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私が認知症予防(発症を遅らせるの意)に感じる情緒的価値について 内容編


認知症予防
(発症を遅らせるの意)に感じる
情緒的価値(私が感じる価値)
の内容について語りたいと思います。

その前に、
TOPの写真について少し触れます。
全く無意味・無関係に感じるかもしれない
スケートとギターの写真です。

これは私の趣味の相棒達で、
私にとってはとても意味のあるものです。

そして、この表現は自分ならではの
特徴があって気に入っています。
自分で撮影もしています。
フォトマスター1級持ってたりします。
この辺りも自分の強みとして
どんどん活用しながらnoteを
書いていきたいと思っています。

こんな具合に、
認知症予防(発症を遅らせるの意)に
関しても、その機能的な価値である
発症を遅らせること
以外に感じている価値を私なりに
表現したいと思います。

 感じる価値その①
 これからの将来を見据えて、
 自分で考えて行動をしているということに、
 自らが満足しているという価値があります。

自ら、未来予測をしてそれに備える。
という活動をする一つのテーマとして
認知症問題が、自分にフィットしました。
私が、40代ということと、
両親が70代ということで
身近に感じることが出来る
テーマでもありました。
取り組みながら満足感と、
手ごたえを感じています。

認知症予防に関しては、
不確実性が多いから
やらないという意見をよく耳にします。
実際に、家族にヒヤリングした時も
そのような回答がありました。

不確実だから、やらない。
合理的な価値がないから、やらない。
もちろん、私も共感する部分はあります。

でも… 認知症予防のエビデンスに関しては、 
分かってきていることが出てきているのも事実です。
しかし、それが出揃うのを待っていては、
手遅れになりそうなのが
日本の現状なんだとも感じています。

この感覚の下、やはり合理的な判断だけで
は間に合わない。というのが私の意見です。
少しでも、可能性があるものや
自分に適したものを取り入れながら、
楽しみながら実践して生きていきたいと
感じています。

何も考えないで、
たどり着いた将来に対して
こんなはずじゃなかった!!って
社会に責任転嫁するような姿には
なりたくないと感じています。

自ら考え、実践し
迎えた結果であれば、
例え、実りが少なくとも
全うした満足感が得られるだろうと
思っています。

 感じる価値その②
 将来の医療資源や、社会的資源の節約に
 貢献できると感じている。
(自分の健康が社会貢献になる側面を信じている)

自分が健康であることで
自らのお財布が痛まないという点
でのコスパの良さを実感すると共に、
その分、浮いたお金を共生活動にあて
たりも出来ると考えています。

また、副産物として、
貴重な医療資源や
社会資源の節約にも
結びつくと考えています。
(情緒的価値・意味)

さらに、
献血でも貢献できれば
理想的なのですが、
テストの採血段階で、
気を失ってしまうことが
2回連続で続いてしまい、
こちらは断念しています。

人口減少で輸血も足りなくなる
という未来予測は確実にくると
インプットがあったりします。

まとめ

私が認知症予防に取組むこと
に感じている情緒的な価値ですが、
自ら考え行動しているという
ことへの満足感と、自らの健康が
社会貢献につながると信じているという
大きな2つの意味を見出しています。

次回は、認知症予防に取組むことで
面白かったことや、いばらの道とも感じる
部分をどうやって工夫して乗り越えてきたかなど
を書いていきたいと思います。

その狙いは、認知症予防って面白そうだ
と感じてもらって関心を引き出すことです。

今回も、お読みいただきましたご縁に
感謝いたします。

参考資料
認知症予防に関して、自らをモデルに
共感マップを作製してみました。

自治体の起業塾で絶賛お勉強中です。
認知症予防のビジネスをしたいのですが、
顧客不在感が半端なくて、今は起業を目論みながら、
認知症予防の探求家として
やりたいことを実践していくことを
同時に進めています。



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