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お盆明けの朝、ゾッとした話

お盆明けの朝9時半、JR上野駅中央改札口。私は神妙な面持ちで今朝起きた事の顛末を見守っていた。

遡ること1時間半前。とある駅の改札口。血の気の引いた顔で、私は立ち尽くしていた。ポケットにもカバンのどこにもSUICAが見当たらない。

SUICAは行きの改札口で確かに使って入場している。そして電車を降りた今、見当たらない。考えられるのはひとつ、電車で落としてしまったことだ。社会人長い間やってきたが初めての出来事である。

このままここにいても仕方がない。改札横の案内口に入る。

「忘れ物?ああ、ちょっと待って。そちらのお客さんは…」

この朝の忙しい時間帯に駅員は男性一人のみ。他の乗客対応の合間を縫って、私は落とし物を伝える。奥の機械で調べた後、駅員は一枚の紙を差し出した。

「とりあえず今のところは届け出はないですね。ただそろそろ終着駅につく頃だろうから30分後に電話して。」

紙には落とし物センターの連絡先が書いてある。

構内のコーヒーショップで時間を潰すことにした。通勤途中のサラリーマンたちで狭い店内は混み合っていた。特に何かをしていたわけではない。定期券がなくしたショックと、ひょっっとしたら出てこないかもしれない不安でそわそわしていた。

SUICAなんて再発行してもらえればすむ話だ。が、自分のSUICAは定期券付き、ちょうど最近半年分の定期を更新したばかり。なくなったとなるといろいろと面倒くさい。

30分後、落とし物センターに電話をかける。しかし、つながらない。朝から落とし物の問い合わせは盛況のようだ。5分ほどしてようやく電話がつながる。

「落とし物センターです。」

電話の向こうは中年の男性、流石に慣れた雰囲気で話が進んでいく。

「確認します。お待ちください。」

そういって電話は保留になる。はたしてSUICAは見つかるのだろうか、もし見つからなかったら…そんな不安が頭をよぎり、心臓の鼓動が早くなる。時間にすればものの3分ほどだったと思うが、えらく長い時間に感じる。

「えっと、お客さんの登録している電話番号伝えてもらっていいですか?」

長い待ち時間の後、オペレーターの男性が言った。

「え?あ、はい。番号は…」

「それと思しきもの、上野駅の中央改札で預かっているようで。」

電話口の照会に、気がふっと抜ける。とはいえ、まだ自分の落とし物とは確定していない。とにかく上野駅へ向かう。

上野へ向かう電車の中でようやく自分は落ち着きはじめる。考えてみれば、出勤途中。とりあえず今日午前中に会議がなくてよかった。そして、何より落とし物の発見場所が上野駅でよかった。最近のJRは果てしなく伸びていて、下手すると熱海あたりで発見なんてことも十分ありうる。

朝9時半。上野駅に到着する。一目散に中央改札へ向かう。窓口には女性の駅員がひとり。

「確認するので少しお待ちください。」

そういうと駅員は奥へ消えていった。私は神妙な面持ちで事の顛末を見守る。

「忘れ物はこちらでしょうか。」

よかった。たしかにこれだ。
手続きは身分証明書を見せて、サインをしておわり、あっけなかった。

1日分のエネルギーを費やしたような疲れがドッと押し寄せてくる。時計を見るとまだ9時半過ぎ。一日のまだスタートだ。

職場へ向かう電車に乗る。もう通勤ラッシュの時間は過ぎて、車内は人もまばら。お盆明けの夏の風景が、車窓からうかがえる。

考えてみれば、最近こうして仕事を離れて落ち着くことができていなかったと、私は気づく。そもそも、私の場合、忘れ物や落とし物をするのは、大抵気持ちにゆとりがないときに多い。

仕事を離れて少し休もう。そういえばお盆も一日も休んでいなかったな。


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