日向坂46『シーラカンス』が好きなこと

曲が記念日を迎えて、それに対して「おめでとう」と祝福の言葉を向けるのは不思議なことだと、どこかでずっと思っていた。



4月8日に日向坂46の四期生曲『シーラカンス』のMVが公開されてから、今日でちょうど1周年が経ちました。
公開された一年前、どんな気持ちだったかなあと振り返ると、YouTubeのプレミアMV公開をスマホの前でまだかまだかと固唾を飲んで待ち望んだことや、『シーラカンス』が収録されている「One choice」のCDを初めて手にして、なぜかちょっとドキドキしながら開封したことを思い出した。


なによりこの曲は陽子ちゃんが初めてセンターに立った楽曲。
初めてMVを観た時、陽子ちゃんや四期生のたまらん可愛さや嬉しさとか色んな感情が入りまじりどうしたらいいのか...と思うほどに気持ちが昂っていた。
好きな人が真ん中に立っている姿を見れるというのがこんなにも嬉しいんだ、ということを知った曲でした。
そういう意味でも、私にとって特別になった。
もちろん、曲も歌詞も前のnoteにこの曲だけのことを書くくらいに大好きだ。


この曲を聴くたびに気分があがる。
その喜びの8割以上は陽子ちゃんでできていると言ってしまいそうなくらい。
五回目のひな誕祭の2日目に『シーラカンス』を、
客席とステージがゼロ距離の近さで披露されたのを配信で観ていた。あんな近くで見た人を心の底から羨ましく思った。
この曲を披露してる時の陽子ちゃんは眩しいくらいにいつも堂々としていて、そんな姿を見て、そのたびに明るい気持ちになる。
君は素晴らしいってやろうと思えば世界に証明できるって謎の確信が生まれたりもする。
ちっとも陰りがなくて、目の前が一心に明るく見えるというのはすごいなと思います。
嬉しさや喜びで胸がいっぱいになる。


好きな曲です。と言う理由って、人それぞれで、
それまでの経験や思い出も込みで、背景を抱えて選んでいる。
そんな瞬間を垣間見れる時間が好きなんですよね。ひな誕祭のユニットリクエスト曲や花ちゃんズと歌おう!も、メンバーやファンの気持ちや思い出があるんだなってどこか感じるようなものがあった。
そういうの良いなって思う。
その音楽が多くの人の体の中に流れているんだなと感じることは、みんなに優しさがあるとか良心があるとか信じることより、「本当」に近い気もする。


4月8日が思いがけず記念日になった日、確実にこの曲が自分の人生に刻みつけられたな。と今ではそう思います。
で、こういうことを書いている時、私はばりばりで『君はハニーデュー』も聞いていて、ああああやっぱり最高だってのたうちまわるかわりにこういう文章を書くわけです。あのころより、たくさんの音楽を好きになったというのに、私は全然今も『シーラカンス』をずっと好きでいて、すごいと思う。
いや、この曲が、四期生が、陽子ちゃんが素敵だからだけなんだけれど。
そしてまた宝物みたいな一枚が増えていってる。
とにかく同時代に生きているっていうだけで奇跡なのに、そんな奇跡、自分から手放す理由なんてどこにもないなって思う。 
好きな曲が特別な瞬間を迎える時、「おめでとう」と、その人へ向けて伝えたくなるのも少しずつわかってきた。

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