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「少女の肖像」~探偵事務所への厄介な依頼/#第二回「絵から小説」(お題絵C)

古びたアパートの一室。

カチャリ、と部屋の外から鍵穴にキーを挿す音が響き、やがてドアが開く。

「うわ、やっぱり少しカビ臭いな!こりゃ、早く何とかしなきゃダメだ」

高齢の男性がズカズカと部屋に上がり込み、六畳間のカーテンを乱暴に開けた。部屋の中では細かい埃が舞い上がり、差し込んだ日の光に乱反射する。

「・・・何をぼんやりしてるんです。さ、探偵さんも入って入って!」

入り口を振り返りながら、男性は声をかける。

「いやはや、では遠慮なく」

『探偵』と呼ばれた中肉中背、凡庸な見た目の中年男性がおそるおそる、といった様子で足を踏み入れる。

1DKの簡素な部屋には型の古い冷蔵庫こそあるものの、テレビや電子レンジなどは見当たらない。ベッドではなく布団を押し入れに上げ下げしていたようで、部屋の中央に昔ながらのちゃぶ台がぽつんと置いてある。

「それで大家さん、私に依頼、というのは?」

「ああ、そこに掛かってるその絵を見てくれないかね」

「ほう」

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見回すと壁には額に入った一枚の絵。肖像画だろうか。黒髪の少女が描かれている。涙をためているような目元。その見つめる先は、はるか彼方のようにも感じられる。口元はうっすらと微笑んでいるようでもあり、引き結ばれているようでもある。

紺色の制服のようなブラウス。白い襟もとに結わえられているのはタイか、スカーフか。

「どう思うね?」

「どう、といいますと?」

「値打ちだよ。この絵が高価なものなら、家族を探して引き渡す責任があるだろ。二束三文なら、他の家財と一緒に処分しちまうんだけどね、どうにも気になって」

「いやいや、私は鑑定師じゃありませんから、価値はわかりませんが・・・少し不思議な絵ですね」

「・・・どこが?」

「・・・いえね、肖像画なら人物を中心に書いてもよさそうなものです。誰かに頼まれて描いた、というよりは自画像のように見えますね。そして、この少女の後ろの空間。なにかを描いて、あとから塗りつぶしたんでしょうか?」

「うーむ」

大家と呼ばれた男性は腕組みをして目を瞑り、低い唸り声をあげた。探偵はぼんやりと絵を眺めながら、男性が再び目を開くのを待った。

たっぷり3分ほどの沈黙の後、大家は目を開くと、シャツの胸ポケットに挿していた封筒を探偵に手渡した。

「読んでくれ」

探偵は封筒の中の便箋を引き出すと、文面に目を走らせる。

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「・・・なるほど、下柳さんという女性がお住まいだった、と」

「20年近く前からここに住んでてね。還暦を少し超えたくらいだったんだが、まあ、品のある人だった。先月から姿が見えなくなったもんで心配してたんだが、あんまり物音がしないんでカギを開けてみたら、ドアの裏にその封筒が貼り付けてあったってわけさ」

探偵は読み終えた便箋を封筒に戻し、大家に返そうとした。が、大家は手を出さなかった。

「その封筒はあんたが持っててくれ」

「いや、そういうわけには」

「それと」

大家は言った。

「その絵もあんたが持ってってくれ。必要になるだろうし」

「は?」

「探してくれって言ってんだよ、下柳さんをさ。ほかの仕事のついででいいんだ。手が空いた時に調べておくれよ」

「大家さん、いくらなんでもそれは」

「成功報酬!あんたの事務所の家賃1年分!何もここに連れてこいってんじゃないよ。消息が分かればいいんだ。誰それのところで元気にしてるとか、どこそこの老人ホームにいた、とか」

「・・・はあ。ま、悪い話ではありませんが、なぜそこまで?」

大家は大きく息を吐きながら、少女の絵に向き直った。

「実は恩義があってね。このアパート、20年前に新築で貸し始めた直後に若い女性が自殺してね。いまでいうところの事故物件さ。幽霊が出るって噂が広がっちまって借り手がつかず途方に暮れてた時、ただ一人、あの人がいわくつきのこの部屋に住んでくれて。あの人のおかげで私もアパート一棟、無駄にせずに済んだんだ。その恩人が事件に巻き込まれでもしていたら、寝覚めが悪いじゃないか」

「怖いものナシの、勇敢な女性だったんですかね?」

「いやいや、その絵から想像できるように静かだが芯の強い人、って感じかな。私も住み始めてから3か月後くらいに『怖くないのかい?』なんて聞いてみたら、すました顔で『もう出ないと思いますよ』なんて返されてね。あれには驚いた」

「そうでしたか。しかし、私はお化けの類なんかは苦手でして。この部屋がいわくつきだなんて先に言ってくださいよ!こういう話はほかの・・・」

「いぬいさん!あんた私に口答えなんてできる状況じゃないと思うんだけどね!だいたいいつも家賃の催促に行くたびにベランダかどっかから逃げ出して、姿をくらましてるじゃないか。そんなこと言うならねえ・・・」

「ああ、わかりました!やります、やります!なにかのついでの時にね。それでいいですよね!?」

猛然と食ってかかる大家をなだめながら、探偵は少女の絵に目をやる。

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面倒なことになった。だがまあ、いつかどこかで消息にたどり着くこともあるかもしれない。・・・それが運命であるならば。


<終>


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