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彼岸と此岸の日記

3ヶ月間隔で婦人科にかかっている。
去年再発して手術をした肺気胸という病気の原因が、
子宮内膜症である可能性が高いと診断されたからだ。
その時からずっとホルモンを調整する薬を服用していて、その薬の一度に処方出来る最大が90日分なので、
3ヶ月に一度病院に行く。
その間にも乳癌検査に引っかかったり子宮頸がん検査に引っかかったりしながら、その度にいつも老いていく自分とか、どこまでもついてくる女特有の煩わしさとかに
思いを馳せている。

何歳になっても婦人科の診察台に乗るのは慣れないし、乗るたびに気持ちが萎縮する。前回よりどこかが悪くなっていたらどうしよう、と思いながらなので余計に。
大きな病院なので、診察室は沢山あるが診察室の先は医師や看護師が行き来できるよう繋がっている。なので診察台で静かにしていると周囲の会話がうっすら聞こえてきてしまう。子宮に不調を抱える人、羊水検査について説明を受ける人、妊婦健診の人。
毎日毎日年齢も境遇も様々な女性達がここに来ているんだろうな、なんてことを考えながら天井を見ていた。

そんな中、診察中に患者さんからの電話を受けた助産師さんのハキハキした声が響き渡る。
「◯◯さんですね?陣痛が来てお電話くださったんですね、今どうですか?痛みは何分感覚ですか?5分間隔になってどれくらい経ちます?痛む時は話すのもしんどい感じ?うんうん、そうね辛そうね。もうこちらに来ちゃいましょうか。今から支度してタクシー呼べますか?うん……わかりました待ってますね、お気をつけて」

カーテンで仕切られた診察台のこちらで、役目を終えつつある子宮の具合を診てもらいながら、私までドキドキしてくる。

今日これから生まれてくる赤ちゃんがいるのか!

付き添いやお見舞いが制限されている今、一人で陣痛と出産に臨むのは不安だろう。
どうかスルッと無事に生まれてきますように。
診察台の見知らぬおばさんからも無言のエールを送らせてもらう。

薬局で薬を受け取り、スーパーに寄って帰宅する。
昼食をとってダラダラしてしまう前に玄関先を軽く掃除しようと思い、散ってしまった木香薔薇の花を掃き集めている時だった。
大きなシートがかけてある夫のバイクの下で、野良猫が眠るように息絶えているのを見つけてしまった。
ハエが乱れ飛ぶ。
心臓がギュッとなる。

わたわたと急いで掃いた枯葉をまとめて家に入る。
どうしようどうしよう、と思いながらも区のホームページで然るべき窓口を見つけ電話をかけ、事情を伝えた。
職員の方が数時間以内に引き取りに来てくれるとのことでホッとする。こちらから尋ねたわけではないけれど、通常の収集ゴミとはきちんと分けて回収し火葬します、とのことでさらにホッとする。

ホウキの先が身体に触れても微動だにしない横顔を見た途端、動転して咄嗟に手を引っ込めてしまったけれど、あれはいつもこのバイク置き場のすぐそばの窓の所で日向ぼっこをしていた猫だと思う。
窓の内側で大興奮しているうちの猫のことなど眼中にない様子で、チラッと一瞥して昼寝を続ける堂々たる態度と野良猫らしからぬ毛艶とガタイの良さから、わが家で勝手に「先輩」と呼んでいたあの猫に違いなかった。

先輩、さっきはビックリしたよ。
知らずに外掃除用のホウキで触ったりしてごめん。
でも確かにそこは人目につかなくて雨も凌げるし、他の猫やカラスからも見つからない良い場所だったね。
実際に今の今まで私も家族も近所の人も、誰一人気づかずにバイクの前を行き来していたよ。
先輩さすがっす。

先輩の自慢の茶トラの毛並みや美しいフォルムが傷んで壊れてしまう前に見つけてあげられて良かった。
バイバイ、先輩。

こうやって毎日毎分、世界では人が生まれたり死んだり猫が生まれたり死んだりしているんだろう。今日はたまたまそれが私のごく身近で起きた日なんだと思う。
生きている者が出来るのは、それらを静かに尊びながら迎えたり見送ったりすることだけなんだろうな。


誰のための鎮魂かと問われれば、遺体の回収の方を待つ間の、自分の気持ちを鎮めるために書いた文章に他なりません。








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