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知床正月山行②

(Kさん、似顔絵のイラストを描いてしまい、スミマセン…)

新春読み切り第二弾
「ふたりのもくろみは一緒」

本格的な登頂記ではなく、ほんとうに申し訳ありません…

たぶん、天気は回復しないだろう、動けないだろう、と楽観している2人が目覚めたのは、やはり7時だった。内心2人は「晴れていなくて良かった」と思ったに違いない。少なくともぼくはそう思っていた。
すでに今日の天候では、テントに停滞が満場一致で可決していた。自民党が欠席していようとなかろうと連立与党で決めてしまった。
なんだかそうなると無理にいそいそと朝食を作る気にもならず、だらだらとコーヒーなどすすって山の話に花を咲かせた。
今日は、Eさん、ミツルさんがやってくる日だ。2人は7時にゲートを出発すると昨夜の無線で言っていたので、早ければ9時過ぎにはここにやってくることになる。しかも「そり」で4人分すべての団体装備や食糧を昨日あげているので、特にEさんは子犬のようなスピードでやってくるに違いない。

Fリーダーと知らない誰かの空き家を自分たちの家にするように気持ちを切り替えて、愛山荘に入った。引越しである。そこはぼくらを待っていたような静けさの中に安堵の感じがあった。
早速、石炭をルンペンに入れて、薪を入れ、オガタンに火をつけた。それほど濡れていないものを干して、雑煮を作りはじめた。
9時20分を過ぎた頃、Eさんがやってきた。続いてミツルさん。
「あけましておめでとう」と元気に言い合う。
「がしょー、がしょー!」と叫ぶKさんが今回いないため、年始の挨拶も引き締まらない。さみしい感じだ。
煮えてきた雑煮を見ながら、「今日はダメだったろ?、朝、動いたのか?」と聞くEさんに、悪い天候が味方してくれたぼくたちは、「いやー、ダメっすね」なんて言うのであった。(おかげさまで、しっかり10時間以上も寝た…)

雑煮とEさんの恒例のだてまきで、ビールで一杯やる。ガンガン燃えて、顔が熱くなるほどのストーブを前に飲むビールは最高だ。なんて思っているうちに、Eさんはもう持参の日本酒をついでいる。
このまま一日中「かんろ〜」で過ごしてしまうことにやはり良心の痛む連立与党は、午後から峠まで偵察に出ることとして、飲みにセーブをかけた。それまで小屋に置いてあった網走山岳会の会報や板禄先生著の「オホーツクの山」に耽った。
それらを初めて読むぼくにとって、一昔前の山と生活の関わり、知床での生業臭さがわくわくと広がった。

旭川から来たと言う男女2人が小屋に入ってきた。
ぼくたちも「さあ、山に来たんだ」という気持ちを引き締めて、再びヤッケを着て、登山靴に足を突っ込む。
Fリーダーと外へ出ると、まるで今までの暮らしが嘘のような白い樹の世界に飛び込む。冷たい外気が刺さる。横断道路に出て、峠に向かって進む。
左カーブの右の法面に上がってから、ひたすら2人でエゾ・トドマツ、ダケカンバの樹林帯の中を大曲方向へスキーを進ませる。このルートは、地図上にも点線で記されている。
行きたい方向に、「とうせんぼ」をしているジャバジャバした枝があったりすると、「すんません、通してくださいね」などと謙虚になったりするが、その枝がザックに引っかかったり、頬にピシャリと叩かれると、てやんでぃ!とイライラする。勝手なものだ。
過去に道路があったところは、たいていシラカバやハンノキの若木があるので、だいたいの道筋はわかるものだ。
40分ほどの「うろつき」が終わり、ようやく大曲への白いカリカリの斜面に出た。ここまで来ると北西風が強い。大曲のたるんだガードロープをまたぎ、カリカリ、ツルツルの道路に出た。いつもBCを設置している場所は、去年より雪が少ないことがわかる。
去年の正月、札幌から夜に走り、月夜の下、ゲートから歩いて朝4時にここまで登ってきたKさんを思い出す。Kさんはすごい人だ。

Fリーダーと峠まで行ってみようと、道路上を進む。行きは追い風だから楽ちんだが、帰りはつらいだろう。峠までゆくと、風は行動できないほどの強さで、ぼくたちを叩きつけた。連立与党も風当たりが強い。
峠に着いても羅臼岳の姿は見えず、標高800mくらいまでしか見えない。それでもなんだか晴れそうな雲の間の青空ポケットが、ふふん、と頭上を通過したりするので、ツェルトを被り、紅茶で一服する。オーバー手袋ではタバコは吸えない。

引き返すことにして、来た方向へスキーを向けると、もう大変。風が顔面容赦なく吹き付ける。歩いても、時折、耐風姿勢で立ち止まらないといけない。目を細めると、頬の肉が鈍い。トレースももちろんもうない。大曲から樹林帯へ降りて、やっと自分の息の温かさを感じる。頬の感覚も戻ってくる。

14時30分に愛山荘到着。暗闇に慣れた目に映ったものは、酔い気分のEさんと、もう眠たそうなミツルさんだった。ストーブのそばに座り、顔を火照らせていると、いつものテント泊冬山じゃないんだ、小屋泊まりなんだ、感無量になった。
ルンペンで熱く作った甘いミルクティーをシェラカップですすっていると、Eさんは「やっぱり正月は500mlの日本酒じゃ足りんなあ」と、さみしげに笑った。ミツルさんは珍しくグーゴーといびきをかきはじめた。
先程の2人パーティは、今晩、極楽平にテンパると言い、出発したそう。大変だろうなと無言でうなづいた。
16時の気象通報を聞き、天気図を書き終えた。高気圧が崩れて東北地方を通過しそうだった。

今夜の豪華版、牛しゃぶしゃぶ698円2パックを作りはじめ、早い夕食にしてもミツルさんは寝ていた。食べ終わる頃に声をかけると「いらない」と言った。それでも、やっぱりお腹が空いたのか、すぐに起きて新聞紙でくるんであるご飯の入ったコッフェルからご飯をついで、漬物でもぐもぐ食べた。

18時にEさんの長く伸びるアンテナで交信したが、小屋の中からでは電波が飛ばす、Fリーダーが外に出て交信をした。
今夜は、狭いテントの中で誰かがガスストーブを持ったり、順番にそれぞれの寝床を準備することはないので、気持ちがいい。伸び伸びだ。
シュラフカバーもいらない。テントの壁側に置いたものが凍てつくこともないし、朝起きて口の周りのシュラフが濡れて凍っているということもない。
まるで下界のように眠れるうれしさよ。
良い初夢が見られそうである。

つづき


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