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短編小説『思い出が色あせてしまわないように』

お父さんが死んだ。

お父さんを失った悲しみよりも、

お父さんとの思い出を失ってしまったことの方が悲しい。

お父さんとの思い出は、小学校2年生の時から止まったまま。

そこで、終わってしまっている。

それから何年も一緒に暮らしていたのに、その時点で途切れてしまっている。

お父さんとの思い出が、そんな昔で終わってしまっていることが悲しい。

手綱の切れた帆船が、嵐の海に投げ出されたように、二度と戻れないことが悲しい。

再びつなぎとめて、修復できないことが悲しい。

結局、あの時からお父さんは、ワタシを見ていなかったから。

視線の先には、幼いころのワタシにしか向けられなかったから。

だから、ワタシの記憶にも、お父さんが残っていないのかもしれない。

お父さんの視線は、ワタシを通り過ぎていた。

誰もワタシを見てくれていない。

ワタシは、誰からも見られていない。

ワタシの心の中には、孤独という刻印が押されている。

これからずっと、それを消すことがないままに生きていかないといけない。

わたしの悲しみはずっと続いている。

今も、これからも。

HARUTAにポトリと落ちた涙が、流れ星のようにすっと線を引いて流れてゆく。

お葬式の間中も、ずっとその流れ星を見ていた。

ゴールドの蓮の葉の飾り物やお花畑のような祭壇。

特にお父さんの写真の周りに敷き詰められた白い菊はきれいだった。

でも、真ん中のお父さんの写真がだめだった。

許せなかった。

何であんなオジサンの写真なの。

お父さんは、あんなオジサンじゃない。

ワタシの中のお父さんは、もっと若くて輝いている。

「最後のお別れになります。皆さま、ご霊前にお花を添えられまして、お別れのご挨拶をお願いします」

みんな、棺の周りに集まった。

ワタシだけは、座ったままだった。

じっと、HARUTAに落ちてくる流れ星を見ていた。

ワタシは、お父さんの抜け殻なんて見たくなかった。

ダサいオジサンの等身大のフィギュアなんて、見ても仕方がないと思う。

そんなもの見てしまうと、お父さんの思い出が、色あせてしまう。

ワタシは、幼い頃の一緒に遊んでもらっていた頃の思い出だけを大切にしたかった。

ワタシにとって、お父さんはそこにしかいない。

その頃の、まだオジサン臭くなかったおとうさんだけを心の中のアルバムにしまい込んでいたい。

「美月も、ちゃんとご挨拶をしなさい」

お姉ちゃんが、近づいて来て無理やり私の手を引っ張って、棺の周りに連れてこられた。

親戚の人達は、「美月ちゃんは、おとうさんっ子だったから、悲しすぎて見ていれないのよねえ」なんか、勝手なことを言っているけど、そういう意味じゃないのに。

大人は、みんな分かっていない。

仕方なしに、祭壇から白い菊を一輪引っこ抜いて、少し離れたところから、それを投げ入れた。

お父さんの抜け殻の顔が少し見えた。

写真も、オジサン臭くなくなっている抜け殻も、お父さんじゃない。

「お父さん、何処に行ったの」そう思うと、悲しみが込み上げてきた。

「お父さん、何処に行っちゃったの」

涙が、後から後からあふれてくる。

涙でかすんだセピア色の視界の中に、あの頃のお父さんの面影が浮かんだ。

やっぱり、思い出を失ったことの方が悲しい。

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