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「本・映画・漫画」批評

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思わず何かを書きたくなった作品たちのご紹介です。
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記事一覧

【書評】『人新世の資本論』:斎藤幸平

本書『人新世の資本論』は、地球環境汚染や途上国・非正規労働者からの不当な搾取を告発する“ありがちな”経済開発批判にとどまらず、マルクスに遡行することで、資本主義が要請する「成長神話」を根本から解体し、さらにその先の社会のあり方を具体的に模索しようとする、非常に野心的かつ魅力的な本である。 資本制生産様式が回転し続けるための前提条件(=無限の利潤追求と価値増殖)を維持するために、ありとあらゆる事物(惨事ですら!!)をビジネスターゲットとする「歯止めなき商品化」がもたらす地球規

【書評】『ミシェル・フーコー講義集成 ~ 安全・領土・人口 』

「哲学すること」を一度知ってしまうと、もはやそれ以前の自分には後戻りできない。それは、新しい「情報」や「知識」を得ることではない。また、何かについての「やり方」(to do) を変えることでもない。では、何が変わるのか。 「哲学すること」によって、自分が慣れ親しんでよく知っていたはずの世界は、ガラガラと音を立てて崩れ去り、まったく新しい姿に変容してしまう。もちろん現実の世界が変わるわけではない。世界に対する「ものの見方」、もっといえば自分自身の「あり方」(to be) が、

【書評】『意味という病』:柄谷行人

語り得ないものについて語ること、そこで生じる理解と誤解ともどかしさ。僕が物心ついたころからずっと抱えていた違和感、それが「意味」という病だったんだと本書を読んで初めて気づいた。 著者は(自身も抱えているであろう)どうしようもなく拭いきれないような「病の症例」を、他の作家や哲学者の文章のなかに発見しては、その病状を例示してみせる(その行為自体が、あたかも「反復強迫」のようだ)。 だが、この病のやっかいなところは、はじめから「正常」がないところにある。したがって、根本的な治療

【映画評】『桜桃の味』~無意味さを知る意味~

最近、パソコンを買い替えてフォルダのお引越しをしていたら、或る映画について学生時代に書いた文章を「発掘」した。いま読み返してみると、文章はごつごつと硬くて読みにくいが、これはこれで当時の自分らしい。何かを書かずにはいられなかった、あの衝撃を思い出し、他の方にもこの映画をぜひ味わってもらいたくて投稿することにした。 「映画を観る」とはどのような体験なのか?  いかなる映画であれ、観る者に対して、冒頭からその中で前提となっている「世界観」を一気に共有させることは難しい。物語の

【書評】『歪んだ正義~「普通の人」がなぜ過激化するのか 』:大治 朋子

昨今の過激な政治的・宗教的・反社会的言論や暴力行為の背景には、いったいどのような社会的・心理的メカニズムが働いており、また実際にどのようなプロセスで「普通の個人」がこの陥穽に嵌まり込み、過激な言動に至るのか? 本書『歪んだ正義』の醍醐味は、著者本来のジャーナリストとしての立場から、現場の「生の声」を取り上げることにとどまらず、アカデミズムの世界に入り込み、この問いへの解答を理論的に構築していく過程を追体験できるところにある。 しかも読書を通じて著者と同伴することで、こちら

【書評】『記号と事件: 1972-1990年の対話』:ジル・ドゥルーズ

難解な哲学書を理解するには、哲学者本人が語るライトモティーフを知ることが一番の近道だ。その意味で、本書はドゥルーズの哲学を理解する上で最適の入門書である。 ドゥルーズの一連の著作やその中で磨き直された概念、そして映画・芸術・科学といった幅広い分野への言及が、どのような関心や意図をもってなされたものなのかが率直に語られている。 その語り口も、含蓄とユーモアに溢れてなお切れ味鋭く、まさに「ドゥルーズかく語りき」といった次第。フーコーの晩年の行き詰まりについての冷静な洞察も、彼

【書評】『バートルビー 偶然性について』:ジョルジョ・アガンベン

近代の民主主義に基づいた市民社会では、生得的に「権利としての自由」がある(ことになっている)。そのなかでも、具体的な行使が保障されている権利は、もっぱら積極的な行為としての「~する自由」だ。 もちろん「~しない自由」もあるには、ある。たとえば「黙秘権」。だが、発言の自由が認められている場で「あえて話さない」のは、ときに第三者に対して否定的な印象を残す場合がある(「発言できない“何か”があるからではないか!?」)。 では、消極的な自由(~しない自由)の積極的な行使は、権利に

【書評】『語るに足る、ささやかな人生~アメリカの小さな町で』:駒沢 敏器

或る物語への熱中を測る尺度が、読書中の「没頭感」にあるとすれば、著者への共感や敬意を表す尺度は、本を閉じた後も、引き続き「著者の視線(語り口)」で自分の日常生活や風景を見てしまうことにあるのではないだろうか。 著者は「地図記号」に溢れるような都市ではなく、メジャーマップからは消し去られたような「名も無き町」だけを渡り継ぐことを己に課して、広大なアメリカ合衆国を横断する。 これまでも、そしてこれからも決して多くは語られることのないであろう小さな町。しかし、それぞれの町で著者

【思い出の本】『スタンド・バイ・ミー』:スティーブン・キング

The most important things are the hardest things to say. 小学校4年生の夏休み、小説の冒頭を読み始めた途端に、僕はそれまでにない衝撃を受けた。なぜなら、自分が普段から上手く言葉にできずに、ずっともどかしくしていた心の中の「モヤモヤ」が、他人によって言い当てられる初めての経験だったからだ。 同じような経験をされた方なら誰でもお分かりだと思うが、僕にとってそれは鮮烈な驚きであり、少しばかり恐くもあり、それでいて「分かっ

【漫画評】諸星大二郎自選短編集

ときに異端と評される諸星大二郎の作品には、独特の画風もさることながら、他の作家にはない「世界観」がある。本書に収録された諸作品も「諸星ワールド」が全快だ。 物語の舞台設定は「古代・神話モノ」から「近未来・惑星モノ」など実に多様。ただ、本作に限らずどの諸星作品にも共通しているテーマがある。 それは、人間が理性で把握できる世界には限界があり、そのすぐ向こう側では「人智を超えたものの力」がつねに働いているということ。こちらとあちら、このふたつの世界をいかにつなぐのかが、作者の腕