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あるいは空から降る鯨 #むつぎ大賞2023

むつぎはじめ様の個人企画【むつぎ大賞2023】参加作品です。

◇ ◇ ◇

 傾いたビルから樹の幹が溢れている。寄りかかられた隣のビルは幹と蔦に覆われ、巨大な樹の一部になあっていた。敷かれたアスファルトはほとんどが草や低木に突き破られ、残っている場所を探す方が難しい。ブーツの下で、アスファルトの欠片が砕けた、
 第56次人類捜索作戦、行動開始より61日目。今回通りがかった廃墟は大規模だった。
 片側4車線の大通りに100mを超えるビル群、地下鉄の入り口には土砂が流れ込み、地上の構造物はほぼ全てが何らかの植物に覆われ、自然に帰ろうとしていた。
 これだけの規模の都市なら人間の手かがりが見つかるかもしれない。見通しのよい場所を探して観測をしなければ。

――地上200m、天候:晴れ、視程:15km
 廃墟の中心地。おそらく近辺で最も高いビルには幸いなことに目立った損傷は見られなかった。屋上に上り都市を一望するが、動くものは見当たらない。
[目視による 観測は非推奨。……ネットへの 接続を推奨。]
「わかってる」
 バックパックからの少し掠れた金属質な声に応え、動体検知を終了させた。
 バックパックを下ろしてスタンドで固定する。髪をかき分けてうなじのジャックを露出させ、バックパックから伸ばしたケーブルを繋ぐ。頭蓋の内側が冷たくなる感覚と共に視界が青みがかる。
―ニューラルリンク同期開始……完了
―全地球ネットワークに接続……失敗
―最も近い通信衛星を検索…応答なし
―周辺の基地局にPing………応答なし
―アクセスドローンにPing…応答なし
都市内ネットCANに繋ごう。最大強度で反応を探して」
 バックパックからアームが伸びてアンテナを掴む。頭上に掲げられて傘が開き、くるくると回り始めた。
[アクセスポイントを 検出……応答なし……アクセスポイントの 外部電源を 再起動……失敗……。]
 視界に映るレーダーマップを睨むが、沈黙したままだ。
「だめか……もっと増幅できる?」
[増幅器を 作動……更新間隔を 短縮……。]
 バックパックがわずかに唸りを上げ、アンテナの回転数が上がった。ややあってレーダーマップ上にぽつんと光点がひとつ現れた。
「いた……これ個人用PANのアクセスポイント?」
[指向性レーダーに 切り替え中……アクセスを 要求中……。]
「移動する。ガイド出して」
 アンテナがある方向を向いて止まる。バックパックを背中に戻し、移動の準備を始めようとするが、視界の端に追いやったレーダーマップを確認して思わず足が止まった。
「待って、移動してる……?」
 マップを見つめる前で光点がはっきりとマップの中心へと動いた。
[対象の移動方向を 解析……]
「しなくていいから!移動の支援を!」
[ワイヤーアンカーを 起動……。]

 数分後、辺りは瓦礫の山に変わっていた。屋上から離れた直後にビルは下からの衝撃で崩れ落ちてしまった。
 地面が揺れ、瓦礫を押しのけて何かが身を起こす。舞い上がった砂塵の中に5mほどの歪な4つ脚のシルエットが浮かび上がった。
[火器のロックを 解除……。]
 その言葉を聞くやいなやバックパックに手を伸ばす。バックパックの側面に触れた瞬間、かちりと音がしてグリップが飛び出した。それをしっかりと握って引き抜くと、大ぶりな拳銃が取り出された。
 銃把を握りしめ相手の様子をうかがう。直後、砂ぼこりを裂いてごてごてとした脚が振り下ろされた。
 素早く転がって避け、身を起こしながらさらに後ろに跳んで追い打ちの薙ぎ払いも躱す。巨大な脚による薙ぎ払いのあとに空気が一気に流れ込み、砂ぼこりが勢いよく払われる。そして、相手の全体像が露わになった。
 地面を踏みしめる太い脚が4つ、肩までの高さは5mほど。獣のような四肢に反して尾はなく、毛皮の代わりのように全身が様々な機械部品の寄せ集めで構成されていた。身じろぐたびに金属がこすれて軋む音が辺りに響く。頭は首の付け根から存在せず、代わりのように体躯に不釣り合いなほど小さな獅子の像の上半身が、首の断面から生えているように鎮座していた。
[崩壊体を 確認……。]
 肩越しのアンテナが、目の前の崩壊体に首を向けて動かなくなる。ひとが何らかの方法で発していると思われた電波は、確かにこの4つ脚から発せられているのだ。
「こいつが発信源……アクセスポイントを食ったのかな……」
 崩壊体にとって機械部品はエサであり、体を直接構成するものだ。彼らは機械を食らい、バラバラになった破片を新しい回路に組み直し、新しい神経のように機能させ、そして理論上は際限なく巨大化する。
 これだけの規模の都市で崩壊体が一体だけ、しかもこの程度の大きさなのは不幸中の幸いと言うほかはなかった。発生したばかりなのか、もしくは先人がこの都市を放棄するときに破壊していった可能性もある。
「コアの反応を探して!」
 牽制として獅子の頭に発砲する。獅子は一発で砕け散り、首もとに穴が開いた。崩壊体が嫌がるように身を震わせると、穴の奥から一際激しい金属音が響き、身を一気に低くした。
 すんでのところで飛びかかりを躱す。崩壊体の背後のビルに銃弾を打ち込み、倒壊させるが、降り注ぐ瓦礫に打ち据えられても不満げに体を揺らすだけでダメージを与えられた様子はなかった。
[コアの位置を 特定……左前脚の 付け根に確認……。]
 素早く発砲し、左肩を抉る。しかし、すぐに周辺の部品ががちゃがちゃと動き傷口を塞いでしまった。火力は足りているが決め手に欠けているようだ。長引けばもたないのはこちらの方だ。
[戦術オプション、複数の建造物を倒壊させての足止め……対象への集中した攻撃を推奨。]
「できたら苦労してない……」

 4つのビルを倒壊させ、崩落に巻き込んでも崩壊体はまだ健在していた。足先を3度撃ち抜いたがその都度修復してはこちらに追いすがってくる。
 そのとき、遠くから音が聞こえた。
[上空に飛翔体を 検知……地上に 接近中……。]
「上空に?新手?」
[不明。]
 見上げると、ふっと日が陰った。飛翔体が太陽を覆い隠したのだ。
 見上げる前で、飛翔体は崩壊体を巻き込んで地面に激突した。金属とセラミックの砕ける音が断末魔のように振りまかれる。
 轟音と舞い上がった砂ぼこりをまとめて押し流すような暴風が襲った。風が収まったとき、目の前には真っ白な巨体が横たわっていた。
 一方は角の取れた四角で、もう一方には尾びれのようなフィンが付いている。全体の中程には水生哺乳類の背びれと胸びれの間の子のような大きな安定翼のようなものがせり出していて、落ちてきた飛翔体はどこか頭の四角い鯨に似ていた。
 ややあって、四角い頭の外側に光がともった。光は頭を囲むように伸び、くるくると回りながら光の輪になった。
[崩壊体の消滅を 確認……新たな脅威……。]
「待って、刺激を与えちゃいけない」
 鯨の光輪の回転が加速する。
『このように手荒な邂逅、失礼します。』
 突然、頭の中に声が響く。光輪が瞬くように明滅する。話しかけてきているのだ。
『――あなたのことを、イシュメールと呼ばせてください。』
 巨体に似合わぬ透き通った声で、鯨はそう告げた。


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