見出し画像

脱兎のごとく去った医者について

時間がたつごとにムカムカがつのってきた。
「お怒りは収まりましたか?」という看護師の確認に。
「無駄にことを荒立てるつもりはないので」と答えて恙なかった自分にも。

ことは5月上旬、コロナ自粛のさなか、母が微熱を出した。
そもそも母は進行性核上性麻痺という進行性の脳の病気で、要介護5だ。手引き歩行がなんとかできるが、ほぼ全介助状態、時折発熱もする。なので訪問診療と訪問看護を入れている。数か月前にも微熱がでて、その時は医師が血液検査をしようと言って、採血した結果、炎症反応が出ているので細菌性の軽い肺炎、ということになり、抗生剤が出た。もうこのまま回復しそうだなあ、と思って抗生剤に抵抗があったけど、またぶり返してもと思い、念のため飲ませて元気に回復したのだった。

あ~あ、こんなときに、とまず思って、いやいやウチでは普通のことで、だから訪問診療が入っているんだから、と思いなおす。が、世の中では「発熱外来」がつくられ、熱がある人はコロナ、となっている。突然。
ちょうど訪問診療の定期訪問の日なので、午前中に電話を入れて微熱があることを伝える。すると午後、やってきた医師と看護師、検温をしないのはいいとしても、血圧も、酸素も測らない、聴診器も当てない、「この間の症状と同じだと思う」と伝えても今般は血液検査もする気配すらない。そしてプリントアウトしたいつもと同じ処方箋を置いて脱兎のごとく去って行った。
呆然。今のは何だったのだろう、と立ち尽くす感じ。

「コロナかもしれないので触りません」というオーラというか、気迫に押されてしまった自分を、どうなんだそれ?と問うてみるも。なんだか脱力してしまう。
世の中がそうなっていることを見せつけられているから。数日前に詰め物が取れて歯医者に行ったのだが、建物の外で検温、建物に入るときはシューズカバーをして荷物をレジ袋に入れる。スタッフは全員、全身防護服とマスクにフェイスシールド、一人の患者が帰ると農薬散布機のようなもので視界が曇るくらい消毒液を噴霧している。これでは先生もスタッフも体を壊さないか??? 肺は大丈夫か??? 心配になった。
しかしそれが「安心」ということになっているのだ。

「時々微熱が出るような体調だから訪問診療や訪問看護を入れている。それが起こった時に何もしないのであれば入れている意味がない」というのはどっからどう見ても正論だと思ったけど、それを少しSNSで呟いてみたら、「今は仕方ないのでは」というコメントがいくつも返ってきた。味方はいなのだ。

次の日、母の熱は微熱のままなのだが、食欲がなくなり、呼吸が少し上がってきた。とにかく眠っているし。このまま熱が上がっていったらどうしよう。ネットで調べたら、高齢者の場合は1分に30回以上の呼吸数になるとヤバイ、とあったので、何度も時計の秒針を追いながらカウントする。28マックスという感じだが、胸が大きく動いてちょっと苦しそう。でもこれ前の時と同じだよね、と頭で何度も確認。できることの唯一、それは抗生剤を飲ませること。勝手に飲ませたからって、耐性菌が、というようなことはあるけど、死ぬようなことはないだろう。もしこれから、が~~んと熱が上がって重篤になったら……あの医者は無理そうだから、脳神経病院に搬送しようーーとシナリオを決めて、抗生剤を飲ませた。ら、1日で呼吸は落ち着き、2日後には完治。
おそらくやはり細菌性の軽い肺炎だった。落ち着いて考えてみたら、食事の時に少しむせたりしていたなあと思い出した。誤嚥したのだろう。
なんだ~、もう微熱は怖くない。とうっすら自信をつけ、めでたしめでたし、と思っていたのだった。

で、この顛末を若干の怒りを交えて訪問看護の看護師に話した。
「そういうときのために訪問診療を入れているのに、そういうときに何の役にも立たないのであれば入れている意味がない。いったい訪問診療の基本原則はどうなっているんだ」と言うと、「そうですよね~~~」といつもと同じに検温したり血圧測ったりしながら看護師は相槌をうち、連携している病院でもあるわけだから、「ご家族のその疑問はお伝えしておきます~」と言って帰って行った。

で、昨日の訪問看護の日。いつもと違う看護師がやってきて、冒頭の言葉を言ったのだ。
「お怒りは収まりましたか?」
どうやら病院にはお伝えしていないのである。だからいつもの看護師ではなくて、パート看護師が、私の怒りチェックをしに来たらしい。看護師からの報告で改善してもらえればいいと思ったのだが……彼女たちの問題意識は、私の怒りのほうににあった。
「コロナ禍の中で、訪問診療の原則はどうなっているの?」
という問いは宙に浮いている。

訪問診療の医師には、在庫の抗生剤を飲ませて治りました、と伝えたところ、「では抗生剤を常備しておきましょう」ということで処方箋が出た。
かたや患者が通院を忌避しているので病院の経営が危機的なのだという。
そんなのあたりまえだ。医者たちが病院に来るなとあれほど言っていただろうに。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?