ネットカルチャーとしてのVocaloidの私的10年史と、これからのVTuber文化に思うこと

先ごろ #世代がバレる系ボカロビンゴ というものをtwitterで見かけて、台風の夜の暇に飽かせてやってみました。
結果はご覧のとおりで、見事に世代がバレるという結果になりました。

人は10代の頃に聞いた音楽を一生聞き続ける」というのは、たしかSONYのウォークマンのCMで聞いたフレーズだったでしょうか?
きっとそれは、その頃に聞いた音楽がその人の感性の根っことなって育っていくからじゃないかな。
そしてあのCMは「だからこそ色んな音楽を聞いて欲しい」というメッセージだったのでしょうが、私にとってそうした「色んな音楽」を聞かせてくれたものの一つが、まさにニコニコ動画という土壌で広く芽吹いていたVocaloidオリジナル曲だったんでしょうね。

この年表を見ていくと、否が応にも時の流れというものを感じます。
知らない人にとってはただの曲名の羅列でも、その時代を生きてきた者からすれば、そうした曲に連なった様々なエピソードが曲とともに想起されて、その時代のあれやこれやが鮮やかに蘇るからです。

一番皆さんに共感してもらえそうなのは、2012年のTell Your World(kzさん:livetune)でしょう。
当時はまだお茶の間には耳慣れない初音ミクの声、それが綺羅びやかなチューンに乗って、最先端のネットカルチャーとともに"Google"ロゴのCMとして流れた時、沢山の人がそこに新たな「未来」の訪れを聞いたかと思います。

"Tell Your World"は、間違いなくVocaloidが広く世に出るきっかけの一つであり、時代を象徴するエピソードでした。ゆえにそれ以前からVocaloid曲に親しんでいた私たちには、一層の衝撃を持って迎えられました。
あの時、私たちは確かに「自分たちだけが知っているネット上のサブカルチャー」が、「世の中の多くの人が知るメインカルチャー」へと変貌を遂げる音を聞いたのです。

10年という歳月は、こうした味わい深い無数のエピソードが積み重なってできています。
ゆえにその年表は、そのエピソードの積み重ねの透視図であり、いかに自分がそれを好きでいたか、どんな喜びや悲しみ、驚きを噛み締めてきたかということを今更のように思い出せてくれる、ただの文字と線の羅列でできた、けれど例えようもなく芳醇な一枚の表なのです。



◆創作ネットカルチャーとしてのVTuberとVocaloid

ここで、ようやくVTuberの話になります。
VTuberという文化は、ネット上のサブカルチャーである点、個人の創作の発信である(特に個人勢では顕著ですね)という点で、Vocaloidオリジナル曲に似ているなと思ったのが今日のエッセイのきっかけです。

Vocaloidは発信するものが創作楽曲であり、それに伴った絵や動画、ストーリーといったマルチメディアであるのに対し、VTuber個人のキャラクター性やトーク、知識やエンタメといったものを発信するという点では違いますが、広義のSNSともいえるコメントを介した発信者・視聴者の相互性や、ジョークや悪ふざけがコンテンツに色を付けていくネットカルチャー的な性質、発信者同士のコラボレーションなど、とても近しい性質を持っているのではないかなと思います。
…踏み込んだことを言えば、大半の発信者が、そこに費やしている時間と情熱に比べれば、リターンは雀の涙ほどでしかないという、厳しい現実も含めて

創作をし、それを発信するというのは、ものすごく大変なことです。
私もネット上の物書きの端くれですし、万年準備中のVTuberでありますから、ほんの少しながらその苦労と苦悩が分かります。どれほどの時間がかかるかとかか、どれだけコンテンツに頭を悩ませているかとか、そうしたところで評価されることがとても難しいこととか。
それゆえ、その「創作活動」を見事やり遂げ、見てくれる人や評価してくれる人、ファンを勝ち取った人には心からの拍手を贈りますし、胸を張って欲しいと思います。

けれど、そうした創作をする上で、きっとどこかで訪れるのが「どうして自分はこんなことをやってるんだろう」と自問自答する瞬間です。
これはもう、そういう創作で食べているプロのミュージシャンや小説家、イラストレーターですら直面する、不可避な問題かと思います。
ものすごい時間を費やして、努力をして作品を仕上げても、評価してもらえない気づいてすらもらえない。もしいくらかの人に評価してもらえたとしても、それが自分の期待値を上回ることはごく少ないでしょうし、そもそも「評価」を受けたとして、それが何になるのだろう…?と。

そうした苦悩を乗り越えて創作を続けるからこそ、創作をする人というのは心から尊敬すべきと思います
一方で私はとても即物的な人間なので、やはりその「評価」に現実的な実感を生むのは、金銭的なリターンじゃないかなと思っています。とはいっても、それは創作でお金持ちになるとかそういう話ではなく、例えば純粋に「聞いて欲しい」という気持ちでストリートライブをしたとしても、そこでたとえ100円でも投げ銭をもらえたら、それは自分が評価された、それが投げ銭をしてもよいと思えるほどのものだったという確かな証となるからです。
ましてや、曲がりなりにもエコシステム(商業的な仕組み)が出来上がっている音楽や小説、絵などと違い、(いまだ投資段階のステージにいるであろう企業勢を含めて)そのあたりが未完成なVTuber活動などは、2019年現在ではひときわ「実感を伴った評価」を受けづらく、商業ベースにも乗っていないため広く人の耳目を集めることがない。「大きく評価される」ことをイメージしづらい創作ジャンルではないかなと思います。
(投げ銭そのものであるYoutubeのスーパーチャットなども、既に「評価されている」人でなければ利用できない機能ですから)

何が言いたいかといえば、私はこのVTuberという文化が、やがて尻すぼみになって消えてしまわないかということが、とても心配なのです。
創作をしても評価を受けづらい、評価されて報われる将来のビジョンが想像できない…もっと有り体にいえば「夢」を持つのが難しいというのは、創作のモチベーションに直結します。そしてモチベーションが尽きてしまえば、筆を置く、VTuber的には「引退」という結末は避けられません。
だからこそ、収益化や投げ銭の機会がない人にこそ、「評価」としてのレスポンスをコメントやtwitterなどではっきり返していくことが、ファンとしてなによりの応援になりますし、VTuber側はそうしたレスポンスを受けやすいプラットフォームに身を置くべきだと思います。

もちろん企業勢(というかその運営元)は、商業的に成り立つ成算があれば継続するでしょうが、アクター側の「創作意欲」がなくなってしまえばそれまでですし、そうでなくとも個人勢が消えてしまえば、草の根的な性格が強いネットカルチャーとしてのVTuber文化は立ち枯れてしまうだろうと思います。
事実、2018~2019年にかけてのVTuberブームと言われた時期が終わり、VTuberの人数はいよいよ頭打ちになりつつあるといいます。つまり、「引退」するVTuberの数と「デビュー」する数が拮抗しつつあるということです。
安定期と読み取ることもできますが、まだ始まって実質1,2年のジャンルであることを鑑みるに、そこに不安の兆候を感じるのははたして私だけの杞憂でしょうか?

まあ、とはいえ私に何ができるわけでもありません。
文化というのはそういうものですし、流行らなければ廃れるものです。言ってしまえば好きなアーティストが活動を続けてくれるか、引退するかというのと似たところがあります。
だから私にできるのは、自分の好きなVTuberを追い続けて応援していくことだけですし、あわよくばSNSを経由して同じことに興味を持ってくれる人を増やすことぐらいでしょう。
(自分自身がその「創作する側」に回る準備ばかりはしていますが、はてさて、いつになるやら)


◆WEB小説とVocaloidの商業化スピードにみる時代の変化

…少し別の角度から、今度は明るい、楽観的な話…あるいはインターネット老人会トークをしましょう。

ネットカルチャーでの創作活動にはいくつか種類がありますが、大きなジャンルとしては絵、小説、音楽が挙げられます。

なかでも一番古いのはWEB小説です。
WEB小説の本当の黎明期がいつなのか、私のような若輩では知る由もありませんが、一般化したのはインターネットとPCが普及した1995年頃でしょう。私もオリジナルの小説や、あのアニメやこのアニメやの二次創作小説をWEBで読み漁った記憶があります。
そこから20年以上が過ぎ、時代は個人HPでの掲載から、Arcadiaなどの投稿掲示板サイトへの移行、ケータイ小説などを挟みながら、現在のいわゆる「なろう系」などの大型投稿サイトへ集約されつつあります。
その流れの中で、投稿掲示板などで人気を博した小説が書籍として出版され、人気を博すということが増えてきたのがここ数年のこと。かの有名なソードアート・オンライン(こちらは2003年頃には川原礫さんの個人HPで掲載されていました)や、幼女戦記といった作品は、当時書籍化される話を聞いて随分驚いたものですが、今やそれが当たり前になりつつあります
つまり、20年越しにネットカルチャーでの創作が、商業的なエコシステムに組み込まれたことで、作者が「プロとして評価される道筋ができたのです。(もちろん、そこに良し悪しはあるでしょうが)
絵についてはあまり詳しくないので割愛しますが、個人HPやお絵かき掲示板などからpixiv、twitterなどへと、小説とよく似た歴史を辿ってきていると思います。

Vocaloidの話に戻りますが、2007年のブーム開始から10年がたったVocaloidもやはり、こうした草の根のネットカルチャーがやがて商業的なシステムと連携して、より広く評価されていく流れの中にいます。
私がその先駆けとして記憶しているのが、EXIT TUNESからメジャーリリースされたVocaloid曲のコンピレーション・アルバム、Vocarhythmです。

当時、同人でCDを出している方などはもちろんいましたが、ニコニコ動画で人気の楽曲を集めてメジャーアルバムとして発売するというのは、当時驚きをもって迎えた覚えがあります。
リリースは2009年と、Vocaloid黎明期からわずか2年という早さです。同じ流れになるまでWEB小説では15年かかったことを考えると、インターネット普及期の1995年頃に端を発するWEB小説と、既にPCとネットが当たり前となった2000年代の差を見ることができます。
同じ頃、JOYSOUNDなどを始めとしてカラオケとしての楽曲配信も開始されたのも驚きでしたね(こちらは同人創作である東方Projectのアレンジ楽曲が既に配信開始されていた流れもあったのでしょうが)。

そしてブーム開始から3年、2010年には39's Giving Day(初音ミク感謝の日)、2013年には2019年現在も続くリアルイベントであるARコンサート「マジカルミライ」が開催されました。
今のVTuberのリアルイベントなどを見慣れると古色蒼然として見えますが、「あの初音ミクが、立体になってみんなの前で歌って踊っている…」と、当時受けた衝撃は言葉にならないほどでした。

そこにどれだけの技術や努力、そして情熱が費やされたかは計り知れませんが、Vocaloidはここまでわずか3年でたどり着いたのです。

こうしたネットカルチャーの歴史からいえるのは、昔日から比べればネットカルチャーが商業的なエコシステムと繋がっていくことは、もはや順当な流れであり、そのスピード感はどんどん早くなっているということです。
実際、そんなことを論じるまでもなく、VTuberの運営企業は既に枚挙にいとまがないですし、メジャーなVTuberはTV出演やリアルイベントなどを既に始めています。
Vocaloidでいうメジャーアルバムやリアルイベントはもう、「始まったときから始まっている」と言ってもいいでしょう。

だから、実をいうとVTuberという文化の行く末を、私は心配してこそいますが、それなりに未来は明るいのではないかなと思っています。
それは、今までWEB小説やVocaloidといったネットカルチャーがインターネットから芽吹き、今や世間一般へ広まって、その文化を下支えする草の根の創作活動もいよいよ盛んという歴史があり、そうして先人が作ってきた道があるからこそ、私は少し楽観的に思うのです。

VTuber文化は、おそらく今浸透期にあると思います。例えばKizuna AIさんがニュースで取り上げられたのが、ちょうどブームから数年内に初音ミクがニュースに取り上げられたところに当たるでしょう。
今は「へー、そんなのがあるんだ」という認識が大半で、面白おかしい一過性の時事ニュースと見ている人が多いでしょうが、確実にファンは増えています。
一度、ブーム終了後の落ち着き、落ち込みはあるでしょうが、やがて初音ミクでいう"Tell Your World"のような「革命の日」を経て、世間一般から"文化"としての認知を得る日はそう遠くないと思います。そしてそうなった時、きっとその魅力に惹かれて、多くの人がVTuberに興味を持ち、第2次VTuberブームというべきものが発生するはずです。
そうした次のブームがいつ生まれるか、そこまでこの文化がどう続いていくか、が将来のVTuberという文化がどのような形を成すかを決定づけるでしょう。

Vocaloidは、2007年の黎明期から5年でその「革命」を迎えたと言えましょう。
時代の流れが加速していることを考えると、VTuberにその「革命」が訪れるのは、きっと想像以上に近い未来ではないかな、と私は楽しみにしているのです。


◆さいごに:VocaloidとVTuberのつながるところ

随分な長文になってしまいましたが、最後にVocaloidとVTuberという、私の好きな2つのネットカルチャーが繋がった一つのエピソードを記して、筆を置こうと思います。

先日、私のウォッチしているだてんちゆあちゃん(https://twitter.com/datenti_yua)というVTuberが、3Dモデルのお披露目配信をしました。
その際に、合わせてオリジナルテーマ曲(!)の発表をしたのですが、なんとそれを作曲していたのが、私がファンでアルバムも持っているボカロPのゆうゆさんhttps://twitter.com/yuuyu_ssry)だったのです。

ゆうゆさんは冒頭のビンゴにも「深海少女」「天樂」が代表曲として取り上げられており、いまだにアルバムをよく聞いている方です(「ハイウェイ・ノート」が特に好きでした)。
本当にゆうゆさんの曲調だ!」と気づいた時には、まるで小説で見事に伏線を回収されたような気持ちと例えましょうか、未来と過去が一本に繋がったようで、本当に嬉しく思いました。

Vocaloidという私の好きなカルチャーが今この時代まで続いてきたからこそのエピソードであり、それはひいては私の好きな曲を計り知れない情熱をもって創作し続けてきてくれたゆうゆさんを始めとするボカロPのおかげだと思います。

時代は流れ、人も機械も変わり、文化も、ネットカルチャーも変わっていきます。
その中で消えていってしまうものもきっとあるのでしょうが、願わくば、また10年たったその時に、VTuberという文化が私の想像した明るい未来のように、皆に愛される文化として太く長く続いているなら、またきっとこうした喜びに出会えるのだろうなと思うと、10年後というのがとても待ち遠しいく思える。
そんな素敵な日曜の午後でした。

心躍る創作を続けてくれる、すべての創作者の方に感謝を。
それを応援するファンの方へ、尊敬を。


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また次の記事でお会いしましょう。


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