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revaluation…「ゴールデンカムイ」が果たした役割

去年、終幕を迎えた伝奇マンガ「ゴールデンカムイ」。
「黄金の隠し場所を記した入れ墨」を奪い合うという大胆にして奇抜なストーリ展開を縦糸に、北海道の先住民族たるアイヌとその文化や歴史的な意味合いを横糸に配して、独自の世界観を織りなしていく冒険活劇が広く支持されました。

札幌での「ゴールデンカムイ展」で撮影
札幌での「ゴールデンカムイ展」で撮影

また、黄金を奪い合う登場人物は「アヴェンジャーズ」もかくやというほどの超人的な個性を発揮し、「推し活」の対象として爆発的な人気の一因ともなりました。
今回はこの「ゴールデンカムイ」を北海道民がどう受け止めているかを、お伝えしてみようと思います。

まずこれを書いておかねばと思うのは、私自身はアイヌ民族ではないということです。アイヌ語でいうところの「シサム」、いわゆる「和人」です。
差別的な意味合いでこれを記すのではなく、事実認識をあらわすうえで、どの立場から書いているかを明示した方がいいと考えるからです。
つまりは、アイヌについて語ることは北海道民にとってはセンシティブな側面があるということでもあります。

それはアイヌが迫害されてきたという歴史があるからです。
2019年4月、国会で「アイヌ施策推進法」が制定され、法律として初めてアイヌが先住民族であることが記されました。逆にいうと、北海道への大規模な植民が始まった明治のはじめごろから数えると、「アイヌの先住権」が法律に記されるまでに150年ほどかかったということでもあります。

『土地や財産を所有する』という概念が薄く、狩猟を中心に生活していたアイヌの人々。そこへ明治の初頭から、北海道へのロシアからの侵略を防ぐという国策も担いつつ、「和人」の大規模な植民が始まりました。
戸籍制度の中に組み込まれ『日本国の平民』と位置付けられ、日本語での教育を受ける中で文化的な迫害を受けたアイヌ民族。
『大地を耕して、自分の畑にする』という思いで入植した「和人」は、経済活動を盛んにしていく中で、結果としてアイヌの人々の居場所を狭めていくことにもなりました。

「ゴールデンカムイ」の中でアシリパの父ウイルクが金塊を蓄えたのは、『和人に対抗するため』という極めて現実的な理由があったわけです。
ちなみにウイルクがポーランド系のアイヌであった背景は、直木賞を受賞した小説「熱源」を読むと理解することができるかもしれません。

こうした中で和人には、自然と共生するアイヌの人々への差別的な感情が生じます。アイヌの人々は身体的な特徴や、和人社会の中での経済的な苦しさを揶揄する風潮に苦しめられた時期があるのです。
昭和40年代生まれの私が少年だったころは、あからさまな誹謗中傷こそ少ないものの、あまり触れてはいけないような「タブー」的な空気感もあり、目に見えない差別は色濃く残っていたかと思われます。

その後、平取町でアイヌ文化の啓蒙活動に取り組まれた萱野茂さんがアイヌとして初の国会議員となり、「アイヌ文化振興法」(1997年)の制定に力を尽くすなど、平成になってようやく『多様性』という概念が広がり始めました。
とはいいつつも、空気感としては「歴史的な価値があるよね」「文化として残した方がいいよね」といった教科書的な捉え方が強く、語弊を恐れずに言うのであれば「マイナー」な位置づけであったといえます。

そんな中で誕生した「ゴールデンカムイ」。
主人公の杉元は命の恩人のアイヌの少女を「アシリパさん」と常にさん付けで呼び、敬意を示し続けます。アシリパを通じて文字文化を持たないアイヌの人生観・自然観をあらわし、また随所で文様を効果的に使用することでアーティスティックな部分をクローズアップしています。
これらを『お勉強』ではなく『エンタテインメント』として成立させたことでアイヌ文化を一気に現代の「メジャー」へと引き上げることに成功したといえるでしょう。

北海道に住むアイヌの人々はもとより、それ以外の道民も正直、胸のつかえがとれたような気持ちを抱いた人も少なくはずです。
「アイヌ文化って、スマートだよね!」、「アイヌの文様ってカッコいいよね!」、「アイヌ語って、味わい深いよね!」と「ゴールデンカムイ」というアイコンを引き合いに気軽に話すことができるようになったのです。

国策としてアイヌ文化象徴空間=ウポポイという施設が白老町で稼働していますが、ハコものでは打破できない「価値観の壁」を粉々にぶち壊した意欲作。それが「ゴールデンカムイ」なのです。

「ゴールデンカムイ」の中では、古くからの港町・小樽(史実:永倉新八は樺戸集治監で剣術指南を務め、小樽で死去)をはじめ、札幌、炭鉱の町・夕張、ニシン番屋、網走監獄、函館五稜郭(史実:土方歳三は五稜郭戦争で函館で死去)などなど、北海道内の歴史的な遺構が随所に散りばめられ、「聖地巡礼」の楽しみもたっぷりと味わえます。

私は仕事がら道内各地を巡ることが多かったので、上記の場所はだいたい行ったことありますが、観光で訪ねたことがある人でも「ゴールデンカムイ」のワンシーンを思い浮かべるだけで違った味わいが楽しめるでしょう。

ロマンあふれる冒険活劇の要素として、そして舞台としてアイヌ文化と北海道の歴史を「revaluation=新たな意味づけ」してくれた「ゴールデンカムイ」。道民にとって「宝」と言える作品です!

最後に鶴見中尉 札幌での「ゴールデンカムイ展」で撮影


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