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決意表明

過去の自分がどこかで違う選択をしていれば、今の自分は存在し得ないとつくづく思う。
公務員という職に就いている私も、大学3年で就活を始めた時には公務員になるなんて全く想像していなかった。

就活中に私が目指していた職業は、飛行機の客室乗務員だ。
私が憧れた職業であり、私に過去最大の挫折を味合わせた職業、客室乗務員。

航空業界を目指して就活を進めていた大学3年生の時には、ありがたいことに多くのインターンに参加できていた。
個人的には順調に事が進んでいるという認識を持って就活が本格化する時期に差し掛かっていた。

大学3年生の3月。2020年の3月だった。


やるせなさを感じる日々

客室乗務員になるという目標のもと、数々の航空会社へのエントリーシートを書く日々。
テレビでは、日に日に新型コロナウイルス感染症に関するニュースの尺が長くなっていた。

会食や旅行の自粛が呼びかけられ始め、1人で家に籠る日々。
私は、気分転換として1人でどこかへ出かけようと考えた。そして選んだ行き先が、羽田空港だった。

羽田空港第3ターミナル(旧国際線ターミナル)には、予想を超える光景が広がっていた。出発便を案内するデジタルサイネージには、欠航、欠航、欠航...。
さすがにこの状況を目の当たりにするとなかなか堪える。航空業界に暗雲が立ち込めているのは明白だった。
「航空会社の経営状況が悪くなれば、採用活動も止まるのではないか?」
気分転換として出かけたはずが、自身の就活に対する不安が膨らんでしまう。
しかし一方で、こういう状況だからこそ決意を固めなければと考えた。そうでもしないと、就活を進める上で自分を律する柱を失ってしまうと思ったからだ。

ターミナル内には、多くの空港利用者が絵馬を架けている場所がある。
「客室乗務員になって空へ羽ばたくぞ!!」
私はここで自分自身に決意表明し、己を無理やり奮い立たせていた。


折れてたまるか

羽田空港から帰ると、テレビでは安倍総理の会見の模様が流れていた記憶がある。緊急事態宣言が発出されるらしい。
それから約2ヶ月が経つと、エントリーしていたすべての航空会社から、採用活動中止の連絡が来た。
なんとなく分かってはいた。コロナなんだからしょうがない。そう自分に言い聞かせても、やはり悔しい。なんで感染症がこんなに広がるんだよ。なんで今年なんだよ。
やりようのない悔しさが溢れ、動きを止めてしまいそうになっていた。
そんな私を突き動かしてくれたのは、2ヶ月前に書いた絵馬だった。
「客室乗務員になって空へ羽ばたくぞ!!」
この誓いはもう叶わない。それでも、これを書いた時の決意の固さは今も生きている。
そう思うと「コロナに負けてたまるか」「今の自分にできることをがむしゃらにやって未来を切り拓かなければ」と自分を奮い立たせることができた。

それから色々あって、私は公務員になった。
公務員になるまでにも大変なことは多くあったが、私が折れなかったのはあの絵馬のおかげだと思っている。
あの絵馬を書いた時の自分の決意に感謝している。


決意、再び

2023年4月。
客室乗務員になるという目標が潰えてから3年が経った。
テレビでは、某航空会社の入社式が行われたとのニュースが流れていた。今年度から客室乗務員の採用を再開したということだ。

客室乗務員になっていたらどのような日々だっただろうと、今でも考えてしまう。
コロナがなければ。就職浪人や転職をして客室乗務員を目指していたら。
しかし、いくら妄想を重ねても、客室乗務員を目指して転職活動をするという考えには至らないのだ。

現在、私は公務員として充実した日々を過ごしている。この仕事での将来的な目標もできた。
客室乗務員を目指していたあの日々の決意が、公務員としての自分を作っていると思っている。
今の自分だからこそ宣言できる、生きる上での道標を己に突きつけるために、あれから3年のタイミングで再び決意表明をしようと考えた。

久しぶりに訪れる第3ターミナル。
相変わらずたくさんの絵馬が架かっている。
大きく変わったのは人の数だ。空の旅を前に希望を宿した瞳は、様々な色のバリエーションに富んでいる。
ひとりぼっちで訪れ、飛行機に乗る予定もない私の心までもが躍る。やはりここは素敵な場所だ。

3年の間で、とんでもない困難と挫折を味わった。
そして、決意は時を超えて己を突き動かすということを学んだ。
「熱く生きる!」
未来の自分へのメッセージを絵馬にしたため、壁の紐にかけた。


展望デッキに出ると、夏に片足を突っ込んだ春の強風が吹いている。一瞬にして髪が崩れるが、そんなことは気にせず自由に吹かれるのも気持ちがいい。
飛行機のエンジンの轟音を楽しむため、一旦イヤホンを外す。
ターミナル側を振り返ると、沈んだ太陽の残影が美しく空を包んでいた。

熱く、熱く、熱く。

困難や挫折を前にしても、未来の自分に感謝される生き方をするのだ。
困難や挫折を乗り越え、過去の自分に誇れる生き方をするのだ。

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