見出し画像

【はじまりはここから⑨】夏山合宿〜下山へ


翌8月5日。
昨夜のO君は落ち着いた。
天候は霧雨、濃霧。
トイレの順番待ちをする。

このキャンプ地からは辿ってきた高根ケ原、忠別岳、化雲岳、そしてトムラウシ山まで望めるらしいが、何も見えない。
早く帰りたい。
もくもくと朝食の準備。

今日の行程は、白雲岳に登り、北海岳から時計回りにお鉢平を巡り裏旭キャンプ指定地へ。そして北海道最高峰の旭岳往復だった。そして一泊。
翌日、黒岳、層雲峡へと下山。

しかしながら、天候が悪かったため、北海岳から反時計周りに一気に黒岳、層雲峡に下山することになった。
一日の短縮だ。何とも言えないうれしさだ。
ぼくたちの散々たる様子を見て、H先生が「〜だべさ」と、進言してくれたのかも知れない。

またパッキングをして重たいザックを背負う。
テントが濡れているので、余計に重いのだ。
共同装備は、食糧や燃料を背負う方が後半楽になるようだ。ぼくはテント係にしたから仕方ない。
使っていないメモ帳の紙さえも捨てたくなる。
それほど軽くしたい…

白雲岳分岐にザックをまとめて立ててデポして、白雲岳(2230m)を往復する。ゴロゴロの岩場を登る。空身でも身体中、ギシギシ疲れる。
北海道第三位の高峰。
てっぺんに着いても何も見えない。
旭岳方面の雪渓模様で「ゼブラ」と呼ばれる一大景色が望めるはずだった。


分岐に戻った一行は、広々かつ荒涼とした砂礫地帯をもくもくと下り歩き、北海岳へと登り返す。縦走後半、ここもキツく感じる。
標柱以外、ただ平らな山頂だった。
何も見えない乳白色の世界。
風にのってかすかに硫黄の匂いがする。
直径2キロのお鉢平は有毒ガスを出していて、ヒグマでさえ立ち入ると死ぬという。

すぐに黒岳へと向けて出発する。
天候は相変わらず霧雨、濃霧。
お鉢の縁でもある泥の北斜面を降りて、一箇所、沢を渡った。
先輩たちは相変わらず速い。
やや登り返すと黒岳石室という山小屋に着いた。
久しぶりにややたくさんの人を見た。
あとわずかだと言う。少し休憩する。
さらに登ると黒岳山頂(1984m)に着くも通過する。

天気が晴れてきた。
黒岳からの下りはハイマツやササの中の九十九折りの一本道。たまに石があるも、道はドロドロ。
先輩たちが走るように下っていった。
どうやら山岳部に慣れると、下りは走るらしい。
でも荷物が少ないからだろうな。
ぼくたち新入生は重荷と体力不足でヘロヘロなのに、ニヤニヤしているから。
途中、木製のベンチがあった。
黒岳往復の登山者とすれ違う。
中にはお化粧の匂いがする女性もいた。
下界は近いのだと、俄然、励まされた気分になる。

ようやく黒岳7合目に到着。
満身創痍、精一杯、みんなよくがんばった。
春に入部したての新入生の仲間たちはやってのけたのだ。
みんな自分自身を褒めてあげたいことだろう。

ここから5合目までは文明の利器のリフトもあるので楽ちんなはずだ。
しかしながら、リフトは使わないよと言われる。
がーん…
リフト横のまっすぐな登山路を仕方なく降りた。
枝振りを下げたエゾマツの林が迎えてくれた。
もう下山は懲り懲りだ。足も膝も限界だ、もう勘弁して欲しい。

さらに、ようやく黒岳5合目のロープウェイ乗り場に着いた。
ここがゴールだという。
空は夏空だった。
デッキでザックを思いっきり放り出す。
くたりと座り込む。
もうこれ以上、登ったりしなくて良いのだ。
下ったりしなくて良いのだ。
体力も気力も、もう一滴も残っていなかった。


この記事が参加している募集

山であそぶ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?