寺沢大介先生各作品感想及び覚書メモ

2018年後半にかけて様々な電子漫画サイトで始まった寺沢大介先生の各作品無料キャンペーンにより皆が寺沢先生の作品を読みまくってる中私も懐かしくてついつい読みまくってしまいました。今年夏に入ってから私生活がちょっと荒れていて、あまり漫画やアニメにかかわれない毎日が続いているので久しぶりに大量の漫画を読めて楽しかったです。久々に読むと寺沢先生のエンターティナーとしての力量の素晴らしさをこれでもかと感じたので各漫画要約や感想メモを残しておきます。頭の中が寺沢ネタで一杯過ぎて私生活に差し障る為吐き出さないとヤバい(本当はこんなの書いてる場合じゃないんですが)(昨日の夜2時に突然目覚めて半分以上書いてしまった)。

寺沢先生の漫画は私が結構週刊マガジンをリアタイしていた時期があり履修度はそこそこ。しかしながら、ところどころ飛ばし読みだったり青年誌以後の作品は履修が中途半端だったりもしたので今回のキャンペーンはとてもありがたかったです。無料キャンペーン中にどれから手をつけようかなっていう人たちに各物語おすすめポイントの参考になればよいかなと(あくまで私の主観なので感想には偏りがあります!)。

ただ、極端なネタバレはしないものの作品の内容には多少触れるのは避けられないためご注意ください。フレッシュな気持ちでまず読みたいという人はこのメモは読まないでくださいね。

作品年代順に追っていきます。順に読んでいくと寺沢先生の漫画家としてのバージョンアップぶりも手に取るように分かり凄さを実感できますよ。

①ミスター味っ子

言わずと知れた寺沢先生の出世作。街の定食屋のせがれである味吉陽一。中学生ながら早世した父親の代わりに店を切り盛りする料理人です。そんな陽一がなみいる一流料理人たちを創意工夫と奇抜なアイディアでバッタバッタとなぎ倒すという現代に続く料理バトル物の礎を作ったともいえる作品。

原作漫画以上にアニメの方が有名かもしれません。味皇さまが口からビームを吐く演出を見たことある人も多いのでは。料理のおいしさを食べた人のリアクションで表現するというのをここまで大胆にやって見せたのはすごいですよね。私も味っ子はアニメの方を先に見たのでそっちの印象の方が強いです。漫画版は実のところそこまで濃いリアクションもないし組織だった敵もほぼ皆無なのでアニメと比べると味付けは薄目です(後期には少しばかりの逆輸入はありますがアニメに比べれば大人しい)。

ビッグ錠先生あたりに端を発する料理漫画が少しづつブームになりつつある中少年向けの料理漫画を週刊マガジンでも、という要望に応える感じで連載が決まったそうです(その経緯はこちらのhttp://sugoihito.or.jp/2017/06/15695/記事のインタビューに詳しいです)。

つまり寺沢先生はたまたま編集部の要望に近い作風と絵柄を持つため抜擢されたにすぎず料理漫画を描きたいと思って連載を始めたわけじゃないんです。ですから初期なんかは特に料理を少しでもしたことある人間からすると「?」な展開が正直多い。主婦の豆知識的な料理ノウハウで有名シェフがやり込められるのは無理があったりもします(そんな知識もない奴が味皇料理会のメンバーなの?っていう)。

しかしながら、突っ込みどころ満載の料理知識でありながらそれでも面白いのは寺沢先生の超絶強引なまでの漫画力によるところが大きいと思います。当時デビューしたてにもかかわらず、あまり前例のないジャンルを描くにあたり相当に見せ方に対しては試行錯誤を繰り返し参考になるものをどんどん取り入れていたみたいですね。

先発の料理漫画家であるビッグ錠先生の作風を参考にしていますし、大ヒットしたアニメ版の大げさすぎるリアクションも影響していったと思います(漫画版味っ子にはアニメほど外連味のある演出はないのです)。そうやっていくうちにとにかく分かりやすくテンポよく料理人のキャラを立てまくるという作風が完成したのでしょう。

何か分からんけどものすごい説得力がある……っていう寺沢節を思う存分堪能できます。寺沢先生のルーツとして外せない作品。これ以後の作品と比べると割と敵もまだ甘ちゃんというか優しいのであまりにも外道すぎる敵はちょっと……という人にも寺沢料理漫画入門編としておすすめできます。

個人的には寺沢先生の料理漫画で最初に真面目に読んだのが『将太の寿司』だったのありちょっとした物足りなさも感じてしまうのですが(敵の嫌がらせが足りないと満足できない身体に……)。

②WARASHI

このタイトル見て「何?」と思った方も多いと思いますが味っ子終了後に描かれた作品です。短期打ち切りの上単行本は絶版、電子書籍化もされていないため2018年11月現在読むことは難しい作品です。私も週刊マガジンでリアタイはしてましたが単行本とかは買っていませんので当時の薄っすらした記憶とネット上のあらすじなどで思い出した断片でこの項を書いています。ついで読みしていた作品なのでそこまでストーリーは詳しく覚えていないんです。

元々デビュー作はファンタジーであった寺沢先生。味っ子も終了し料理漫画からは離れたいという思いもあったのでしょう。がらりと違う作品に挑戦します。なんとこの作品妖怪ホラー漫画。タイトルからわかるように主人公(ワラシ)は座敷童モチーフの異形の者(見た目は10歳くらいの少年)です。

正直お話の完成度はイマイチで題材も寺沢先生の作風とあっているとは言えずおすすめはしにくいのですがなぜ取り上げたかというとのちの作品につながる重要な萌芽があるからです。

第一として、この漫画狂言回し役のダブル主人公が女の子(小萩野あん子)なんですね。味っ子の頃寺沢先生はあまり女性キャラが上手くないと言われていて可愛い女の子のキャラパターンがほぼなく年齢の描き分けにも難があるという評だったんです。実際味っ子では陽太のお母さんが女子高生にしか見えない見た目だしアニメにいるヒロイン的な女子も存在しません。とにかく女性を描くのが苦手だったみたいです。

しかしやっぱり少年誌で連載していくうえで可愛い女性を描けるようになりたいという思いがあったかなかったかは知りませんがこの作品では果敢に挑戦しています。男女の恋愛要素を作品に積極的に入れていくようになったのもこの作品から。最初の頃はとにかく頑張って瞳を大きくしましたという感じで相変わらずだったのですが、たゆまぬ研さんの成果か二部が始まりキャラクターの年齢が上がった辺りから画風が変化していきそれまでの子どもっぽい絵柄から頭身が上がっていきます。寺沢先生の画力がさらなる高みに上がっていく様子をリアルタイムで見ることができるのです。

第二としては、ホラー漫画というジャンルを描くにあたり悪辣な登場人物の描写が増えたこと。これもその後に影響します。味っ子には見られないシャレにならない悪事というのが当然バンバン出てきますし一筋縄ではいかない拗れた感情を持つ登場人物たちを描かせると寺沢先生は予想以上の手腕を発揮するという事が分かってきました。

味っ子の頃は可愛らしい絵柄のせいで比較的温かい作風を貫いてきた先生ですけど、人間の闇の感情を描くのもお上手です。あとホラーなので生っぽい毒々しい描写も多くてこの気持ち悪い絵をかくことが画力向上にさらに貢献したとも思えます(寺沢先生のわずかに可愛らしさの残った絵柄で描かれると悪い意味での気持ち悪さがあり苦手ではありました……これも連載が人気にならなかった一因かも)。

WARASHIという作品自体は短期打ち切りでもあり物語も中途半端でおすすめポイントは少ないものの寺沢先生叙事詩の中ではやっぱり外せない作品です。この作品によるステップアップがあったからこそのちの大傑作が生まれたともいえるのはないでしょうか。

③将太の寿司

寺沢先生作品の無料開放キャンペーンの中でもひときわ話題の中心であるこの作品。寺沢先生の連載作品で最長を誇り打ち切りもなく円満完結しただけのことはあり漫画家として実に脂の乗った寺沢先生が堪能できる寺沢料理バトル漫画の最高峰ではないでしょうか(「料理バトル漫画」として素晴らしいのであって「料理漫画」としてはツッコミどころはあります)。ここで言う将太の寿司は『将太の寿司』と『将太の寿司全国大会編』の二つです(全国大会編だけでシリーズがあるの狂ってますがお話的には無印から地続きなので同シリーズと思っていいです。全国大会編で綺麗に完結してます)。

小樽の小さな寿司屋の息子関口将太が地元大手チェーンの笹寿司の嫌がらせに対抗するべく奮起します。寿司職人としての立身出世を目指して東京の鳳寿司で修行しつつ職人としての高みを目指していく物語です。後半になると新人寿司コンクール勝ち抜けという大きな目的が主題となり熱き寿司バトルが繰り広げられるのです。

再び料理漫画の世界に戻ってきた先生がこれまでの作品で培ってきたノウハウを全力投入し極上の寺沢メソッドを完成させています。ワンパターンを越えた様式美とも言える世界。

同じ料理漫画である味っ子との最大の違いは敵の明確さと拗らせっぷりの激しさです。全編通じてのラスボスとして地元の幼馴染笹木の親が経営する巨大チェーン「笹寿司」が強烈な存在感を放っています。笹木親子はとにかく自分たち以外の弱小寿司屋は存在も許さないという極悪であり、笹木息子に至っては将太に対する個人的嫉妬から営業妨害を越えた嫌がらせを繰り広げます(金と権力以外誇れるものがなく周囲からの人望が全くない笹木と金と権力以外すべてを持っているカリスマ将太という構図)。将太が大嫌いっていう独断的理由で店の金を使いまくって嫌がらせする様は圧巻。

築地の魚を買い占めるなんてのは序の口で(マグロを買い占めたりする敵位なら味っ子にもいました)、伊勢海老を買い占めた時には営業妨害の為自分の店で伊勢海老をただで提供するとかいう暴挙。数千万単位の金を嫌がらせの為にどぶに捨てたようなものです(しかもここまでして勝負にも負けてるし)。四包丁とかいう極悪集団を雇うのにも金がかかってそうだし(半分くらいはそこまで悪い人じゃなかったけど)、漁船を壊すとか対戦相手の手をつぶすとか腐ったカキをお年寄りに食わそうとするとか完全に犯罪レベルの嫌がらせも多数。地元での評判も最悪だと思うので今の世であれば確実にネットで炎上してますよ。将太に極大の悪意を募らせたせいで確実に笹寿司の経営傾いてます(そんな笹木が最終的にどうなるかは最終回を見てね)。

この笹寿司を筆頭に、敵役は本当にバラエティ豊かです。一筋縄ではないかない連中が勢ぞろいしてます。

ヒロイン渡辺さんの手紙を破り捨てたり姑息な嫌がらせをする性格の悪い先輩。しかし、将太に感化されて後に最大のライバルとなる録に本編で呼ばれることのなかったサージェントっていうあだ名から多分名前の読みは「さじあんと」が正解ではの佐治安人!

我がままお坊ちゃま金の力で対戦相手に限度を超えた嫌がらせ多数、技術は最高性格は最悪。だけどキャラ立てが笹寿司とかぶっている上に将太君に対する個人的執着は笹木ほどじゃないのであまり語ることがない紺屋碧悟!

気に入らない料理人へのいちゃもんつけには手段を選ばず息子にすら最低の嫌がらせをする敵役だったのに途中からなんか訳ありのいい人の後付け設定。でも息子とその恋人に対するフォローが一切なかったのは納得できねーぞ、焼き土下座しろ(でも好き)。料理評論家武藤鶴栄!

麻酔針で魚の鮮度を保つ技ってちゃんと実在するんだね。家族へのトラウマから二重人格を患っちゃったオカルトチックな設定で出て来る漫画を間違えたっぽい男。でも駅弁対決で作った洋風弁当意外とかわいいし、トータルの戦績はしょぼいよな……百円寿司の坂田さんいじめてた時が一番輝いてた気がするぜ、の切島傀!

このほかにも悪辣系でない良きライバルたちも豊富。天涯孤独の元ヤンにして包丁の達人でとってもいい人だけどいい人過ぎて影が薄い奥万倉さんや、味っ子の一馬君を彷彿とさせるよなって味わい、この漫画には珍しくご両親も健在!の木下藤吉とか、妹の病気治療の為に悪事に手を染めるが皆の善意で改心するマグロの哲こと清水哲也さん、もはや人類を越えた超人、笹寿司の陰謀で電車に轢かれても翌日には寿司を握ってしまうみんな大好き大年寺さんなどここには書ききれないほどの良質のキャラクターがそろい踏み。キャラの魅力が本当に素晴らしい。

登場人物たちここごとく両親や片方の親が亡くなっていたり、ハードな過去を持っていたりとにかくすべての設定が濃いです(将太の世界は簡単に親兄弟と死に別れすぎ)。そんな濃密な世界観を27巻(将太の寿司)+17巻(全国大会編)も楽しめてしまうのは贅沢というものでしょう(人によっては胸焼けするかもしれない)。

料理ネタに関しても味っ子に比べれれば専門性のあるものが増えたので説得力は増しました(取材も味っ子よりはしてる気がする)。それでもやっぱり時々寿司職人が煮こごり知らないとか西洋米で寿司を握っちゃうとかそれはないだろ……って展開も若干あります。だがもう面白ければ何でも許すわ(多分先生も分かっているけどあえて描いてるんだろうし)。勢いとスピード感は寺沢作品の中でも最高速度で洗脳度が高いです。頭のおかしい話ばかりではなく普通にいい話や泣けるエピソードも多くドライアイの時は将太の寿司を読めというくらいです(効果には個人差あります)。

更に物語に説得力を増していくのが中盤辺りから急激に変化した絵柄。食べ物の描写は味っ子時代と比べてもかなり精緻で巧みになっています。寿司を握る描写が多数の為手を描く機会が多かったのも良かったのかもしれない。手先足先は人体パーツでも難しい所の一つですもんね。寺沢先生の描く職人の手素敵です。前作『WARASHI』の頃から少しづつ大人っぽい方向へシフトしていた絵柄は更に写実的で頭身高めに変化しキャラの描き分け力も大幅アップ。苦手だった女性キャラの作画も大向上してます。

個人的に寺沢先生はとびきり可愛く描こうって思ったヒロインより脇のなんてことない女の子がとてもかわいいと感じますね。野の花のような素朴な女性が素敵。渡辺さんより将太の妹の美春ちゃん派です。あと年配の女性たちのキャラデザが良い。鳳の親方の奥さんはしっとり和風美人だし、吉野寿司のお内儀は未亡人特有の薄幸な色気がたまらない(旦那さんだけでなく息子さんにまで先立たれ気の毒すぎるが)。ハマグリ売りのおばさんもいい肝っ玉母さんでナイスキャラだよね。エビの下山さんのお母様も海女姿の清廉さと、都会へ出てきた時のオシャレスーツ姿とのギャップが良いよ良いよ。若い女性だけでなく年配のいろんなタイプの女性も巧みな筆で描き分けできるようになってて画力の向上っぷりすごいです。

キャッチーな感じの作風なのでネタ的に笑われることが多いもののしっかり読めるのはお話の根幹テーマが一貫しているから。寿司は人を幸せにするものであり寿司の為に人が不幸になるのは許せない。そして将太の手は寿司を握る為のものであり人を傷つける為の手ではないというのが長い物語の中で折に触れ描かれているのです。最終的な目標は断じることではなく許すことなのだと。

だからこそ最終回の展開もご都合主義だとは思いつつ「将太ならそうするだろうな」って納得できます。せざるを得ない。

真面目な料理漫画として読むと言ってる事が時々二転三転するし(結局寿司で大事なのはネタなの? シャリなの? 話によって違うぞ!)、あるあるねーよな事も多数なんですけど、先述したように私はこの話をバトル漫画の系列として読んでいるので料理の整合性はそこそこあれば十分だと思っています(そこが許せないタイプにはおすすめできません)。

時系列もしっちゃかめっちゃかで明らかに時空が歪んでいますがこれも面白さ最優先の結果なので仕方ない。将太とのコンクールの出場権勝負に負けてしまった佐治はその後数カ月はいろんな店を転々としながら修業をしていたはずなのに将太と同時期のコンクールにしれっと登場するのはどう考えても時間的にあわねぇ……なんですがそんな事夢の対決の前には些少な事だよ!(将太が予選を頑張っていた時に修行の旅をしていた描写があるのになぜ佐治さんが予選に参加できたのか謎は深まるばかり)

多大なカタルシスと感情を揺り動かされる少年漫画的王道展開を求める人にはお勧めします。細かい事は気にするな(実際リアタイで読んでた時は上記時系列の歪みとか全然気にしてなかったです)。クズキャラも多いけどそれ以上に度を越した善人も多いのでバランスは取れてると思いますよ。本当にここでは魅力を描ききれないので読んでほしい。

味っ子で取り入れた常軌を逸したリアクション芸。長年の漫画家生活で身に着けた画力。打ち切り漫画を得て切り開いた悪辣描写の巧みさ。そして料理バトル漫画メソッドの完成。寺沢先生の漫画家としての積み重ねが開花した傑作だと思います。

④ミスター味っ子Ⅱ

将太の寿司の後には実は『喰わせモン!』っていう連載があるんですがこっちは私も全く読んだことがないため割愛します。調べてみた感じ今までの寺沢漫画にはないかなりダーティな主人公による料理漫画みたいですが『ミスター味っ子』の後に毛色の違う『WARASHI』を連載した時と同じ流れを感じますね(ちなみに『喰わせモン!』も短期打ち切り電子化なしです)。

順序的にはこのⅡの前にもう一つ作品がありますがほぼ同時期の連載の為あえてこちらを先に紹介します。

タイトルからも分かるように『ミスター味っ子』の続編。この頃から往年漫画のリバイバルブームが続いていてその波の中で生まれた企画でしょう。実は私この作品は途中までしか読んでないんですよね。今回の無料キャンペーンでも対象外なんであやふやなところがいっぱいあります(未読箇所多数です。最終回もあらすじで知るのみ)。

初めて読んだ時には寺沢先生の無印味っ子当時の逡巡を感じました。面白さ分かりやすさ重視の為に切り捨てたあるあるねーよな部分にセルフツッコミしてるようなエピソードが散見しますし。青年誌連載な事もあり大人の事情にも切り込んでいます。料理だけではなく店の経営やらに触れていたり先生も長く料理の世界にかかわる中で取材先でいろんな話を聞くこともあったんだろうなって感じます。これは料理人の漫画ではなく料理業界を描く漫画なのです。

ただ、こういうシリアスな切り口は味っ子の作風にはちょっとあっていなかったかもしれません。連載当時はヤンチャな少年ですんでいた陽一も大人になってもあのままだとちょっと無責任すぎる親父ですし。息子の陽太もなんだかんだ言って陽一のバージョンダウン版みたいな感じに見えてしまう。陽太独自の魅力ってあんまり感じられませんでした。

時代も変わって当時のようにむちゃくちゃはできなくなってしまったので味っ子の良い部分がスポイルされてしまった部分はあるかもしれません。なんだか重すぎる問題定義だけが心に残るんです。大事な事ではあるんですけど。

あと子どもを作らなくちゃいけない都合により後付け設定で陽一の奥さんが登場するのは「誰だよコイツ」って感じです。一応昔から好きでしたエピソードも追加されてはいるらしいと聞きますが旧作にはいなかったキャラが急にいたことにされてもなぁ。奥さんの性格もそこまで好きじゃないし。

全体的に旧味っ子のキャラたちが現代的価値観の中で魅力を半減させてる気がする。寺沢先生の連載で最も古い時代のものだから仕方ないところはあります。新規キャラととの食い合わせも部分的に悪いというか。味のあるキャラもいたんですけどね。下山アンヌちゃんは可愛くて割と好きだったのが私のこの作品に関する最後の記憶です。過去キャラで落ちぶれちゃっている人が何かリアルなのも心苦しい。最後まで読んでないので何とも言えないのですが(多分当時も何となく読むのが辛くなりフェイドアウトした模様)。

余談ですけど寺沢先生現在連載中の『味っ子幕末編』ってのはかっとばしてておもしろそう。気になります。機会あれば読みたい(味っ子は破天荒な設定の方が面白いと思う)。子世代に引き継いだもののイマイチのりきれずに結局親世代に戻ってしまうというのはなんだかドラゴンボールみたいな話です(幕末編は本編終了後の高校生陽一が主人公)。

⑤喰いタン

『ミスター味っ子』で料理バトル漫画家としてデビューして以来なんとかその殻を破ろうと奮闘してきた寺沢先生が初めてそれに成功した作品がこの『喰いタン』ではないかと私は思います。作品時系列としては『将太の寿司』→『喰わせモン!』→『喰いタン』となります『喰いタン』のあと数年後に『ミスター味っ子Ⅱ』なのですがこの二つは交互に休載を繰り返しながら同時連載という感じだったようですね。

歴史小説家にして私立探偵、そして恐るべき健啖家である高野聖也がその比類なき食へのこだわりを武器に日常のトラブルから殺人事件まで解決していくという物語です。基本一話完結なのでさくさく読めます。

この漫画を私が知ったのは味っ子Ⅱ連載開始とほぼ同時だった為当時はあまり熱心に読んでおらず味っ子Ⅱの展開に若干食傷していたのもあり「また食べ物ネタなのか……」ってちょっとだけ読んでスルーしてしまっていたんですよ。実写化ドラマも全然興味なかったし(内容も食育よりで漫画とは別物だったみたいです)。

しかし今回無料開放で読んでみて私が一番好きだったのがこれです。今までの寺沢料理漫画とは全く違う新境地。料理人でもなく料理そのものでもなくこの漫画で描かれるのはただただ人が食べ物を食すという行為そのもの。そしてそこに浮かび上がっていく人間模様なのです。あと寺沢先生が本気で笑わせようと描いたギャグがコンスタントに出て来る漫画は喰いタンが初めてでは? 今までの漫画での笑いはどっちかっていうと偶発的シリアスな笑いだったんですけど高野先生の真顔のボケと秘書の京子ちゃんのツッコミが最高。とにかくこの漫画は主人公の高野先生が良いんですよ。

寺沢漫画の主人公というのは基本強烈なカリスマがあり人をひきつける太陽のような存在であることがほとんどです。皆に一目置かれる主人公オブ主人公。その最たるは驚異のカリスマ魔性の関口将太君あたり。コンクールの休憩時間に女性キャラたちが我先にと差し入れ弁当を持って押しかけるほどのモテっぷりですし男性キャラ達からも極太の感情矢印を出されています。

対して高野先生は確かに高い能力は持っていますし皆にもそれなりに好かれてはいますが同時に度を越した食欲を持て余される厄介者でもあります。何をおいても食を優先する為その能力値の割には女性キャラからのモテ度も控えめです。できる事なら有事以外では関わりたくない。そんなキャラ造作が成されているのです。

一見陽気な食欲魔人ではあるんですが高野先生は意外と孤独なキャラだと思います。他者に対して一線を引いているというか交わらない。美味しいものを食べること、ただ一つそれが彼の真実。だからこそ食に真剣な彼の言動には鬼気迫る説得力があるのです。

ただそうかと言ってただの食欲マシーンかと言えばそうでもなくこれと見込んだ人物に対しては大きな信頼と優しさも見せるのです。そこが高野先生の一番の魅力。人は人自分は自分と割り切りながらも決して冷徹な人間ではなくむしろ世話焼きで温かい心の持ち主です(食に関しては自分勝手ですけど)。

幼くして両親を亡くした高野先生を世話してくれた大田原の小父さんに多大な恩義を感じてそれとなく尽くしますし、なじみの老齢パティシエが罪を犯した際はその後の更生の為に便宜を図ってあげています。殺人事件が起きた蕎麦屋さんが風評被害でつぶれないように小説に登場させてあげたりもしていますし見た目と違い高野先生はとても心遣いが細かな人間でもあるのです。決して恩ぎせがましくなくあくまで自分の好きな人好きな食べ物に対しての愛情として行動するのが素晴らしい。

あとベタベタしてない爽やかな信頼描写をこの漫画辺りから寺沢先生すごく上手にかかれるようになりました。File.006で高野先生は小説家の顔は警察の人間は知らないし、私立探偵の仕事は出版社の人間には明かしていないと暴露するのですがそんな風に秘密主義を貫きながらも秘書の京子だけには「僕の二つの顔を知っているのは、京子クン君だけさ!」と言うのです(実際には大田原さんも知ってますけど身内的存在以外ではという意味でしょう)。

作中では夫婦漫才のようなやり取りしかしませんし男女間の恋愛の気配など露も感じさせない高野先生なのですがこういった何気ないやり取りに垣間見える京子ちゃんへの熱い信頼がたまらないです。食事をなげうって京子ちゃんのピンチを救ったこともあるんですよ!(高野先生に食事を自らなげうたせた罪は重い。犯人は半殺しです)。

他にもお金持ちのお嬢様との恋を引き裂かれながらも自分ではない他の誰かとの結婚を陰ながら応援しピンチを救うイケメン料理人とか(これ似たような話が将太にもあったけどこっちは泥沼だった気がする)、料理の腕は一流だがクズギャンブラーな夫に乱暴者だが気のいい正直者の妻という破れ鍋に綴蓋的な中華料理屋の清原夫妻なんかも大好き。毎回毎回夫があの手この手で店の金でギャンブルしようとしては高野ばれて奥さんにとっちめられる流れが美しい。そしてそれらのグダグダエピソードを踏まえての最終エピソード(File.110)がすごく良いので打ち切り前にこの話描いてもらえてよかったなぁって思うお気に入りの夫婦です。寺沢漫画作中夫婦で私の中のベスト1カップルだよ!(清原の奥さま普段はグータラ野郎だのクズだの夫を散々くさすんだけど内心では若い頃はイケてたし今でも結構カッコいいと思ってるの愛ですよね。旦那様もそんな奥様の事をちゃんと分かっているんです)

余所から見たら何でこの二人くっついてるの? っていうような二人が実はお互いがお互い以外の相手では絶対ダメっていうのが私は大好きで、だから高野さんと京子ちゃんの組み合わせも大好きなんですよ。ぶっちゃけ関口将太の相手は別に渡辺さんでなくても他の誰かでも十分回るし上手くいくと思うし何なら一生独身だったとしても大丈夫だと思うけど高野さんには京子ちゃんがいないとダメじゃないですか。そしてそれを本人も分かっていて最終回でちゃんとケジメをつけてくれるところも含めて全く高野先生はサイコーだぜってなる。

今までの寺沢漫画のキャラクター紹介で私は確かにどの人物も魅力的だとかいてきたんですが、いわゆる個人的に推したいと思うような好きキャラはいなかったんです。でも高野先生はホント好き。推しです。その為感想のテイストがここまでの作品と大いに異なることをご了承ください。

この漫画が生まれた頃は料理漫画飽和期。寺沢先生に端を発するバトル料理の系譜もそろそろ古くなってきて新しいやり方を皆がそれぞれに模索していたころです。料理の美味しさという漫画では表現が難しいテーマをかつてはバトルの勝敗という形で分かりやすく見せていましたが、時代も変わり別のやり方に移りつつあるのです。

何せこれだけ料理漫画も増え、料理の知識もネットを検索すれば簡単に調べられる時代。中途半端なハッタリはすぐメッキがはがれますしどうしたって正確な知識が求められていく中、料理でバトルするという荒唐無稽な設定を維持するのは昔以上に大変なのです。それでも一定の人気はあるし今でもちゃんとその系譜は残っていますが。『鉄鍋のジャン』なんかはストーリーやキャラクターは荒唐無稽ですが、料理技法についてはキチンと監修をおいて正確な料理知識を見せています。これくらい徹底しないと今はバトル系料理は辛いかもしれないです。

主役は料理人から食べる側に移り変わっていっていますね。『孤独のグルメ』なんかは最たるものですし、現在ドラマ化されてる『忘却のサチコ』なんかもそう。あと作る側の物語でもプロ料理人とかではなくいろんな立場の人間による物語を見せたりとか実に多様化してる訳です(ファンタジー世界のサバイバル料理である『ダンジョン飯』とか)。『喰いタン』もそんな流れの中で生まれた新たな料理漫画の系譜の一つと言えます。

かつて人間ドラマを通じて料理の素晴らしさ美味しさを表現していた寺沢先生が、それとは逆に料理を通じて人間の素晴らしさや人生そのものを描き出したのが『喰いタン』なんじゃないかと。今まで培ってきた知識を惜しむことなく注入し全く別のドラマに仕立ててみせたのです。先生は研究熱心であると同時に素材の生かし方が本当に上手な作家さんだと思います。

あと戦わないのもそうなんですがこの漫画は必ずしも美食を至上としないという点でも過去作品と大きく違います。かつて『夏子の酒』って作品で良質の純米酒を造る際に最高級の米の中心部のわずかな個所しか使わない贅沢さについて言及していたくだりがありますが、美食の追及においてはどうしても倫理観や食材が犠牲になりがちというのは大きな問題点の一つです。将太とか味っ子でも試食でたくさんの廃棄品が出てたかもしれないし、こんなものが食えるかー!!みたいなノリで食品が捨てられることもあったしアサクサノリにガソリンまいたりしてたし(ガソリン放火事件は美食の追及の為ではなく単なる個人の我儘ですが)。

高野先生は確かにグルメでもあるのですが、美味しくないものでも文句は言いつつ食べます。そこに食べ物がある限り食べ続ける。それが高野聖也の生き様です。汚水で汚れた米まで食べてた時にはさすがにそこまでしなくてもいいですよ……って思いました(京子ちゃんも付き合ってあげててエライ)。

おそらく寺沢先生も数々の料理漫画を連載中にこれもったいねえなぁって思う事がたくさんあったんでしょうね(たまに将太君が練習につかった林檎を皆で食べてる描写とかが入ったりはしましたが全フォローは無理ですもんね)。そんな過去の怨念を払うかのように高野先生がすべてを食べつくしてくれるのが爽快です。殺人現場の証拠物件も毒が入っているかもしれない食材もすべて喰うのです(注:よいこは食べないでください)。高野先生の事を「人間ディスポーザー」と揶揄する言葉も出てきますが言い得て妙です。そんな高野先生が大好き。

上記で書いたことにも通じるのですが、過去作品において先生自身が感じていた矛盾やツッコミ、内なる不満、セルフパロディなどをメタ全開で暴露してくれるのもこの作品の隠れた醍醐味。心の中のモノローグで会話しあうのやっぱりおかしいと先生も思いながら描いてたんだ(笑)とか、鳳の親方に似た寿司職人が出てくる話での将太の寿司文庫版への熱きダイマとか(空洞握り~!)、高野先生が座敷童についての歴史小説(WARASHIのことかー!!)書いたけど売れなかったよとか、マグロは腰が美味いってそれ進研ゼ……じゃなくて『将太の寿司』でやった!とか、日の出食堂のバッタもんみたいな定食屋とか、枚挙にいとまないです。

そう言ったわけで確かにこの作品私的には寺沢先生の中で一番のおすすめではあるのですがぜひとも過去作品を読んでから楽しんでほしい漫画でもあります。というか寺沢先生の作品は絶対時系列順に読んだ方が楽しめる。寺沢先生は時代に合わせて丁寧に価値観をバージョンアップさせるタイプの方なので歴史を感じながら読むのが最高の贅沢と言えましょう。つまり全部買うんだ。

そうは言っても単体でも十分面白いし巻数も適度(全16巻)なのでやっぱりお勧めします。喰いタンはいいぞ。何で打ち切りになってしまったんだ……。一説には中断していた味っ子Ⅱを再開する為という話もありますが納得できねぇ。私はまだまだ喰いタンを読みたかった。

あんまり時の流れのない作風なのでしれーっと高野先生がアルゼンチンから戻って来る日を私はずっと待ってますからね! 何事もなかったかのように『喰いタン2』を開始してほしいです。商店街のコロッケにダッシュしたり、牛丼のツユでコンクリートを破壊する高野先生を再び見せてほしい。

今回は無料で読みましたがいつか全巻そろえたいし、番外編やスピンオフもあるらしいのでいつか読んでみたいと思った作品です。

⑥将太の寿司2 World Stage

『ミスター味っ子Ⅱ』終了後の連載。こちらは将太の寿司の続編になります。ミスター味っ子Ⅱにも見られた旧態依然とした価値観が現代に通用しないという問題により真摯に取り組んだ意欲作。味っ子Ⅱに関しては正直乗り切れませんでしたがこちらは元々のベースである将太の寿司が味っ子よりシリアスよりである為作風にもマッチしていたと思います。打ち切り終了が実にもったいない作品。

舞台は将太の寿司から18年後。佐治安人の愛人の息子である佐治将太と関口将太の息子の関口将太朗。この二人が現代寿司業界の問題点にそれぞれの立場から立ち向かっていく姿をえがく作品。より現実的な敵とトラブルで構成されている為旧作将太を期待して見るとかなりの肩すかしだと思います。サブタイトルのWorld Stageが示すように海外寿司事情という黒船を作品に来航させ、現代寿司業界の徒弟制度の限界や時代に取り残された寿司職人の末路などにも切り込んでいくのです。

味っ子で世代交代が上手くいかなかったことからの教訓なのかダブル主人公制を採用しています。古い価値観から飛び出し新しい風を受け入れる主人公が佐治将太であり、古い価値観を守りつつ新しい価値観に立ち向かうのが関口将太朗です。二人の織り成す螺旋のドラマが寺沢先生の中には明確にあったと思います。すごくキャラ設定練り込まれているし。あと、あくまで新キャラメインでストーリは進み旧キャラはでしゃばりません(味っ子Ⅱでは旧作キャラに尺を取りすぎていたと思う)。

佐治将太の設定が本当に秀逸だと思うんです。母親は佐治にほれ込んだ一夜の恋人で佐治恋しさのあまり将太を一流の職人にするべくかつて佐治が語り明かしたライバルの名前を付けて寿司の教育を施すという考えようによっちゃあこれ虐待では……という人物(描写がわずかなので実際の子育てがどの程度のものかは不明ですし、寿司を抜きにしても愛情を持って育てていたのだとは考えられますが、それにしても佐治将太に寿司以外の常識があまりになさすぎなので)。将太の寿司の頃には親からの寿司エリート教育の犠牲となって人間性の崩壊した職人が出てきたりしました。これまでの将太の寿司だったら人格も歪んでしまうような典型的な「寿司で不幸になる」側の人間設定です。

しかし、佐治将太はそんな過去のしがらみなどどこ吹く風というばかりの楽天的な男です。母親に対しても父親の佐治に対しても何の恨みも抱いておらずただ寿司が大好き。母親の教えを守って鳳寿司にやってきた時も無邪気に父親の寿司を喜びます。かつて仕事中心で自分を顧みない(と思い込んでいた)父親を嫌悪した佐治安人とは対照的すぎます。佐治将太の設定自体が新時代の男を予感させるものになっているのです。

どうしても旧作の『将太の寿司』に思い入れがある為新しい価値観も取り入れていかなくてはいけないと思いつつ不安な部分が大きくなってしまうのですがそういう心配を吹っ飛ばすような佐治将太のあっけらかんとした客観性・現実主義が爽快です。佐治安人の豪放磊落さに関口将太のカリスマと研究心を併せ持った次世代のハイブリッド。序盤からの安定感に加えフランスに渡ったのち更に一皮むけ抜群の救済力を誇る主人公となります。フランス編は日本人では知りえない海外の寿司事情や鮮魚事情も丁寧に描写されているし、なぜフランスでは日本流の寿司が受けないかとかも単にフランスの寿司は偽物だ! で済ませるのではなく丁寧に原因を紐解き文化の違いによる越えられない壁があることも説明してくれます。真面目に勉強になるし移民問題などは海外労働者受け入れ問題が表明化している今を先取りしたようなタイムリーな話題じゃないでしょうか。私はフランス編大好きです。

あと、女の子のかわいさは更にバージョンアップしてましたね。さり気ない素朴さから妖艶な美女、健康的褐色美人、職人気質の金髪美女に我儘系幼女とかより取り見取りだよ……。モブ女子ももれなく可愛いし、フランス編の「信じてるから……!!」の子とかめちゃ可愛い。超美人とかっていうんじゃない普通に可愛い子っていうのが一番難しいと思うんだ。喰いタンの京子ちゃん系とか。あの手の女性キャラもすっかり自分のものにして寺沢先生にもはや描けないキャラはないって感じ。ホント可愛い。

ただこの作品の不幸は続編でありながら将太の寿司の既存ファンが楽しむようなタイプの話じゃなかったことですね。佐治将太がフランスで悪戦苦闘するフランス編、旧作と比べるとやっぱり地味な所はあります。笹寿司ポジションのハイ寿司にしても笹木のように採算度外視の嫌がらせなどはしません。実利になると判断すれば敵であっても勝利を譲る現実的な強かさがあります。まあ将太が嫌いだからという理由で商売を越えた嫌がらせする笹木の方がおかしいんですけど、将太2にはかつてのような分かりやすい絶対悪はいないんです。カタルシスを求める層には圧倒的に悪が足りない(というかもともとそういう話ではないんですが)。

寺沢先生は並々ならぬ意欲でこの作品に取り組んでいたのでしょう。だからこそ書きたい事を全部描くという気持ちでいままでなら切り捨てていたような部分も丁寧に拾って現実的描写をしています。その為エンターテイメント性が若干犠牲になっている部分があるんですよね。それが人によっては「説教臭い」と取られかねない諸刃の刃。おそらくこのフランス編も人によって好き嫌いが分かれるものになっていたのでしょう。

本来ならこのフランス編で佐治将太の魅力を描き、その後舞台を日本に再び移して今度は関口将太朗の側から日本の問題を描きつつ将太朗のキャラを固めていくつもりだったのでしょう。しかし健闘及ばず中盤でおそらく打ち切りが決まってしまったようです。その為将太朗くんの魅力づくりが中途半端に終わってしまいW主人公としてはちょっと物足りなくなってしまったと感じます。サハルちゃんとのやり取りももっと見たかったですがこういう男臭い物語に必要以上の女子介入を嫌う読者層もいる為そこも微妙だった可能性あります。でもサハルのキャラ設定もあの立ち位置であの見た目あの性別で無ければダメだと思うし難しい問題です。多様性の許容というテーマの為には必要なキャラだったと思うので生かしきれなかったのが無念。

ぶっちゃけ日本編になってしまうと問題点とか息苦しいテーマばかりが目立ってしまい味っ子Ⅱで感じていた閉塞感がぶり返してしまった感があります。そこを佐治将太に何とかしてもらう予定だったのかもしれませんが本当に力及ばずといった感じで惜しい。いろんな伏線が残ったまま突然トーナメント戦が始まってしまい無理やり打ち切りになってしまったのが残念過ぎ。旧作メンバーの跡継ぎたちの話ももっともっと見たかったです。

最後のトーナメント戦で佐治将太が勝ち抜いたのにもかかわらず「そんなもんやる気ないから」と放置してフランスに帰ってしまうのがこの物語らしいです。もはや寿司勝負などどうでもいいのですよ。自分は自分君は君。理解しあえなくても大切にお互いの価値観を育てていこうぜっていう戦いを越えたところを目指すラスト。進化とは必ずしも進歩ではなく単なる適応であり一見無駄な変化も後に役立つことがあるという考古学知識を交えて共に違うところで頑張ろうと誓い合うのです。ちなみにこの時考古学者としてゲスト出演してるのは寺沢先生がビックコミックオリジナルで短期連載してた『修理もん研究室』の七尾先生かもしれない……(ちょっと読んだことあるだけなのでうろ覚え。『喰いタン』と『将太2』の間でやってた作品ですが初の小学館作品な事もあり知名度低)。

思えばフランス編でもフランス人たちに本当の意味での魚の美味しさを伝えることはできませんでしたが、それをフランス人の舌がおかしいとか言わずお互いの文化を尊重する形ですごくバランスよくまとめていたの印象的です。フランスにはフランスの良さ(素材が乏しいゆえの調理技術の発達)があるし、日本にもフランスには絶対に勝てないポテンシャルがある(魚の流通事情とかは雲泥の差)。それぞれの文化に根差した違いは変えようがない。どちらがいいとか悪いとか勝負で決する時代はもう終わりなのです。

ただこんな風に書くとかつての『将太の寿司』とは全く違う話なのと思われるでしょうが根幹に流れるものは同じです。寿司(および料理)は食べる人を楽しませ幸せにするためのもの。技術も心もその為にあるのだという事。これはずっと変わりません。

ただし時代が変わっていけば人の心や置かれている境遇も変わります。作る側もそれに合わせてバージョンアップしていかなければかつてと同じ喜びをお客さんに与えることはできない。これは寿司だけの事ではなく漫画を描いている寺沢先生自身の事でもあるのかも。実際今回昔からの作品をざっと読んでみて先生が常に時代の空気を感じて作風に上書きしていってるのを如実に感じましたし。こんなにも勉強熱心な作家さんなのだなとおどろきました。古いものにしがみつくばかりでは楽しいものは作れないのです。

最終回は味っ子やら喰いタンやら色んな漫画からのキャラが一堂に会しフランスのモナミ寿司で寿司を楽しみます。時代が変わっても食べ物にかける情熱は変わらない。そんな風に感じるラストです。過去作品あってこその本作ではありますが、過去作品の魅力に縛られずに楽しみたかった。そんな逸品です。

最後にたった一つだけこの作品への不満なんですけど関口将太の奥さんの渡辺(旧姓)久美子さん。ウィーンにまで音楽留学したのにそれがなかったかのように寿司屋の女将に収まってるのはちょっと残念過ぎるんですが。音楽家を目指す人間にとって海外留学って大事ですし、本気でやってるからこそ行ったんでしょ? のだめカンタービレとか読んでると納得いかねーぞ。才能勿体ないよ。もしかしたら連載が進んだら海外編の展開共に渡辺さんのウイーン留学設定も行かされたりしたんでしょうか。そんなんあったらぜひ見たかったです。サハルのようなバリバリ働く女性も描かれているだけにもしかしたら旧体制との対比の意味もあるのかもしれないですけどね(単純にそこまで尺を割いてる場合じゃないってのが一番だとは思いますが)。

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以上駆け足で感想メモでした。改めて読み直してみると寺沢先生が常に時代の研究を怠らず新しい価値観をアップデートしてる作家さんなんだなというのが一番の発見です。今後の寺沢先生の活躍に期待してます。先生はまだまだ現役で素敵な作品を描ける人だと思いました。

というか私は特別寺沢先生ファンという訳でもないのに意外と寺沢先生の話一杯読んでて自分でもびっくりしました。でも固定ファンでないけど読むっていうのは純粋に話が面白かったからだと思います。

数年前終活の一環とかいう事で過去の漫画原稿を販売してたりされてましたがネットで見かけた生原稿とても綺麗でした(ペンタッチがキビキビしててすごい)。でも終活とか言わないで今後もたくさん漫画を描いてほしいです(体にお気をつけて!)。


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