日常#66

2月21日の日記です
2月の29日までに出してれば27ヶ月連続投稿だったらしくて、それが途切れてしまったのがすこし惜しい
まぁこれくらいの温度で続けるくらいが無理がなくていいよね


大江戸線から地上に登るとき、ここがもしアビスだったら俺は今ごろミーティだなと思う
乗り鉄というほどではないが、電車に乗っている時間と車窓の景色が好きで、しかし地下鉄は外がずっと真っ暗がゆえに隣合う人のえぐみが強調されてしまってざんねんだなと思う

Zepp DiverCityに向かうためにりんかい線に初めて乗っているのだが、やはり駅の名前にカタカナが入っていることに慣れない
品川シーサイド駅、天王洲アイル駅、東京テレポート駅と来てそのすぐあとに東雲などという雅語がくるから余計に調子がおかしくなる
高輪ゲートウェイ駅もそうだ。漢字で統一されていた山手線に差し込まれたカタカナが居心地悪そうでかわいそうだ

今月を残り5000円くらいで過ごさなければならんってのに今日は過去の自分が奢ってくれたライブです
翠ジンソーダで軽く酔いを引っかけて、運良く今回はほぼ最前列
立ち見だが、背もたれがあっていい
すきっぱらにアルコールをいれるとやはり回りがいい、ねらいどおりだ
最前列ということはとても嬉しいんだけど、自分はライブで飛んだり跳ねたり叫んだりするタイプじゃないのですこし気まずい
今日は飛んだり跳ねたりしてみようかな、ごめんね、タオルは持ってないけど
飲みきった缶に体温がのびていく

自分と同じくらいの歳の人が多い
カップルで来ている人も多くて、付き合っているふたりで音楽の趣味が同じなのはいいなとおもう
音楽の趣味が同じと知ったところから仲良くなったのか、好きになった人がたまたまそうだったのか、アプリで好きな音楽にchilldspotと書いてあってあっと思ったのか、どれかなのだろう


ふと、なんらかのきっかけで時々、自分が同性愛者ということが不思議に思われるときがある
恋人(という名前に規定されている関係性)の背中をみているときなどに、あーそういえば自分って同性が好きなのか……とおもう
それ自体にプラスもマイナスもなくただただ不思議だなおもう
あまりに自然に自分のなかに馴染んでいるからわすれてしまう
他人の視線でそれを思い出すこともある
自分らは手をつなぐことが好きだから街中でも手をよくつないでいるが、やはり違和なのだろう

自分が同性が好きだと知った頃の鮮やかな疎外感や孤独感が怒りが諦めを吸って膨らみ、温度を失い、くすんだ疑問となってずっと胸のすみに寝そべっている

自分は街中で手をつなぐのにさえどうして勝手にDiversityのサンプルにされないといけないのだろうか
いい歳して見苦しく街中でイチャ付き合うカップルになりたいというわけではなく、ただ手をつなぎたいだけなのだ
手をつなぎたくてつないでいるのか、自分たちはここにいるのだと主張するために手を繋いでいるのか分からなくなるときがある
けれど、東京という街に住んでいるゲイとして自身を可視化をしていくというのはなんだか役目のように感じてしまう、誰に頼まれてるわけでもないんだけどさ
誰に頼まれてるわけでもなく好きで手をつないで、役目があるのだと勝手に気負い、あまつさえそれでサンプルにされたくないと不平をこぼすなんて勝手なのは誰だよという話なのだけれど、ここのところずっと板挟み

また書きます

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?