光の差す方へ~地上に出ようと思った日のこと

世の中のあちこちにバブルの残滓がまだあって、そのうちのいくらかは焦げ臭い香りを放ち始めていた頃、僕は地下の世界に入った。昼夜問わず24時間年中無休で動く、時計もなく窓もない世界だ。

そこでは現実を想起させるものは極力排除されている。時の流れはその最たるものだから、時計など客から見えるところには絶対に置かない。メシもタバコも無料で出すから、食事どき、という感覚もない。窓もないから光の差し方で時間の経過を思い出すこともない。

絨毯は深紅。闘牛だけでなく、人の闘争心をかき起こす色だ。煌びやかなシャンデリアとテーブルの上だけを浮かび上がるように照らすスポットライト。非日常的な演出は、「傍観者に疎外感を感じさせる」ものでなくてはならない。

BGMもそうだ。歌というものは人の記憶と結びついていることが多いから、古い歌や歌詞のある歌は基本的にかけないし、クラシックやしんみりした歌も賭場には向かない。必然的にユーロビートのような「何を歌っているか分からないがガヤガヤした」曲を流すことになる。

要するに、人間の感覚を麻痺させることに徹底的に注力された空間の中で、僕はずいぶん長い日々を過ごした。

時には、その世界にいる人間ならではの知見を得た。

ある日、出勤すると、店に出入りしていた中国人に真顔で忠告された。ウーと名乗っていたが本名かどうかはもちろん知らない。

「あのネ、決まった時間に決まった道で来る。やめた方がいい」

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