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「カラビ=ヤウゲート 深淵の悪魔」/第二話

なんだ、何の話なんだ?

紅林は一瞬、理解ができなかった。

もったいぶって言うことだろうか。5人が無事に戻ってきたのなら何も問題はない。・・・5人?

「5人、といいましたか?4人、ではなく?」

「そうなんです。男子大学生が5人、仲良く戻ってきまして。いざ帰ろうとすると、5人ですから一人乗れなくなってしまうんです」

紅林は思いついた可能性を口にする。

「トンネルで先に一人待っていて、合流したとか?」

「いえ、その気配はありませんでした。というか、私には誰が増えたのかがわかりませんでした。彼ら自身でさえも誰が増えたのかわかっていなかったようで、皆、しきりに首をひねっていました。だけど、タクシーには乗り切れない」

「誰が増えたのか、わからない・・・」

「それで結局、配車センターに連絡してもう一台呼びましてね。2台に分乗して中心部のコンビニまでいったんです。明るいところで顔を突き合わせてみても、わからない。『お前最初からいたよな』『俺も』『こいつも』なんてずっとやりとりしてたようなんですけどね」

「いや、似たような話を聞いたことはありましたが、実際に体験した人の話は私も初めて聞きました。ちょっと詳しく聞いていいですか。その時の大学生の風体とか・・・」

「到着いたしました。北都大学の工学部正門前です。この時間、門は閉まっておりますのでこちらまでとなります」

「あ、着いたのか。いや、メーターはそのままでいいので、聞かせてもらえませんか」

俄然興味をひかれた紅林は、ボイスレコーダーを回していなかったことを後悔していた。どこかで記事としてまとめるためにはもう少しリアリティが必要だ。

「・・・お客様、実はこの話はお客様に快適にお過ごしいただくためのフィクションです。実話怪談めいた話を思いつくままにお話ししただけなのです。お楽しみいただけましたでしょうか?」

「そ、そんな。い、いやフィクションだとしても面白い。どこかで元ネタを聞いたはずだ。それを教えてくれないか」

「あいにくと配車センターから次の連絡が入っております。それに・・・」と櫻田運転手は目顔でドライブレコーダーを指した。

紅林は釈然としない面持ちで料金を払い、肩掛けカバンを手に車から降りた。

「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」

そういって彼女はしずかに扉を閉め、走り去った。

紅林はしばしそのタクシーのテールランプを見つめて立ち尽くしていた。

(なんだ?一杯食わされたのか?)

だが紅林の見る限り、彼女の語り口はその場の思い付きにしては真に迫っていた。

都市伝説などで『一人がいなくなった』という話はたまに耳にする。後日山の中で見つかったが、精神に異常をきたしていた、などのオチがつくパターンが多い。

それもそのほとんどが、語る本人の体験談というよりは『~だったらしい』という伝聞の形式をとることがほとんどだ。何の衒いもなく『先週の金曜日の夜に』と語りだした、彼女の場合はどうなのだろうか。

狐につままれたような気分、とはこういうものなのだろうと紅林は思った。

まあいい。タクシー会社と『櫻田』という彼女の姓は記憶している。いざとなったら会社を訪ねて取材することも可能なはずだ。

『増えていた1人』は誰だったのか。いや、なんだったのか。なぜ皆がその1人を異物と認識できないのか。

深夜の大学の正門前、という人気のない環境もあいまってか、紅林の背筋を冷たいものがゾクリと走り、二の腕に鳥肌が立つをの感じる。

しかし、ふと我に返り大学の構内に目をやる。本来の目的のことを思い出したのだ。

工学部機械工学科の堀川晃准教授。

高校時代の先輩でもある彼から、研究室を訪ねるよう連絡があったのだ。一年中、昼も夜もなく『大学の住人』として住まう研究職の人間からしてみれば、夜中の方が落ち着いて話ができるということらしい。

紅林はカバンを肩にかけなおし、冷たく青い電灯の灯る構内を歩き始めた。


<続く>



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