7-8.応接室にひとり残された俺はスマホをズボンのポケットに突っ込むと、カバンからいつも使っているシャープペンシルを取り出して三回、指先ではじいてみた。

 応接室にひとり残された俺はスマホをズボンのポケットに突っ込むと、カバンからいつも使っているシャープペンシルを取り出して三回、指先ではじいてみた。ゲームに呼び出されるまでのわずかな時間に少し整理しておきたいことがあったのだ。

 ペンが指先でくるんと回る。

 まず、暗に家族を人質に取られている今の状況で、俺たちが自分からゲームを降りるという選択肢はない。どうにか家族に連絡を取って安全を確保できたとしても、それは働き蜂を一時的にしのいだだけの話。ゲームとのいたちごっこは避けられない。

 それに、このゲームに負けたときに自分がどうなるかもパペットマスター任せだ。「可及的速やかにゲームから離れる」なんて言葉に含みがあることぐらい誰だってわかる。つまり――。

 ズボンのポケットの中でスマホが震えた。ペンをカバンに放り込み、伸びをする。取り出したスマホに入場をうながす通知を確認すると応接室を出た。

 廊下に出たところで右手の天井に取り付けられている中継カメラをにらみ上げる。

「俺たちは勝ち残る。勝ち残って、かならずこんなゲーム、突破してやる!」

 自然に声が出ていた。パペットマスター謹製の中継カメラが機械音を立てて俺に焦点を合わせた。

 校舎北西の階段を上がり二階の踊り場に出ると、ヒロムたちがにやにや笑っていた。こいつら、俺の入場シーンを見ていたんだな……。トシなんか、俺から目をそらしてすっとぼける。

「なあ、ジュンペー。自分たちはどのようにして勝ち残るのだ?」

「え、えっと、あれなのです。とにかく突破するのみなのです」

 いつもは皮肉ひとつ言えないジュンペーなのに、トシのやつ、完璧に仕込んでるじゃないか。

「おまえが正面切ってケンカ売るとはなあ。面白くなってきたじゃねえか」

 ヒロムが腕組みをして胸を張る。

「で、どいつから一発喰らわすんだ?」「今の段階でどいつもこいつもないだろ」「とりあえず対戦相手を見つけて追い込みかけりゃあよくないか?」「そんなことしたら不必要な行動として、パペットマスターがすぐ動くだろうが」「まったくヒロムは単細胞なのだよ」「誰が単細胞だ、こら!」「そんなことより対戦相手のチーム〈ジェミニィ〉の紹介なのです」

 ヒロムとトシのやり取りをあっさりスルーして、ジュンペーが自分のスマホを差し出す。誰もいない廊下をカメラが進んでいくだけの映像。全員がジュンペーのスマホを囲んで真剣な表情になる。

「んだよ、あっちは二階には来ねえのかよ」

「問題を出す側だと言っていたのだよー。神視点プレイに徹するつもりなのかもだ」

 ……神視点プレイね。その言葉が、どこか俺の中で引っかかった。でも、その引っかかりは画面に映る場所に気づいたジュンペーの強い声に押し流されてしまう。

「こ、これは四階の廊下なのです。そして、このまま行けば、そこは僕たちの部室なのです!」

 カメラは、まるでレールの上を動いているかのようにブレることなく廊下を進み、俺たちにとっては見慣れすぎた扉の前で止まった。途中で引っかかるクセもそのままに扉が開け放たれると、夏休みに入る前、最後にこの四人で集まったときのままのパソコン部の部室が映し出される。部室の中央には簡単な動画配信機材。その中でカメラに背を向けて座っていた男がゆっくりと振り向いた。

 はじめは目の錯覚かと思った。イスに浅く腰かけて背もたれに体を預ける座り方。長身に見合った細長い手足。一重に束ねられた腰にまで届きそうな長い髪。カメラを見つめる、どこか達観した眼。

 俺たちはスマホに映るチーム〈ジェミニィ〉の紹介をただ茫然と見続けていた。


〈対馬祐市・無職・これまでの獲得スコア――〉

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