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【シンエヴァ3周年】碇ユイの物語

シンエヴァ公開3周年を記念して,主人公の母・ユイさんについて考えます.


1.はじめに

(1)とあるメモ

   『シン・』の次のカットで気になることがあります.

祝・ちびあすかスケールフィギュア化

   アスカの回想シーンです.この絵コンテには次のメモがあります.

ユーロネルフ(ゲヒルン?)を訪問したゲンドウ一家
体調不良のユイを手伝うゲンドウ.(ユイ倒れる直前)

株式会社カラー編『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン』39頁

   用紙からして前田真宏さんによるものとお見受けしますが,それはともかく彼女がこのとき体調不良であり,倒れる直前というのは知りませんでした.

   確かに,ゲンドウの他に左の職員も彼女を支えようとしています.降車に2人がかりということはそれが単なる紳士対応ではない可能性…なんてこのメモがなければ気づかなかったでしょう.彼女の顔色を確認しようにもこの曇天.


(2)新事実

   ちなみに当該メモが気になる理由ですが,ひとことで言えばそれが新情報だからです.

   新劇場版の本編はもちろん,公にされている新劇場版の制作資料の類にも,筆者の手元にある範囲ではという限定付きですが,ユイの体調に関する情報はありません.もしあったらすいません.

   そして旧作ではどうだったかといえば,これも筆者が知る範囲ではそのような記述はありません(あったら重ねてすいません).

   これは後者の点が重要です.なぜなら,旧作にないというのが仮に事実ならば体調不良は新劇場版で追加された設定ということになるからです.これはつまり,新劇を作劇するために必要だから盛り込まれたということを意味します.

   それではこのユイの新事実を新劇で新たに追加された新設定と仮定して,あれこれ思いを巡らせていきましょう.あらためて確認すると,今回の目標はユイの体調不良という新要素の物語的意味,あるいはそれが加えられた理由を突き止めることになります.



2.ダイレクトエントリー(1)

(1)新旧ダイレクトエントリー

   とっかかりとして,先ほどの画像のユイにとって時系列的に近接するイベント,すなわち初号機へのダイレクトエントリーから始めます.

   旧作・新劇を問わず,ユイのダイレクトエントリーはゲンドウにとって最愛の人の喪失となった事件として共通して生じます.「コアへのダイレクトエントリー」は新劇の用語で,旧作では「コアへのダイブ」ですが本記事は両者を同じ意味で用います.

   さて,彼女がダイブした意図について両作品を比べてみましょう.

   旧作の場合,彼女はダイブすることによってエヴァと融合し,永遠の生命体となることで,太陽を失った後も人が生きた証となること.究極的にはこれを目的としていました.

(26話'C-456~459)
冬月「ヒトが神に似せてエヴァを造る.…これが真の目的かね」
ユイ「はい.ヒトはこの星でしか生きられません.でも,エヴァは無限に生きていられます.その中に宿る,ヒトの心と共に.例え,50億年たってこの地球も月も太陽すらなくしても残りますわ.たった一人でも生きていけたら…とてもサビしいけど…生きて行けるなら…」
冬月「人の生きた証は永遠に残るか…」

   あらためてみると,彼女はどちらかと言えば敵側のマッドサイエンティストにいそうなキャラです.

   それでは新劇はどうだったか.前提としてユイの人物設定が変更されている点を確認する必要があります.具体的には,彼女は元々ヒトではなく完結作で突如現れたゴルゴダオブジェクトという神の世界の住人だったことです.この辺りについては,以前からユイ=リリスという説明を筆者は支持しているところです.

   そしてダイブの目的は来たるべきネオンジェネシスの際にシンジの身代わりになることでした.

シンジ「このときのためにずっと僕の中にいたんだね…母さん」

『シン・』

   彼女がこの新たな創生に備えていたということは,この結末を予測していたということです.しかも,遅くとも初号機にダイブする直前までに.彼女が予想した物語はおそらくゼーレのシナリオを超えているため,その予測はおよそ人間のなせることではありません.

   したがって,そのような人知を超えた未来予測ができるユイはヒトならざる,神の世界の住人,しかも劇中の巨人の中で候補を探すとリリスだろうということです.


(2)気になる点

   さて,彼女は息子のために初号機に溶けましたといわれてもあまり説明になっていない気がします.また,そのような目的があったとはいえ,あの時期にダイブして退場したことは果たしてその目的に照らし最善の選択だったのか,疑問です.その後の展開を見るに彼女がいれば事がスムーズに進められたであろうことが多々ありそうではありませんか(特にゲンドウについて).超人としてそのことをどう考えていたのでしょう.

   もっとも,タイミングの指摘に対しては,いや必要あったのでは?と考えることもできます.というのも,エヴァはそのコアにパイロットの母を取り込んで起動できるシステムだったはずだから,彼女がダイブしないとエヴァを動かせず,ネオンジェネシス以前に使徒に対抗できないじゃない…といったように.

   このように旧作でお馴染みの設定からすると彼女はあのタイミングで潜るほかなさそうです.しかし,本当にそうでしょうか.私のゴーストがそう囁きます.この旧作以来の搭乗システムについて調べる必要があるのでは,と強く感じます.



3.制御システム(1)

(1)冬月

   そんなわけで,まずは新劇場版のコアへのダイレクトエントリーからみていきます.

(Q・C-0852)
冬月「エヴァの極初期型制御システムだ.ここでユイ君が発案した,コアへのダイレクトエントリーを自らが被験者となり,試みた」

   副司令の台詞からすると,ダイレクトエントリーはエヴァの制御システムに関係することが伺えます.もっといえばダイレクトエントリー自体が制御システムなのでしょう.すなわち,コアにダイレクトにエントリーすることでエヴァを制御するシステム.機体に直接搭乗することで操縦するシステムと言い換えることができそうです.

   また台詞の「極初期型」という言葉は,他のタイプの制御システムの存在を示唆します.そしてお馴染みのエントリープラグを仮にその異なるタイプ(新型)とみるならば,ダイレクトエントリーとともにエヴァの制御システム(操縦システム)に位置付けられることになります.ダイレクトエントリーという新たな名称の意図もプラグ式と「エントリー」で揃えることでエヴァの制御システムとして一括りにできるからといった推測が立ちます.

エヴァの制御システム2種
①ダイレクトエントリー方式
②エントリープラグ方式

プラグの先にはコアがあり,ダイレクトではないエントリー方式という側面が浮き彫りに


   こうした理解の一部は『シン・』におけるゲンドウと13号機が裏付けます.

   自ら13号機に取り込まれたゲンドウさんですが,この後の展開を見る限り彼自身が13号機を操縦しています.さも当然のように.単眼と破壊光線のインパクトで忘れがちですが,これも相当ツッコミどころです.

このとき13号機は初号機に首を掴まれており,明らかに機体とシンクロしてます

   彼が操縦しているといっても,2つのエントリープラグにはすでにカヲルとオリジナルアスカがいます.実際,ゲンドウがエントリーシートに収まっているようには見えません.

   これらはすべて,彼がコアへのダイレクトエントリーを成功させたということ,それがエヴァの搭乗システムの1つだったことですべて説明できます.

   以前触れましたが,ここでダイレクトエントリーしたユイとゲンドウの違いについて再び取り上げます.

   2人の違いというのは,ゲンドウが問題なく13号機を動かしているのに,ユイの方は彼女が意識して初号機を動かしたといえる場面が少ない点です(たとえば,先ほどの第4使徒戦と第10使徒戦前にダミープラグを拒否し続けるところはそうでしょう.後者のシーン,思い返して2人の心のうちを想像すると少し笑えます.父「すまない息子は首にしちゃったからダミーでなんとか頼む」母「最強の拒絶タイプと知っていてそれで済ませようというのがそもそもどうかしてるけれど,それはともかく何回拒否すれば息子じゃなきゃダメって伝わるのかしら」とひたすら呆れていそうなどと妄想が捗ります).

   話を戻すと,エントリーの結果の違いは2人の違いの表れ,すなわちダイブしたときゲンドウはネブカドネザルの鍵によって人外となっており,ユイは元人外で今は人間という違いによるものだと考えられます.人外でなければ上手くいかないのがダイレクトエントリーだった.そしておそらくユイはそのことを知りつつも再び人外に戻る選択は取らずに潜ったということになります(後述).


(2)旧作のシステム

   冬月の台詞から考えた結果,コアへのダイレクトエントリーはエヴァの操縦システムの1つであり,現行システムであるエントリープラグとの関係は,採用されなかった旧式と採用された新式という理解をしました.

   しかし,これは旧作の一般的な理解と異なります.そこではエヴァの操縦は機体に差し込まれたエントリープラグに搭乗したパイロットが,コアに宿った人(母)の魂とシンクロして機体を動かすといった仕組みでした.

   このときコアへのダイブとはエヴァに人の魂を宿すためのもの.したがって,旧作の操縦システムはコアへのダイブとエントリープラグがセットになってはじめて機能するものだったといえます.このように旧作と新劇は,一体か別個独立かの違いがあります.

   ところで,旧作のエヴァは機体に宿る魂とパイロットが母子関係という替えの効かないものをシステムに採用していることになります.すなわち,基本的にパイロットに互換性はありません.つまり,シンジが初号機とシンクロできるのはコアにユイが眠っているからで,彼が2号機に乗ったらシンクロ率が起動に必要な数値に届かなかったり,そもそも機体から拒絶されたりするおそれがあります.

   実際に彼はテストで零号機に乗った際,上手くいきませんでした(14話).

   同話ではシンジが零号機を動かせなかった点よりも,次の点が参考になるでしょう.あのシーンではレイとシンジの互換性テストが行われていて,レイが初号機に,シンジが零号機に搭乗し,リツコらがモニターで確認しています.ミサトには知らされていませんが,テストの目的はダミープラグ開発のためのデータ収集といったところです.ただし,このテストがアスカにノータッチである点をミサトが訝しがります.それは結局,レイを元にしたダミープラグでは弐号機が動かないことをリツコは知っていたからです.互換性はないのです.

   ロボットもので専用機はあるあるですが,エヴァの場合はパイロットが異なると起動すらしないという,汎用性の観点から兵器としては致命的であることはしばしば指摘されてきたようです("汎用"人型決戦兵器とは…という).が,それはそれとして先に進みましょう.



4.制御システム(2)

(1)『:破』の事例

   さて,ユイがダイレクトエントリーした時期に引っかかった結果,エヴァの操縦システムを調べているわけですが,上述旧作の理解では説明のつかない事例が新劇場版で登場します.

   特にそれは『:破』から顕著で,アスカが3号機に乗ったりマリが2号機に乗ることができてしまっています.これらの事例をみるにコアとパイロットの関係になんらかの設定変更があったと感じます.

   案の定,赤木博士が説明を加えています.

(破・C-851~853) 
アスカ「私以外,誰も乗れないのに」
リツコ「エヴァは実戦兵器よ.全てにバックアップを用意しているわ.操縦者も含めてね」

(破脚本13頁)
リツコ「2号機以降,プロダクションタイプの特徴は,搭乗者の複数互換性よ」

脚本は破全集所収.ページ数は全集ではなく原資料のもの

   本編だけでは分かりにくいので脚本も併せて引用しました.そこでは明確に他のパイロットも乗ることができると言っています."複数"互換性というワードが気になりますが(互換性で十分では?),もしかしたらダブルエントリーを視野に入れた言い回しかもしれない,とここでは納得することにします(ダブルエントリーとは複数名搭乗システム.当初はマリアスもその予定でした).


(2)ダイブ不要説

   このように機体とパイロットの関係は変更されましたが,もう少し掘り下げて,どういった理屈で互換性が可能になったのか考えてみます.

   例えば,コアに入った母の子がパイロットでなくても搭乗を可能にするなんらかの新技術が開発されたという可能性があります.あるいは,そもそもコアに人の魂を宿さなくてもパイロットが操縦できるようになり,その結果として互換性が達成されたということかもしれません.

   ここでは当然,後者の方に可能性を感じるわけです.コアに人をダイブさせる必要がないなら,新劇場版における2号機,3号機,さらには大量のMarkシリーズやマリの8号機,13号機についてもコアに誰が宿っているのかと考える必要がなくなります.

   また,脚本だと仕様の変更は2号機以降のエヴァでしたが,そこからもう一歩進んで,全てのエヴァについてコアに人をダイブさせずとも操縦可能になっていると考えられないでしょうか.零号機と初号機だけ異なる扱いにする理由はなさそうです.

   そう推認できる理由は2点ほどあります.1つは上記脚本の台詞の変更が,単に言い回しを変えただけのものとは理解しにくいことです.「2号機以降のエヴァ」という設定を本編に存続させるならこの部分を台詞から削除する必要はありません.なのでおそらく削除の意味は「2号機以降→零・初号機含むすべてのエヴァ」にさらに変更になったからと理解できます.

   もう1つは,リツコの「エヴァは実戦兵器よ」という言葉に「もう欠陥ロボとは言わせない」という気概を感じることです.全ての機体でパイロットの互換性が達成された結果,エヴァは兵器として汎用性を遂に獲得し,名前負けしなくなったと理解すればこその台詞ではないか.兵器として現役である零・初号機が旧式であったらこのような台詞にはならなかったでしょう.


(3)エヴァと人の魂

   さらに異なる角度から説明を続けます.もはや新劇でエヴァを操縦するのにコアにダイブする必要は無くなったと理解するわけですが,そうだとしてもエヴァに人の魂を宿すことが不要になったわけではありません.

序C-363

   上記画像の中央左下「Energy origin : EVA01 CORE UNIT + ENTRY PLUG」に注目します.そこには初号機のエネルギーがどこから発生しているか示されています.コアユニットのみならずエントリープラグも表示されていることが重要です.これはプラグにいるシンジも発生源であることを意味します.

   そして人の魂がエネルギー源というわけですから,結局,エヴァを起動させるには人の魂が必要不可欠という点は旧作から変わりないということになります.

   一旦整理をすると,エヴァを動かすには機体に人の魂を宿す必要があり,宿す方法にダイレクトとプラグの2つの方式があり,プラグだけでも起動可能に達したのが新劇の世界ということになります(ダイレクトエントリーへの名称変更の意図もあらためて確認できるかと思います).

   ちなみに,画像ではユイとシンジの2つの魂があるためエネルギー源は2つ表示されていますが,仮に他の機体であればエネルギー発生源として表示されるのはエントリープラグのみ,と推測できます.

   話は変わりますが,こうした理解は『シン・』における高雄「主機はこっちの方が上だ!」につながるかもしれません.ヴンダーの主機=初号機にはユイが,ネルフ戦艦の主機=アダムスの器にはおそらくアヤナミシリーズがエネルギー源として搭乗しています.
   両者の間で何が違うのか.それは魂がオリジナルか模造品かというものです(別レイの魂は模造品だから槍を持ち帰れないという『:Q』カヲルの台詞を思い出したい).高雄の台詞はオリジナルの方が出力の点でまさっていることを指している可能性があります.
   もっとも,初号機が第10使徒を取り込んでいることも関係しているかもしれません.その最強の拒絶タイプの猛攻を片手で拒絶していたのは覚醒初号機でしたが,ヴンダーの際はシンジが乗っていません.それにしても3隻の攻撃に耐えたヴンダーは非常に硬かったといえます.

   さて,こうした新劇の理解によって,レイが零号機を動かせることについて説明が不要になります.旧作だと零号機のコアに誰の魂も宿っていないという想定のもと,では彼女はどうして操縦できるのかにつき説明が必要でした(例えば彼女は実は天才だからとか巨人リリスの魂を宿しているからとか).

   その一方で,母を取り込んだ唯一の機体として初号機がより一層特殊な機体ということになります(のちに13号機が仲間入りしますが).

   ちなみになぜ当初は2号機以降の機体だけだったのかについても,なんとなく予想できます.ヒントは0~2号機の長い名称にあります(以下破のパンフより).
・汎用ヒト型決戦兵器 人造人間エヴァンゲリオン 試作零号機
・                                       同                                  試験初号機
・                                       同                                  正規実用型 2号機
   正規実用型は旧作だとプロダクションモデルとも表現されたもので正規品として量産されるモデルということです.なので2号機が最も汎用性を備えた機体であることに因んだのでしょう.



5.提唱者について

   少し脱線します.上記搭乗システムの変更に関連して取り上げておきたい事柄があるのです.それはダイレクトエントリーの提唱者がキョウコからユイになったことです(ユイについては上述冬月の台詞).

   旧作ではアスカの母,惣流・キョウコ・ツェッペリンが提唱者でした.

(22話C-1.キョウコの葬式シーン)
参列者A「仮定が現実の話になったとは.因果なモノだな.提唱した本人が実験台とは」
参列者B「では、あの接触実験が直接の原因というわけか」

   このダイブ実験によって彼女は心を2号機に置いてきてしまい,抜け殻のようなった結果,アスカの人格形成に負の影響を及ぼします.こうして弐号機にキョウコの魂が保存され,後はご存知の通り,本当の母親の場所に気づく→パイロットとしての覚醒→トラウマ量産機戦という例の展開になります.

   それでは新劇場版はというと,先ほどの搭乗システムの変更を是とするなら,キョウコは2号機にダイブしていないことになります.エヴァを駆るのに母親の魂は不要なので,彼女にダイブする理由がありません.

   翻って,ユイの方はダイブする理由がありました.ここでダイレクトエントリーの提唱者がユイに変更になったことがつながります.

   結局,ダイレクトエントリーはユイが己の目的のために自ら発案し,自分だけ被験体となって消失することで,エントリーシステムの案としては没にしたということなのでしょう(2人目以降の被験者は出なかった).

   ちなみに,キョウコが提唱してユイが犠牲になったとなるとゲンドウに呪われること必至です.提唱者の変更によりそういった禍根を未然に防いだともいえます.ついでにいえば,没になった旧式を再び,しかもより完璧なかたちで持ち出したのが妻を忘れられない夫という流れもきれい(?)です.

   ところで新劇はキョウコさんが被験体とならなかった世界.魂の抜け殻にはならなかったキョウコさんが存在したはずですが…

   この点,アスカと母親の確執エピソードが当初は考えられていたとのことです(破全集庵野監督インタビュー).もっとも,アスカがクローンに変更されたことで話は全く別ものになっているはずです.おそらくその片鱗は『シン・』でユーロネルフに視察に来た碇親子を眺めるあの幼少アスカの視線に表現されている,ということなのでしょうが,アニメ化が望まれます.

   空白の14年はもちろんこのように収めきれなかった話もオムニバス形式でいいので実現してほしいと思います.



6.ダイレクトエントリー(2)

   それでは話をはじめに,すなわちユイの体調不良に戻しましょう.コアへのダイブがエヴァの制御システムとして必要不可欠なものではなくなった以上,にもかかわらずユイがそれを実行した理由について説明が求められます.それがネオンジェネシスだとしても,今度は潜る時期について説明が求められ,おそらくここに体調不良が関係してくるということになります.

   その前に確認しておきたい事があります.ユイが倒れるほどの体調不良とは当然,彼女に死が迫っていることを意味します.病でしょうか.彼女が元々神の世界の住人とはいえ,現に人のかたちをとっている以上,人を捨てて悠久の時を生きるモノリス状態のゼーレとは異なるということ.つまり寿命などの点で彼女も並の人間と同じということです.

   これらを踏まえて,ネオンジェネシスのためにダイレクトエントリーを敢行した経緯は次のように考えられます.

   ユイは自身の死期を悟り,自らの手でネオンジェネシスを起こせないと確信しました.そうなると,その新たな創世の担い手は息子のシンジとなりますが,元はといえばネオンジェネシスは自身の願いでしたから(後述),自分の願いのために我が子が犠牲になることは,母として受け入れることはできなかった.

   事態を回避できないか考えた結果,ダイレクトエントリーによって魂を初号機に保存することにした.最後のそのときに息子の代わりになるために….

   だいたいこのようなお話だったのかなと想像します.こうしてみると彼女も,作品のテーマである大人になること,落とし前をつけることをその身をもって示しています.

   ネオンジェネシスがユイの願いだった点は以前からの持論ですが,はじめてという方のために補足です.積み残しもここで片付けます.

   ネオンジェネシスとは「人が人として生きていける世界」,すなわち補完計画が目指す,人間という身体(器)から永遠の生を得たエヴァインフィニティという新たな器への移行を強要されない世界を願うものでした.最後の新宇部川駅では反対ホームに仲良さそうレイとカヲルが見えましたが,2人にはアダムとリリスが重ねられています.旧作も新劇も両者の軋轢が物語の根幹でした.両者の関係がこじれないことで補完計画ルートに進まなかった世界ということを意味しています(新劇アダムの簡単な紹介は「新劇の白き月」).

   そして重要なのは綾波レイの願いです.彼女の「碇くんがもうエヴァに乗らないでいいように」あるいはアスカに向けた「あなたにはエヴァに乗らない幸せがある」という台詞に表れているように,エヴァに乗らなくていい,すなわち使徒と戦う必要のない結果エヴァが建造されない世界とは,つまるところネオンジェネシスと同じです.先ほどの駅で全員が大人の姿であるのも,エヴァに乗らない結果「エヴァの呪縛」にかからなかったからです.

   このようにシンジとレイの2人は偶然にも同じ考えに至っていたのでした.そして2人とユイの関係は,ご存知の通りシンジは息子で,レイは彼女の分身で彼女の魂を持った存在でした.また,この3人の関係はキリスト教の三位一体(父たる神/子であるイエス/聖霊はどれも神の現れという説)に倣っているという指摘があります.リリスたるユイ/その子シンジ(神児)/レイ(霊)というように.ユイの旧姓が綾波に変更された件もこの3人が綾波で統一されえたこと,3人の共通性を強調することに1つあるかもしれません.

   そうであれば残りのユイも2人と同じことを願ったはずだということです.そしてこうした願いを抱くため,彼女はゲンドウと異なりあえてヒトのままダイブしたと考えられるのです.「そんなに人間が好きになったのか,ユイさん」.

   ちなみにユイの旧姓変更の理由はむしろ次のものでしょう.それはアスカの式波姓への変更に関係しています.式波さらには真希波という名称は共に戦後に海自で運用されたあやなみ型護衛艦の同型艦に由来しています.同型艦で揃えることで,ユイ,レイ,アスカ,マリ全員がシンジというかネオンジェネシスという願い,人が人として生きていける世界を"護衛"する存在であることを表していた,などと筆者は考えますが,果たしてどうでしょう.



7.おわりに

   まとめましょう.新劇ではエヴァの制御システムに変更が加えられたことで,そもそもダイレクトエントリーの必要がなくなりました.

   その結果,メタ的な話にはなりますが,ユイがダイブする別の理由が求められました.というのも彼女がダイブすること自体は既定路線だからです.これはゲンドウの物語との関係で,最愛の人を失った彼が補完計画に希望を見出すという筋書きを変えない以上,必要だからです.

   これを解決するのが体調不良の追加です.これによって,息子が自身の願いの犠牲になることを回避するため,死を目前にあえてダイレクトエントリーすることで初号機に自身を保存する決断をしたという筋書きが可能となりました.

   このようにシナリオの観点から見ると,体調不良の追加はこれまでのゲンドウの物語を損なうことなくダイブする理由を与え,さらには作品テーマを絡める起点にもなっています.この多機能感,まさに「こいつ…できるッ!」なやつ.

   ところで,彼女が旧作以上に本編で描かれなかったことについて触れましょう.彼女のリリス時代は聖書の失楽園物語(英:Paradice Lost)に倣っていることが分かれば十分ということでしょうし(この辺りは「続・ナウシカの続きとしてのエヴァ」),ヒトの時代もダイレクトエントリーにほとんどが詰まっていて語ることがあまりないということかもしれません.もしくは徹底して他のキャラクターに語らせるという演出,あるいはその全てかもしれません.

   以上,新事実の意味,追加理由の考察でした.コンテにあるちょっとしたメモでしたが,彼女の物語を理解するにあたって重要な事実だったといえます.


   今回は以上になります.最後までお読みいただきありがとうございました.


画像:©khara/Project Eva.

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