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ネクストグローバル人材が輝くサステナブル企業 秘境のウール産地【愛知・尾州】


Photo (BISHU JAPAN)


いま日本では、地方のものづくりや土地固有の魅力が見直されつつある。住み続けられるまちづくりを目指す「地方創生」は、全国各地で行われている。10月28日から2日にわたって開催された愛知・尾州地域のイベント「ひつじサミット尾州2023」もそのひとつだ。

尾州地域では、ウール(毛織物)産業が古くから盛んだった。愛知県出身である筆者は、ひつじサミットにて繊維会社3社の工場見学を実際に体験し、それぞれの企業に取材を行った。そこで目撃したのは、想像の域を超えてグローバルと変革に挑む老舗企業の、地域コミュニティの温もりに隠れた強い野望だ。国際的にアパレル業界でサステナブルが重視されつつあるいま、高まるウール素材の価値を信じ、地域全体でグローバルブランドを目指すクールな企業の地方創生の取組みと今後の展望をひもとく。

1. サステナブルの機運が高まっている。なぜ今、ウール素材なのか?

世界最古のエコ繊維、ウール

調査会社ニールセンの報告によると、衣類の中でもっとも所有期間が長いのが、ウール素材のアイテムだ。ウール素材は使用後の寄付の可能性も高く、新たに糸や生地として再利用され、最終的に生分解され土へ還る。リサイクルウールの加工は、ヴァージン素材に比べて二酸化炭素排出量も少なくサステナブルだ。

また、天然の防臭力で家庭での手入れも最小限で済み、洗濯に必要な水、エネルギー、洗剤の節約もできる。

つまり、原料生産から加工、使用、リサイクル、廃棄までのライフサイクルにおいて、一貫してサステナブルということだ。

現在、世界で最も多く生産、利用されている繊維は綿と合成繊維。しかしウールはそれ以上に環境に優しく耐久性が高い、100パーセント天然のサステナブル・高品質素材なのだ。

イギリス、イタリアに並ぶ世界三大ウール産地 愛知・尾州

愛知県一宮市を中心にした尾州地域は、日本一のウール産地として発展してきた。イギリスのハダースフィールドとイタリアのビエラに並ぶ、世界三大ウール産地のひとつだ。

糸から生地になるまでの多くの工程が分業・協業によって尾州地域内で行われ、地域全体がひとつの大きな工房となっている。その高い品質は、国内はもちろん海外のハイブランドからも大きな信頼を置かれている。

2. 値段より質を。地方創生イベント「ひつじサミット尾州」で伝えるストーリー

ファストファッションより「いいもの」を直接伝えるイベント「ひつじサミット」

「高いもので揃えなくていい。質のいいお気に入りで出かけてほしい」。こう話すのは、宮田毛織工業株式会社の宮田貴史氏だ。

近年は、ユニクロやザラ、シーインなどを中心としたファストファッションで満足する消費者が多い傾向にある。

もっと多くの人に、質が高く肌触りのよい素材でできたアパレル製品が選ばれるには、自分たちに何ができるかと自問してきた。そこでたどり着いたのが、作り手として直接ストーリーを伝えることだった

そのストーリーを自ら伝える場として2021年にスタートしたのが、地方創生イベント「ひつじサミット尾州」だ。

大事なのは、「点じゃなく面で発信すること」

今年の10月で3度目の開催を迎えた地方創生イベント、ひつじサミット尾州。

ひつじサミットは地域に根ざしたものづくりを体験できるクラフトツーリズム・イベントだ。尾州の作り手同士が一丸となって毎年イベントを行い、尾州ウールの背景(ストーリー)を伝える。

ひつじサミット代表発起人である岩田真吾氏(三星グループ代表)によると、

「どんな人が、どんな想いを持って、どんな風に作っているのか?」使い手(消費者)と作り手(生産者)が直接つながることで、お金という経済的価値のやり取りだけでなく、「ありがとう」という情緒的価値の循環が生まれる。これこそが、クラフトツーリズムが今注目されている理由であり、その真価なのです。(*1)

尾州のウール産業従事者は、企業間の結束を強めた地域共創に熱心だ。2021年の初回ひつじサミットは、参加事業者53団体、 協賛・協力事業者39団体、後援7団体(*2)が一体となった。

岩田氏は、イベント開催3年目での変化についてこう話した。「今日はカナダからのお客さんもいた。点じゃなく面(地域全体の協力)でやることは大事だと思った」。

*1*2 岩田氏自身のnoteによる

3. 新たにグローバルを目指す。新鋭の国内アパレルブランドが鍵を握る


「海外は絶対に無視できないですよね」。取材が始まって岩田氏から開口一番に飛び出した言葉だ。

尾州ウールはかねてより「ルイヴィトン」擁するLVMHグループや「シャネル」など名だたる海外のアパレルブランドから指名を受けてきた。

岩田氏率いる三星グループは、2012年にパリの高級生地見本市「プルミエール・ヴィジョン・パリ」への出展を開始。その後、イタリアのエルメネジルド・ゼニア社による日本の職人と共同制作企画「メイド・イン・ジャパン・プロジェクト」に自社の生地が選出された。

宮田毛織工業株式会社は、ユナイテッドアローズやTOKYO BASE、オンワードなど国内のセレクトショップ、メーカーとの協業を強めており、比較的国内志向だ。しかし同時に、「尾州全体で海外に対して発信を強めようというムードはある」と宮田氏は話す。

自社での世界に向けた発信への取り組みについては、「J∞QUALITY FACTORY BRAND PROJECT*3に参加し、ピッティ・ウオモ*4に出展することで、日本製品の高いクオリティを海外に向けてアピールしている」という。

中伝毛織株式会社は、ミラノで年2回開催される国際テキスタイル見本市「ミラノ・ ウニカ」への出店など海外のバイヤーへのアプローチに加え、海外アパレルブランドとのコラボレーション作品の発表も行ってきた。

たとえば、「クロエ」のクリエイティブ・ディレクターを務めたデザイナーが手掛けるブランド、「ガブリエラ・ハースト」とのコラボレーション(2018年秋冬)が実現している。

Photo (ガブリエラ・ハーストウェブサイト)

さらに、翌年にはフランスのアパレルブランド「コシェ」のデザイナー、クリステル・コシェ氏とのコラボレーション作品(2019年春夏)も発表された*1。

中伝毛織(株)とコシェのコラボレーション作品 (The Woolmark Companyウェブサイト)
中伝毛織(株)を訪れたデザイナー・クリステル・コシェ氏(The Woolmark Companyウェブサイト)

そして現在、中伝毛織株式会社が熱視線を送るのはグローバル路線に突き進む国内デザイナーたちだ。

中島幸介氏(代表取締役社長)と中島君浩氏(取締役副社長)に話を聞いた。

「グローバルな環境で育った若手の国内デザイナーの磨かれたセンスと感性が、今までと違うスタイルを国外へぶつけている。早い段階から彼らと繋がることで、グローバルに生地を届けたい」。

パリでのコレクション発表が贈られる「FASHION PRIZE OF TOKYO」や「TOKYO FASHION AWARD」の国内デザイナーの受賞を通して、展示中に生地を実際に目で見て、触れてもらう機会を増やすことが重要だという。

「FASHION PRIZE OF TOKYO」の第一回受賞者は「Mame Kurogouchi *2」の黒河内真衣子氏(2018年)で、現在もパリコレでのランウェイ開催を続けている。彼女も、以前から中伝毛織株式会社に自ら足を運ぶデザイナーのひとりである。

近年は、地域創生の動きがファッション業界でも活発だ。国内の伝統工業への注目が高まり、Mame Kurogouchiのような、土地固有の技術をもつ職人との協業も目立つ。

止まらない国内ブランドのグローバルへの躍進は、「尾州ウール」のブランド価値を改めて世界へ広めようとしている。

「Mame Kurogouchi」による、ラメをウールに織り込んだツイードの試作 尾州の機織り職人に相談して製作した。(Mame Kurogouchiウェブサイト)

*1 コシェが「The Woolmark Company」とパートナーシップを結んだことで実現した。
*2 2021年から開始した「ユニクロ」とのコラボレーションが注目を集めた。
*3 日本アパレルファッション産業協議会による総合ブランド。世界に向けてジャパンクオリティを発信している。
*4 イタリア・フィレンツェで年2回開催される世界最大級の展示会。

4.「競争から共創へ」ライバル企業や老舗・ベンチャーも巻き込む三星の「アトツギ」事業


ひつじサミットの目的のひとつに事業継承がある。岩田真吾氏は、三星グループの5代目「アトツギ」として、新たな事業に取り組んでいる。

三星グループは、単なる事業の引継ぎを超えて変革にチャレンジする後継者を増やす「アトツギ」事業に注力している。

交わることの少なかった、老舗企業とスタートアップとの交流コミュニティ「TAKIBI & Co.(タキビコ)」では、月1回程度の一般参加も可能なイベントを開く。

企業、ときには市や内閣からゲストを招き、自社内コワーキングスペースでトークセッションを開催。終了後は、三星敷地内でテントサウナ、焚火のアウトドア・アクティビティで親睦を深める。

「mitsuboshi1887」公式Youtube チャンネルより


「Forbes JAPAN 起業家ランキング」で特別賞を受賞した岩田氏は、授賞式のスピーチでこう語った。

「これまではライバル関係にあった繊維企業ですが、コロナ禍を経て、競い争う競争から共に創る共創へ変わらなければならないと考えました」。

5. 地方の温かさとギラつく挑戦心の共存。ひつじサミットで会社イメージもくつがえる


「ひつじサミット尾州2023」で3社の工場見学に参加した筆者は、サステナブルなウール素材の魅力や愛知・尾州産地の品質の高さを実感した。

何より驚いたのは、グローバルビジネスと「働きやすさ」への意識の高さだ。

ファッションに情熱があり、起業家精神に富むグローバルな人材が企業を導ける貴重な領域ではないだろうか

岩田氏は、「三星ブランドのクリエイティビティと質の高さを海外で認知してほしい。現地の言葉で発信していきたい」と海外発信への展望を語る。

地方特有のコミュニティの温もりと笑顔の絶えない穏やかな空気感。地方創生から日本を盛り上げ、さらにはグローバルに挑む企業で裁量権をもって働くのも、働きがいや幸福度の高さから大きな選択肢ではないか。イベント参加者のひとりとして、肌身で感じた。

愛知・尾州地域のものづくりの質の高さに加え、その土地特有の人柄や空気感を伝えた。さらには企業の今後の可能性から、仲間になりたいと思わせた。今年も、ひつじサミットは大成功といえるだろう。

*来年の開催(2024年10月25~27日)も既に決定している。
詳細はひつじサミット公式サイトインスタグラムアカウントで随時更新。



中伝毛織株式会社 工場ツアーの様子

宮田毛織工業株式会社 工場ツアーの様子

三星グループ 工場ツアーの様子

参考:
https://www.woolmark.jp/industry/sustainability/wool-is-a-sustainable-fibre/
https://www.vogue.co.jp/fashion/article/2019-10-31-eco-friendly-knitwear-cnihub
https://bishu-japan.com
https://note.com/noteshingo/n/n8b2a590bae2a
https://note.com/noteshingo/n/n306e208a37dd
https://note.com/noteshingo/n/n8b2a590bae2a 
https://www.mamekurogouchi.com/blogs/story/crystalised
https://note.com/noteshingo/n/n76674b1c6336
https://youtu.be/YoPeUAfoGi4?si=ViBRqXr4CDg61-pE
https://note.com/noteshingo/n/n87c2363f1cd6#7ef87d84-f026-4881-821d-7260fb4d4eda
https://www.woolmark.jp/industry/use-wool/wool-processing/koche-wool-sourcing-guide/
※参考のnoteは全て岩田真吾氏自身による記事


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