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パスカルの賭け

 パスカル(1623~1662)といえば「人間は考える葦である」という言葉で有名です。パスカルが書いた「パンセ」という本の中の一節です。
 一方で、パスカルは数学・科学分野でもたくさんの業績を残しています。今でも使われているものでは「パスカルの三角形」や「パスカルの原理」があり、気圧の単位「ヘクト・パスカル」も彼の名を冠しています。「パスカルの三角形」は中学・高校の数学で出てくるもので、$${(a+b)^n}$$ の展開式を手早く作るときなどに使います。「パスカルの原理」は液体や気体の圧力に関する原理で、高校の理科で出てきます。「ヘクト・パスカル」は毎日の天気予報で耳にしますね。

 では、ここで「パスカルの賭け」について説明して、そこから「人間は考える葦である」の真意に迫ろうと思います。
 損得計算とはつまり期待値を計算することであって、「パスカルの賭け」では「神を信じるときの期待値」と「神を信じないときの期待値」をそれぞれ計算して、パスカルはその結果から「神を信じる方が得だ」と結論付けています。
 その計算過程を見ていきましょう。神は「存在するか、存在しないか」のどちらかです。人はそれを「信じるか、信じないか」のどちらかです。それぞれ2通りありますから、その組み合わせは全部で4通りになります。
 そして次のように値を設定します。

・「神が存在する確率」を $${p_1}$$ 、「神が存在しない確率」を $${p_2}$$ とする。
 このとき $${p_1}$$ と $${p_2}$$ は $${p_1+p_2=1}$$ を満たす正の値である。
・(神を信じる場合)
 実際に「神が存在する」ときに得られる利得を $${a}$$ 、
 残念ながら「神が存在しない」ときの利得を $${b}$$ とする。
・(神を信じない場合)
 意に反して「神が存在する」ときの利得を $${c}$$ 、
 案の定「神が存在しない」ときの利得を $${d}$$ とする。
・ここで $${a}$$ は無限大で、$${b\,,\,c\,,\,d}$$ は有限の値をとる。
 $${b\,,\,c\,,\,d}$$ は正の値でも負の値でもよい。

 これらを整理すると次表のようになります。ポイントは「神を信じて、かつ神が実際に存在する場合に得られる利得 $${a}$$ 」を「無限大」としたことです。「確かにそうだろう」と思うかどうかは人それぞれだと思いますが、なにはともあれ、それがパスカルの前提です。そして、他の値はすべて有限の値です。

$${\begin{array}{|c|c|c|}\hline\\ &\small{存在する}&\small{存在しない}\\&p_1&p_2\\&& \\\hline\\ \small{信じる}  &a\small{(無限大)}&b\\\\\hline\\\small{信じない}&c&d\\\\\hline\end{array}}$$

 さて、準備が整いました。パスカルは以上の条件から「神を信じる場合」と「神を信じない場合」の利得(=お得度)の期待値を計算してみせました。

・「神を信じる」場合の期待値は、$${a\times p_1 + b\times p_2 =}$$無限大
・「神を信じない」場合の期待値は、$${c\times p_1 + d\times p_2 =}$$有限

 結果は、見ての通りです。「神を信じる場合」の期待値の方が「神を信じない場合」 の期待値よりはるかに大きいですね。しかもその差は無限大です。確かに計算上はそうなります。なにしろ $${a}$$ が無限大ですから、そうなるのは必然です。念のため説明しますと、$${p_1}$$ がどんなに小さい値であっても、$${b\,,\,c\,,\,d}$$ のいずれかが負の値であっても、結果は変わりません。
 これを踏まえてパスカルは言います。「無限大の利得に比べれば、有限の値の利得なんて無に等しい」と。だから「神を信じる方が合理的だ」と。パスカルはこれを言いたいがためにパンセを書いたのでしょう。
 この文脈によれば「人間は考える葦である」という文は、

 無限大(=神)に比べれば、(有限の)人間なんて葦のような(=無に等しい)存在だ。けれども考える(=神を信じる)ことによって、無限大(=神と同じようなもの)になれるのだよ。

そんな意味になるのです。

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〜 哲学と科学のさかい
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