Curse Of Halloween 3話④

リスノワールは再び部屋で一人になり、思考を巡らせる。
さきほどノートに記入していたが、それを御嬢に見せなくて良かったのだろうか。
獣人族は治癒能力が無いと言っていた。
別の種族の血が入っていると、医者も言っていた。
左右で目の色が違うオッドアイもコレが原因かもしれないらしい。
じゃあ自分は一体何者なのだろうか……?
それから、御嬢の部屋で感じた気配は一体……?
このモヤモヤした感情をノートに追記した。

ベッドに横になったものの、なかなか寝付けずにいた。
寝返りをうって姿勢を変えてみたり、水を一口飲んでみたが改善しなかった。
気分転換になるものが無いか、部屋の中を探索した。
クローゼットの中には御嬢が用意したメイド服や、ムーナの使われていなかったワンピース等が数着入っていた。
ふと、この屋敷はどの部屋にも浴室が付いていると、ムーナに教わった事を思い出した。
部屋の奥の扉を開けると洗面台があり、さらに奥には2つの扉があり、片方はトイレ、もう片方は浴室だった。
洗面台の横の棚にはキレイなタオル類も置いてあった。
眠っている間にムーナが洗濯し、取り換えた物だろうか。
クローゼットの服を適当に選んで洗面台横の棚に置き、脱いだ服は畳んで棚の足元に置かれた籠に。
御嬢に着けてもらったチョーカーはキレイな服の上に置いた。

浴室は広すぎず狭すぎず、浴槽と洗い場があった。
お湯に浸かれば、眠れるようになるだろうか……
浴槽にお湯を溜めつつ、軽く体を洗い、足先から慎重にゆっくりと湯に浸かった。
一人で入る浴室はとても静かだった。
……昔、誰かが隣にいた気がする……
しかし、思い出しそうで思い出せない、もどかしさだけが残った。
ぼんやりと水面を見つめていると、自分の体に目が行った。
……不安定な体質……もしも今、猫の状態になったらどうなるのだろう……
目を瞑り猫の姿をイメージするが、幸か不幸か、どれだけ経っても体に変化はなかった。
浴槽の中で膝を抱えてじっとしているが、思考はグルグルと忙しなかった。
目が覚めてから過去の記憶もなく、自分を知る者もおらず、見ず知らずの人ばかり……
この身を預かってくれた屋敷の主にも体質のせいで迷惑をかけている。
せめて、御嬢には何かお返しをしたいが、こんな迷惑ばかりの体質では……
……この体質を、カラダを使ったお礼なら……?

―― Ωは ハツジョウ して ユウワク すれば、みんなを幸せにできるよ ――

誰かの声が脳裏を過る。
αやβにはない、Ωだけの性質。
Ωは男女に関わらず、その身に子を宿すことができる。
手を置いた膝に意識が行く。

―― そう、足を広げ、相手を受け入れるだけ ――

内太腿を滑るように右手を移動させ下腹部に近づける。
いつもと違う妙な感覚に戸惑い、手が止まる。
……違う……こんな、コト……!!
頭の中でささやく誰かの声を否定するように、大きく水しぶきをあげながら振り向いたが、そこには”何も”なかった。
シャワーも洗い場も、さっきまで入っていたはずの浴槽さえもない、闇に飲まれたような部屋だった。

理解が追い付かず、膝立ちの姿勢のまま固まってしまった。
自分がいた部屋でもなければ、お屋敷のどこかといった雰囲気でもない。
真っ暗で、何も見えない、不安ばかりが募っていった。
何かないか探ろうと伸ばした手を、誰かに掴まれた。
驚いて思わず手を引っ込めようとしたが、びくともしなかった。
掴まれた手に意識を向けていると、口に指が侵入し、足を、腰を、腕を、別の誰かの手が掴んだ。
膝立ちの姿勢だったはずが、いつの間にか床を背にしていた。
正面に伸ばしていた両手は頭上から動かなくなっていた。
複数の手に掴まれた両足が無理矢理左右に広げられる。
不快感と恐怖で閉じた目から涙が零れた。

―― これがΩの役目だ ――

「……ル!……ワール!……リスノワール!!おい起きろ!!」
涙が浮かぶ目を開けると、天井に向かって伸ばした手を御嬢が掴んでいた。
「やっと起きたか。嫌な予感がして見に来たら、苦しそうにしてたんで起こした。何か嫌な夢でも見たか?」
辺りを見回すと、いつもの部屋で寝ており、心配そうに覗き込む御嬢だけが見えた。
状況が掴めず、ゆっくり体を起こすと、汗で湿った服で入浴していないことがわかった。
「とりあえず水でも飲んで落ち着け。」
離れた手から水の入ったコップを渡される。
いつもサイドテーブルに置いてある水だが、減るどころか新しいものになっている。
やはり全て夢だったのだろう……
そう思いつつ一口水を飲み、息を整える。
「もう大丈夫そうか?」
こくりと頷く。
「本当か?耳が下がったままだが……?」
図星をつかれ俯く。
「まぁ、なんだ。不安なら眠れるまでここに居てやるが……」
御嬢に顔を向けるが、考え込むように再び俯いた。
「何か気になるってんなら言ってくれ。ほら、メモ帳に書いてくれれば伝わるからよ。」
サイドテーブルの上の手帳と取り換えるようにコップを渡した。
鉛筆を握り、どう伝えようかメモ帳を睨む。
「そんな難しく考えなくていいぞ。一言でも単語でも構わん。」
思い出すように少し悩み、震える手で書き始める。

” 怖い夢、浴槽→暗い部屋、誰かの手 手 手 手 動けない ”

「あー……こいつはヤバそうだな……」
拙い文字で綴られた悲痛な叫びを見て、御嬢は頭を掻き毟る。
「確かに今はあんたにとってはかなり不安かもしれねぇけど、あたしも犬も医者もβのやつらも、みんなバカだからあんたを助けてぇのよ。時間はかかるかもしれねぇけど、ちょっとずつ思い出すなり調べるなりして、必要なら治療もする。あとそれから、迷惑だとか考えなくていいからな。あんたがウチにとって悪者だったらとっくに対処してる。前にも言ったが、簡単な手伝いでもしてくれれば好きなだけここに居て構わん。わかったか?」
リスノワールは頷いた。
「他にも不安があるなら教えてくれ。」
再び少し考え込み、メモ帳に綴る。

” 近く 小さい 見えない 誰か ”

「何かの気配がある、と?」
再び頷く。
「こいつらの気配に気付けるのは意外だったな……黙っててスマン。本来の姿はあたしにしか見えないんだが、使い魔みたいな霊がいてな。屋敷には全部で4匹。今あんたの近くに居るのは1号、大人しいやつだ。そうだな……1号、このぬいぐるみに入ってやれ。」
そう言って手にした片手ほどの大きさの白い猫のぬいぐるみが一瞬ふわりと浮いたかと思うと、ゆっくりと動き出し、御嬢の手の上で伸びをし、ベッドの上に飛び降りたかと思うと、リスノワールの手元へやって来た。
「お初目にかかります、リスノワール様。1号と申します。」
ゆっくりと落ち着いた声であいさつを交わす。
「今その中に1号が居る。霊が憑依している状態なんだが、屋敷の中には幽霊が苦手なヤツが居るからな……滅多にこんなことはしないんだが……」
恐る恐る1号が入っている白猫のぬいぐるみの頭を撫でると、えへへと少し幼さの見える声が聞こえた。
その声に釣られる様に、表情が緩んだ。
「もし気に入ったんなら『ペットパペット』として傍に置いてやってくれ。その方が何かと都合が良い。」
リスノワールは少し緊張が解れた表情で頷いた。
「それは良かった。少しは落ち着いたみたいだし、眠れそうか?」
再び頷く。
「そうか、安心したら眠くなってきたし、あたしも部屋に戻るわ。何かあったらブザーを鳴らしてくれ。」
腰かけていたベッドから立ち上がり、扉の方へ歩いて行く。
「おやすみなさいませ、主」
「ん、おやすみ~」
出て行く御嬢に頭を下げた後、ベッドに横になる。
「では私も。おやすみなさいませ。」
1号が少し離れた枕元で丸くなったが、リスノワールはそっと救い上げ、同じ枕を分け合った。
「よろしいのですか?」
小さく頷く。
「では、お言葉に甘えて。」

暫くすると、1号を伝って穏やかな寝息が聞こえて来た。
きっとあの子は不安を感じやすいのだろう。
ただでさえ記憶が無く、Ωの発情に怯えながら、舐める事で治癒できる特異体質、そしてその結果が今回の悪夢……
1号を傍に置くことで少し落ち着いた様子だったが、まだまだこんな日が続くかもしれない。
……だが、それはそれで退屈せずに済みそうだ。
まるで


第3話『猫の目のよう』

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ちょっとブラックなお色気シーンが入りました。
私はホワイトなお色気シーンが好きです。

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