化が進み、このままではものづくりができない状況に追い込まれています。どうすれば右肩下がりの状況を横ばいにできるのかと悩みましたが、やはり現代のライフスタイルと乖離している。値段も一点もので高いのが多いので、それをいかにマーケットインして応援するかが課題になっています。パリのインテリア・デザインの国際見本市やイタリアのミラノサローネにデザイナーとコラボした作品を一緒に持っていく動きもありますが、大成功した事業者はごく一握りです」

ーーー寺社仏閣や貴族社会を中心にしていろんな文化や経済が発展していった京都ですが、現在はどんなことが起こっているのでしょうか。また伝統産業を維持するには何が問題となっていますか。
 「伝統産業が抱える問題で一番難しいのは『分業制』で成り立っている業種が多いことなんですよ。一人で完結できる京焼・清水焼などは個人の才覚次第ですが、京友禅や西陣織などは製品ができるまで何工程もあり、その途中工程の職人さんが途絶えたらつくれなくなってしまいます。それに加え途中工程の仕事は工賃がとても安いので、担い手も育たない。もう5年も持たないのではないかといわれています。これがやり残した一番大きなことと思い『ARTRAD KTOTO』という一般社団法人を立ち上げ、アートとトラディッショナルクラフト=伝統工芸などをかけ合わせたことを手掛けて京都に恩返ししたいと思っています」

ーーー商業はいかがでしょうか。
 「いま京都市には商店街が全部で150くらいあると思うのですが、どんどん数が減っていっています。ショッピングモールみたいな大型商業施設は、消費者にとっては一度に物を買える便利なところなので、大型店と地域の商業者のバランスをどうとるかということに苦心しました。商店街の良さは単にお買い物をするだけではなく、対面販売で物を買うことにあります。顔の見える関係がその良さですね。実際に地域の商店街のみなさんって子供の見守りやお祭りをサポートする地域コミュニテイーの中心になってくれている人たちばかりなんですよ。まさにさっき話していた地域企業の代表ですね」

ーーー改善したらいいなと思うことはありましたか。
 「商店街の方と空き店舗について話したことがあります。その商店街には何軒かシャッターを閉めているところがあり、家主さんが二階に住んでいるため店舗部分となる一階を貸さないという現象が起こっていました。よくいうシャッター商店街なんですけど。シャッターが閉まったままだと商店街が寂しくなっちゃいますよね。でもほかに不動産所得もあってお金に特に困っていないので貸さない。「仕舞屋(しもたや)」という、お店は閉めたものの二階に住んでいる言葉がありますよね。これを解消するために、一階に細い階段をつけて二階の住居スペースに行けるよう改修する補助金をつくったことがあります。結果、何軒か活用してくれました」

ーーー他の業界はいかがでしょうか。
 「観光関連も裾野の広い職種です。このあいだ富裕層向けに観光業をしている方が組んだツアーを見学させていただいたのですが、閉館後の清水寺を限られた人数のお客さんに案内するものでした。他に誰も居ない清水の舞台から沈む夕日を見たのは感動ものでした」
 「いま観光業界では、季節・場所・時間の三つの分散が必要だと言われていて、繁忙期の季節を分散するとか、金閣寺・清水寺などいわゆる名所ではなく少し都市から離れた大原にも観光スポットを広げるとか、日中の観光だけではなく朝ごはんを楽しむ朝観光を促進するといったことが提案されています。3つが上手に分散できたら面白いことができるんじゃないかなと思います」

ーーー京都の中でビジネスをする上で見える特徴は?
 「紹介制ですね。取引先は『誰々に聞いたらいいわ』とか『誰それ紹介するわ』とかよく聞きます。この人の紹介なら信用できるといったところです。東京との大きな違いですね。あとは「仲が良い」のも特徴です。例えば飲食業でいうとクラフトビールの方々。みんな競争相手と思いきや、とても仲が良いように思えます。ですが単に良いだけではなく、お互いに切磋琢磨しながら文化をつくっていこうとしている印象を受けます。コーヒー業界の方々も同じです。その気概にはしびれます」

ーーー身近なところで感じる「紹介制」は?
 「現在、KPCという公益財団法人 京都中小企業振興センターで専務理事をしています。例えば従業員10人以下の企業では福利厚生が十分できないのが現実です。同センターでは、映画や娯楽施設のチケットを安く配布したり、結婚・出産のサポートをしたり、会社では手厚くしたいけれどもカバーできない部分を支援しています。センターには、もともと入会されている企業さんの紹介で入会した企業さんがいますし、またその企業さんがほかの企業さんを紹介してくれたりしています」

ーーーお仕事を通して客観的に「紹介制」をたくさんご覧になられてきたと思います。どういう印象をお持ちですか?
 「信頼を勝ち得て初めて紹介制の輪の中に寄せてもらえる、といったイメージです。観察して試して、信用できるか見極める。いちげんさんお断りのところが多いですが、一回コミュニティーに入ってしまえば心地が良いことを知りました。実はもともと京都嫌いだったんですよ(笑)。東京生まれで大阪育ち。10代の頃は京都がお高くとまっているように見え、合わないと勝手に思っていました。なのになぜか京都市役所に入った(笑)。でも懐に飛び込んだら意外と悪くはない。こじんまりとしたちょうどいいサイズですね。自然もすぐ近くにあって。都会の真ん中に鴨川は流れているし、すぐ近くに山もある。移り住むまではA面の京都しか知らなかったですが、仕事で京都に来ていわゆる観光本とは違ったB面、下町の人情を知るようになって大好きなまちになりました」

ーーー京都の「スパイラル」の中で勝つ方法は? 
 「伝統産業の方々と話していたときに、京都の人って物を買ってくれないという話になったことがあります。販路を広げていこうと思ったら、やっぱり東京とか海外ですかね。ちょっとしたアイディアを他に転用するのもポイントだと思います。京焼や清水焼で、長崎県の波佐見焼きのように手軽に買える焼き物をつくれば可能性は広がっていくと思います。また個人認証の方法は電子に移行していき、役所の決裁も電子決裁になり印鑑を使う場面は減りましたが、印鑑にはデザイン性、オリジナル性に富んだ自分だけの形代(かたしろ)としての役割、アナログの良さが再認識されるのではないでしょうか。例えばですが、立ち上げた団体「ARTRAD KYOTO」の名刺は、アナログ感を出すために活版印刷でつくりました」

ーーー「ぐるぐる」という文脈の中で、従来の用途を拡張したり転用したりして事業の拡大を行った企業などを教えてください。
 「西陣織を帯ではなくファブリックにして世界進出したHOSOO、型友禅の技術を活かしたメガネ拭きの「おふき」(グッドデザイン賞受賞)、京友禅のインドのサリーへの展開などがありますね。先端技術の企業では、京セラが焼物の技術を活かした『ファインセラミックス』で電子部品業界のトップとなりましたし、島津製作所は仏具製造などで培った精密加工技術がベースとなって理化学器械製造業へと飛躍しました」

ーーー伝統工芸にはいまに活かせる要素があるんですね。
 伝統産業界の重鎮の方々が口を揃えて『伝統とは革新の連続。革新を止め、技術を継承していくだけならそれはただの伝承であり、伝承産業になってしまえばいずれ廃れてしまう。千年を超えて伝統産業が持続してきたのは常に革新を続けてきたから』と仰っているのをこれまでよく聞いてきました。仏具製造や京焼・清水焼、西陣織、友禅など、昔から何も変わってないように思うかもしれませんが、実は革新的な変化を何度も遂げて進化しており、だからこそ今日まで続いています。京都は伝統産業の技術が基盤となってグローバル企業になった京セラやオムロン、島津製作所はじめ、進取の気風に富んだ企業が多く、ベンチャースピリッツが息づいています。イノベーションを生み出そうというダイナミズムこそが京都経済の活力の源泉だと思います。本当に京都の人たちにはお世話になったので、これからも京都で頑張っている人たちを応援していきたいです」

安河内博(やすこうち・ひろし) 東京生まれ大阪育ち。1986年に京都市役所に入庁し、建築部門、法制部門、政策調査部門、政策調整部門、住民参加型プロジェクトなど13部署で広範囲にわたる業務に携わる。京都市産業観光局商工部長就任時には中小企業、伝統産業、商業振興を担当。2018年には下京区長に就任。区長時代には、足繁く区内を駆け巡り地域の課題解決に取り組む。このため「フットワークのやっさん」と呼ばれることも。2021年4月からは地方独立行政法人 京都市産業技術研究所で副理事長を務め、中小企業の技術開発を産学公で支援。現在は、2022 年7月から務める公益財団法人京都中小企業振興センターで専務理事の業務に従事し、中小企業の就労環境をサポート。また9月に一般社団法人「ARTRAD KTOTO」を立ち上げ、京都の文化や伝統工芸品などにアートや音楽的エッセンスを加え、まちの活性化に向けて心の豊かさ満たす「新しいラグジュアリー」を提供するプロジェクトを計画している。

インタビュー場所
岡スパ
土・日・月 18:00~深夜
パスタが名物の喫茶・バー。おすすめはナポリタン。
店長は舞台音楽などを作曲する音楽家でもあるので、時にカウンターは京都の旬な若手舞台関係者が集まることも。
600・8028 京都市下京区植松町731
https://plot.photo/cafe

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