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死期を悟った母が癌病棟の病室で私にした告白

「ママ、ライラに言わなきゃいけないことがあるの」
母が改まった表情で私に言った。私は傍にあった椅子を、母のベッドの近くに置いて座った。
「ライラのお兄ちゃんはね、ママの子じゃないの」
母はそう言うと、手で顔を覆って泣き始めた。
私には21歳年上の兄がいる。母が20歳の時に兄が生まれ、その後何回か流産をしたがどうしても女の子が欲しくて、41歳の時にやっと私が生まれたのだ、と聞いていた。

兄は、父の先妻さんの子なのだそうだ。先妻さんは非常に美人で、その時代には珍しい才女だったらしい。ただ、性格にかなり問題があり、周りからは反対されていた。周囲の反対通り、彼女には問題があった。兄を産んだものの、全く面倒を見なかったのだ。いわゆるネグレクトである。母親から何も気にかけてもらえない兄は、真冬に半袖を着て長靴を履き、震えながら外出するような子供だったそうだ。また、外遊びをしてかなり大きな怪我をしても手当もしてもらえず、病院にも連れて行ってもらえなかったと言う。
父と母が出会った時、母は26歳だった。すぐに二人は周囲公認の仲になったそうだが、先妻は頑として離婚に応じなかったらしい。父の知り合いの結婚式などにも先妻ではなく母を連れて行くくらい、二人は事実上パートナーだったそうだが、離婚できないまま愛人の状態が10年続いた。
10年経って、先妻に他にいい人ができたためやっと離婚が成立し、父と母はその足で婚姻届を出しに行った。母が36歳の時である。
そこからなかなか子供ができず、5年後にやっと私が生まれた。

母は話し終えると、私の方に向き直って言った。「ライラ、どう思った?」
私はその時すでに35歳だった。もしこの話を聞いたのが10代だったら、相当なショックを受けただろう。だが私ももうすっかり大人だ。
「驚いたけど、まぁ…。みんな色々あったんだねぇ」と言うのが正直な感想だった。

病院を後にし自宅に帰った。その時私の父はすでに他界しており、叔父叔母と住んでいた。ここもなかなか複雑なのだが、二人は夫婦ではなく、実の姉弟だ。母の姉と兄である。私は叔母に言った。
「お兄ちゃんのこと、ママから聞いたよ」
「そう、聞いたのね…。そしたらライラちゃん、お姉さんのことも聞いた?」
は?お姉さん?聞いてませんが?
「あら、聞いてなかったの?ライラちゃんにはお姉さんもいるのよ」
こうなってくると驚くと言うより笑えてくる。
「ライラちゃんとお兄ちゃんの間に、また別の所にお姉さんがいるのよ」
父は、兄の生みの親である先妻さんと私の母、またその二人とは別の女性との間に女の子をもうけていると言うのだ。
それを兄に話してみたら、「えー、おばさん、言っちゃったの」と言った。
お姉さんは美代子さん(仮名)といった。
そういえば、私の名前を決める時、父は「博子か美代子がいい」と言ったと聞いていた。博子はわかる。父の名前に博の字が入っていたのだ。なぜ美代子なのだろう、とずっと思っていたのだがやっと謎が解けた。父は、姉と私の名前を言い間違える事を恐れ、同じ名前にしようとしていたのだ。
なかなかのクズっぷりである。母はそれを知ってか知らずか猛反対し、現在の私の名前に落ち着いた。ちなみに父はまんまと赤ちゃんだった私の事を「美代子〜」と言い間違えて場を凍りつかせたらしい。
父のクズっぷりはこれだけにとどまらない。兄に母を紹介するため、会食したことがあった。その際、叔母(母の姉)も同席していたそうなのだが、会食の帰り道、父は兄にこう言った。「お前、どう思う?○○さん(叔母)の方が美人かな」
衝撃のクズさである。これで父は外ではやり手で、部下達にもかなり慕われている人格者で通っていた。父の葬儀の際には仕事関係の方々が参列してくれ、若い部下の方達が「先生(父は士業だった)がいなくなったらどうしていいかわからない」と言いながら泣き崩れていた。
人には色んな顔があるものだ。父がすでに他界していて良かった。健在の時にこの話を聞いたら流石にどんな気持ちで顔を合わせたらいいか分からない。

色々謎はある。なぜ父は母と結婚したのか。姉の方が先に生まれていたのだから、本来であればそちらの女性と結婚するのが当然だ。先妻さんがネグレクトしていた間、父は何をしていたのか。もうちょっと兄を守ってあげられたのではないか。酒乱になった兄が暴れるのを抑えるのはいつも母で、父は自室に籠って出てこなかった時、父は何を考えていたのか。何も考えずにいられたのか。母は父からベタ惚れされていると言っていたが、果たしてそうだったのか。父は良くも悪くも博愛主義者だった。
そして、母は女の意地で私を産んだ可能性もある。先妻さん、他の女性との間に子供がいるのだ。父をつなぎとめる為に自分と父の子供を渇望したとしても不思議ではない。
色々考えるときりがないが、もう私も大人であるから対等な人間として父と母を見ることができる。むしろ、好き勝手やってくれた人達だと思った方が気楽ささえ感じる。

事実は小説より奇なり、と深追いせず今を生きるのが賢明である。


#告白 #秘密 #人生




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