見出し画像

メタバース時代のアンセム Official髭男dism『Universe』歌詞解釈

『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争 2021』主題歌として書き下ろされた楽曲。映画は延期になっていて、ようやく今春に公開が決定したので、またこの曲を聴く機会が増えるかもしれません。

タイアップから逆算して発想の源を想像してみると、テーマは「宇宙」と「少年期」かなと思いました。英語では他にspaceやcosmosがありますが、『Universe』は語感もいいし、「世界」という意味もある。期せずして「メタバース」が喧伝される昨今、まやかしの仮想世界に対抗するメッセージ性も持ち得ています。

描き方は、流れのある物語ではなく、一枚の絵画のようなイメージです。夜の早い時間、公園にひとりぼっちで空を見上げる少年の姿。彼に向けて、優しく語りかけているのは成長した彼自身です。

まるできらめく星空のようにスタッカートが繰り返される、きらびやかで華麗な曲調の中に、ひとり少年がポツンと置かれている切なさも感じます。

歌詞の表現スタイルを見ても、類義的あるいは対義的な単語をペアにして、夜空に瞬く星々のように散りばめていて、それらをつなぎ合わせて自分だけの星座を見出していくという内容です。これは少年期の自我の確立のメタファーになっていて、暖かい眼差しによる自己肯定のメッセージが伝わってきます。

(1A)
未来がどうとか理想がどうとか
ブランコに揺られふと考えてた
まぶたの裏浮かんだハテナ
僕は僕をどう思ってるんだろう?
(1B)
嬉しい悲しいどっち?正しい間違いどっち?
夕陽に急かされ伸びた影見つめ
公園にひとりぼっち 砂場の解答用紙
しゃがんで分かるはずなくても探した
(1サビ)
0点のままの心で暮らして
笑って泣いて 答えを知って
満天の星の中僕の惑星
彷徨ってないで こっちへおいで
涙とミステイク 積み重ね 野に咲くユニバース
ただひとつだけ

(2A)
未来はこうとか理想はこうとか
心に土足で来た侵略者は
正義だとか君のためだとか
銃を片手に身勝手な愛を叫んだ
(2B)
嬉しい悲しいどっち?正しい間違いどっち?
主役を奪われ途切れた劇のように
立ち向かう逃げ出すどっち?答えを決めるのはどっち?
本当は 分かってるんだけどね 不安で
(2サビ)
0点のままの心を覗いて
悩んで泣いて時間になって
暗転した舞台明かりは灯って
怖がってたって 傷ついてたって
世界は回っていく 拍手も声もなく未来は
ただ流れてく
(C)
星空を見ていた 茶色くなる掌
ブランコに揺られ はしゃいでる姿は
面倒と幸せを行ったり来たりしてジグザグに散らばる僕の星座
重ねた日々は遠くの惑星だ
思い出し忘れて めぐる過去の向こうから 君は
(3サビ)
暗い心にやって来た流星
笑って泣いて 答えを知って
満天の星の中僕の惑星
彷徨ってないで こっちへおいで
今日は帰ろういつの日も野に咲くユニバース
ただひとつだけ


とにかく曲とアレンジと歌唱が素晴らしく盛り上がるいい曲ですが、そこに載った歌詞にも工夫が凝らされています。

(1A)は、この歌の中に「成長した僕自身」の存在を感じさせます。「僕は僕をどう思ってるんだろう?」という設問は、ある程度の人生経験を経ないと生まれ得ない概念だと思うからです。

(1B)のように、幼い頃は「どっち?」と問われても、それを比較して選択できるほどの体験がないので答えに窮してしまう。大人たちは、そうした子どもの事情をわからないから、態度をはっきりしなさいと迫ってくる。答えを急かされ探してしまう子どもの心を、言葉を獲得した今の「僕」が弁護しています。

(2A)はパターナリズムの嫌なところをズバリと突いていますが、「銃を片手に」はグローバルな暴力を連想させてギョッとさせられます。この歌はこういうところで社会と地続きになっているとも思います。

(C)「茶色くなる掌」は、「ブランコの鎖を握りしめたので、鉄錆の汚れが掌について茶色くなった」の意だと思います。これは実際に体験した人じゃないと伝わらない表現です。確かに子供の頃、ブランコや鉄棒を握った後は、掌は茶色くなって錆臭い匂いがしました。

住んでいた地域にも依るでしょうが、藤原さん世代でも公園に遊具があったのですね。子どもは汗っかきだし、ライブ映像をみても特に藤原さんはそのようで、観念的な記憶を基にした歌詞の中で身体記憶をふっと挿入してくるところが斬新です。

そして(1サビ)(3サビ)で発見があったのは「僕の惑星」でした。ここはさらっと「地球」のこと、と解釈してもおかしくはないところですが、深掘りして考えてみました。

「満天の星の中」で自分はどこに居るのだろう?と想像した時、自身もまた輝きを発する星(恒星)のひとつに例えたくなりそうなところを、あえての「惑星」。惑星 (planet)の語源はギリシア語の『プラネテス』(「さまよう者」「放浪者」)です。

『チ。地球の運動について』2巻より、火星の運動にまつわるコマをいくつか。

スクリーンショット 2022-01-26 10.16.48

スクリーンショット 2022-01-26 10.17.17

スクリーンショット 2022-01-26 10.17.38

スクリーンショット 2022-01-25 20.56.21


恒星と異なり、惑星は太陽系で公転運動をしているので、その動きがフラフラと惑っているように見えるのです。これを少年の心の動きになぞらえた、巧妙で美しい比喩だと思いました。そのあとの「彷徨ってないでこっちへおいで」という暖かい呼びかけも含めたこの2行は、(1サビ)(3サビ)と繰り返されていてお気に入りのフレーズです。

そうした理系的なニュアンスを感じながら聴くと、(2サビ)「世界は回っていく 拍手も声もなく未来はただ流れてく」という写実的な描写にも厚みと深みを感じます。

そしてやっぱり「野に咲くユニバース」。『世界に一つだけの花』の歌い出し「花屋の店先に並んだ」という、社会的な価値観を前提としたオンリーワンではなく、絶対的なユニバースという自己肯定感。アンセムも時代により表現が変化していくものです。