ChatGPTは友だち 小泉今日子と立川志らくの「くだらない」という文脈

あなた まず、この対談をお読みください。

有働 先日、大阪のZepp Nambaで行われたライブを見に行かせていただいたんですよ。
小泉 え! そうだったんですか。ありがとうございます。
有働 クラブ系のミュージシャンの方々とコラボした、90年代の楽曲が中心のツアーでした。
小泉 最近、若者に90年代のファッションや音楽が再注目されているのですが、あの頃といまの世の中のムードが似ていると思ったんです。当時私は20~30代でしたが、湾岸戦争が起こり、バブルも終わって、みんなが「これからどうなるんだ」と不安を抱えていました。でも、「あれも乗り越えたし、今回も大丈夫!」と言えたらいいなと思って、このテーマに決めたんです。
有働 そうだったのか! コンサートの時は客席からでしたが、いま目の前に小泉さんがいらっしゃると、中学時代からずっとテレビで見てきたからか、つい舞い上がってしまいます。最初に真面目な質問をしようと考えて準備していたのに、ポーッとしてしまって。
小泉 お察しします(笑)。
有働 私みたいに、まず「ずっと見てました!」という話から会話が始まる人、多いでしょうね。
小泉 そうですね。例えば私がコンビニの話をすると「えっ、コンビニ行くんですか!?」って言われたりするんです。コンビニくらい行くよと思うけど、相手の気持ちを想像して、「たしかに松田聖子さんをコンビニで見かけたらビックリするな、なるほど」と理解する。そうやって1回誰かに転換しないと、自分にとっては日常のことだからピンと来ないんです。
有働 我々からすると、松田さんも小泉さんも同じように雲の上の存在で、日常生活が想像つかないです。アイドル時代はステージ上で輝いていらっしゃいましたが、最近はテレビのバラエティ番組で全然お見かけしませんね。
小泉 絶対出たくないですね。
有働 なぜですか?
小泉 くだらないから。
有働 ワーオ! どういうところがくだらないですか?
小泉 どういうところも何も、素敵だと思いますか?
有働 ……実は私もあまり見ないので、コメントが難しいですね。でも、小泉さんが昔、出ていた頃のバラエティと何が違いますか?
小泉 たぶん、昔と同じだからマズいんじゃないですかね。世の中がガラッと変わっていっているのに、昔のムードのまま押し通そうとしている。テレビ局は変わらないとマズいよね、と思っています。
有働 はっきりおっしゃるんですね。
小泉 はっきり言います。
有働 みんなテレビ局にケンカを売らないように、ついつい表現を和らげてしまいがちですが。
小泉 そうか……私はもうテレビに出ないと生活に困るという感じでもないし、何にももたれかかっていないので。そのために独立したところも、私の心の中にはあるんです。

この対談において、小泉さんの発言である「(テレビのバラエティ番組には)絶対出たくないですね。くだらないから。」という部分について、どのような真意があると解釈できるでしょうか。

ChatGPT
小泉今日子さんの発言「絶対出たくないですね。くだらないから。」からは、彼女がテレビのバラエティ番組に出演することを好ましく思っていないことが明らかです。おそらく彼女は現在のバラエティ番組の内容やスタイルが自身の価値観や興味に合わないと感じている可能性があります。
また、「昔と同じだからマズいんじゃないですかね。世の中がガラッと変わっていっているのに、昔のムードのまま押し通そうとしている。」という発言からは、テレビ番組が時代の変化に追従せずに古いままであるという批判や不満が含まれているようです。

あなた
要約すると、「昔ながらの表現の中には、現在の社会通念に照らし合わせて好ましくない部分があるのに、そのことを考慮しないで番組を作っている」ということが「くだらない」という表現に結実した、とみてよいでしょうか。

ChatGPT
はい、その要約は正確です。小泉今日子さんの発言からは、「昔ながらの表現が現在の社会通念に合わない部分があるにもかかわらず、それを考慮せずに番組が制作されている」といった不満や批判が含まれており、「くだらない」という表現に結実していると解釈できます。

あなた
この小泉さんの発言、特に「テレビバラエティはくだらない」の部分について、落語家の立川志らくさんが自身のツイッターでこのような意見を述べています。

キョンキョンがバラエティはくだらないから出演しないと言った。
はっきり物事を言うその姿はかっこいい。でもね、「くだらないから出演しない」は看過出来ない。そのくだらない世界に命をかけている人も沢山いる。ザコシが水曜日のダウンタウンで「ずっとお笑い芸人をやっていたいから。絶対手放したくない」と発言して視聴者の感動を得た。くだらないと言ったらあんなくだらない芸はないけど、私は大好きだし、その生き方に多くの人は感動した。
落語だってくだらないよ。世の中にはなくてはならない仕事がある。医者とか食品関係とか警察とか。あってもなくてもいい仕事もある。芸術関係がそうだ。好きな人には絶対に必要。関係ない人にはどうでもいい。では落語は?なくてもなくてもいい仕事と言われている。落語ファンの数なんて人口の0.1%くらいだ。なくなったって世の中屁でもない。でもね、それに命をかけて、間がどうのこうの、リズムが、与太郎のギャグがなんてどうでもいいことに人生を賭けているのが落語家だし、それがかっこいいと思っているし、それを応援してくれる人々が少なからずいる。
歌謡曲だって興味ない人からすればくだらないと言えばくだらないよ。私は昭和歌謡博士だから昔の歌は聴くが今の歌は、からきしわからない。でもその歌に元気づけられたりしている人が沢山いるんだ。
くだらなくて何故いけない。くだらないものだからこそ続いてきたんだし、素晴らしいんだ。
なんてったってアイドルなんてモーツァルトに比べたらあんなくだらない歌はない。だから凄いんだ。
ジャズだってロックだって当初は、クラシック音楽から見れば低俗だと言われた。でもグレンミラー、ビートルズがベートーベンやシューベルトより劣るのか?
おっと、また長くなった。ごめんね、キョンキョン。

私は、立川志らく氏の意見は、小泉今日子さんの発言の直接的なコメントとしては論点がずれていると感じました。氏の意見は、要約すると、芸事というものは本来「くだらない」とされている。実際に何か形ある有益なものを生み出しているわけではなく、その価値は、人々の心に働きかけるところにある、ということだと思います。これは、小泉今日子さんの先の対談における意見表明である「テレビバラエティ番組の制作における旧態依然としたコンプライアンス軽視の態度のくだらなさ」とは異なる文脈です。どう思いますか。

ChatGPT
あなたの指摘は正確です。立川志らく氏のコメントは、小泉今日子さんの「くだらないから出演しない」という発言とはやや異なる文脈で捉えられています。小泉さんの発言は、特定のメディアの制作態度に対する批判であり、くだらなさが旧態依然としたものであるとの主張が含まれています。
一方で、立川志らく氏は芸事やエンターテインメント全般が「くだらない」とされる一方で、その中に人々の心に働きかける価値があると述べています。これは、芸術やエンターテインメントが単なる有益な情報や物理的な成果だけでなく、感情や共感を生み出す重要な要素を持っているという視点です。
したがって、二人の発言は異なる文脈やアプローチから同じ言葉「くだらない」にアプローチしていると言えます。それぞれが異なる側面や意味を強調しており、両者の発言には独自の視点が含まれています。

あなた
以下に提供するのは、最近のラジオ番組における明石家さんまさんの発言を取り上げたネット記事です。

明石家さんまが20日深夜放送のMBSラジオ「ヤングタウン土曜日」に出演。松本人志についてコメントした有名人が批判される状況を憂慮した。
フリートークの中でさんまが覚えた「ダンス」が〝ズレている〟とアシスタントらから指摘された時のこと。
さんまは「ズレてこそや、アホ! そんな今の時代に合わせてられるか!」と唐突に一喝。続けて「今日もな、ディレクターが今、吉本のコメントでいろいろあって『なんか言うとバーッと叩かれて、えらい落ち込んでるんですよ、〇〇が』とか言うてんねんけど。『僕らは見てて〝よう言ってくれた〟と思うやつが集中攻撃受けて、えらい本人落ち込んではるんです、われわれ時代ズレてるんでしょうかね?』って(言ってた)」と回想した。
その問いにさんまは「うん、ズレてるよ」と返したそうで「もうね、われわれテレビ世代、こうして生きてきて、ズレてんねんて。ただ、俺はズレたまま生きたいねん。ズレたままでしか生きられないと言うた方が正しいねんけども。ここまで来たらズレたまま生きたいやん。この世間の流れに合わしてる場合じゃないし」とさばさばと語った。

私が思ったのは、明石家さんまさんのこの発言は、まさにパフォーマーとしての気持ちを表現したものだと思いました。個々の芸人の持つそれぞれの「くだらなさ」が受け手にとって喜ばれている限り、その芸人は活躍の場があり続けるが、その「くだらなさ」が社会通念に照らして許容できないという声が大きくなれば、その芸人の仕事は次第に減り、引退していくのだと思います。いずれにしろ、芸人は生き方を変えることは期待されていないのではないか、というのが私の考えです。

ChatGPT
ご指摘の通りです。芸人やエンターテイナーは、その独自のスタイルや「くだらなさ」が受け手に喜ばれている限り、その活動を継続することができます。彼らの個性やユニークなアプローチがファンや支持者に支持され、その結果として成功を収めることがあります。
ただし、社会通念や価値観が変化する中で、一部の人々からは受け入れがたいとされる表現や言動がある場合、その芸人の仕事が減少し、引退することもあります。時には社会的な変化に対応しつつ、新しい形での表現や活動を模索することも求められるかもしれません。
一方で、ファンや支持者にとっては、芸人が変わらずに自身のスタイルを守り続けることが望ましいと感じる場合もあります。そのため、芸人が生き方を変えることが期待されない一方で、柔軟に新しい挑戦にも取り組むことが求められる、というバランスを保つことが重要です。