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無口が黙る。【短編小説】

半年間、辞めることを口にしないで働いていたのだけれど、その期間はいつにも増して「無口」になっていた。
言わないでおこうと思うことがあるだけで、日常生活がとても客観的になり、なんていうか、逆に言いたいと思うことが増えたのだ。
なので、意識的に喋らないように努めた。
これは結構、しんどい作業だった。
物語も書かなくなった。
出来るだけ思考を止め、観察をすることに集中した。
そして、判断をせずありのまま、起きていることを受け止めることにした。
そもそも、なんで辞めることを口にしないでいたのかというと、「辞める」ことは決めたのだけれど、辞める時期は決めていなかったからというシンプルな理由。
七月に「ああ、そろそろだな」と決めて、だいたい一年以内に色々と整えて辞めようと決めて、その三か月後に「あと四か月にしよう」と決めた。
三月に辞める。なぜか?
「春だし、卒業の季節だし」
みたいな感じ。
と、いうことで、一月中旬から「三月で辞めます」と会社へ伝え、やっとこ「黙っている」という重しが取れた。
ホッとしたのか、今度は少し口数が増えた気がした。
それはそれでなんとなく気持ちが悪い。
なにかしら余計なことを口にしているような気がしたのだ。
何を口にしたのか覚えていない、ただ「喋っていい気がして」口にしている言葉が、とても反射的で軽薄な気がした。
まあ、もともと無口な方なのだ。
それが半年間、いつにも増して無口になり、そして、また「もともとの無口」になっただけなのだけれど、変な気負いがある。

求められていない意見は口にしない。
余計な変化を指摘しない。
訊かれていない私生活を話さない。
訊かれた私生活も余計なことは口にしない。
出来るだけ「楽しさ」を拾い反応するようにする。

そうしていると無口になる。
無口になると、不自然さに敏感になる気がする。

だから何なのさということなのだけれど、無口なうえに「黙っている」という作業は、より、その場所での距離を感じ、息苦しかったという告白である。
嘘つきはより嘘つきで、優しさはより優しく、変化はいつもより変化し、また今までの作業はお別れを意識した確認だったりする。
そこには勿論、具体的な事例があり、僕の心があり、傷ついたり、目を逸らしたり、シンプルな寄り添いなんかもあったのだけれど、それはまた「物語」に醸成されていくのを待つ方が良い気がする。

今だと喋りすぎてしまう気がする。
余計なことはまだ言いたくないのだ。




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