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「パリ、テキサス」私たちはこんなに愛に飢えてる

ヴィムヴェンダース監督の名作「パリ、テキサス」の2Kレストア版を映画館で観てきた。この映画を観るのは何度目か分からないくらいに観た。それなのに冒頭の砂漠のシーンでいきなり涙が溢れてしまった。

どこまでも広がる砂漠の中を歩くボロボロの姿の男。心を素手で鷲掴みにするようなライクーダーのソロギター。最後の一滴の水を飲み干して空のボトルを投げ捨てそれでも取り憑かれたように何かを目指して歩き続ける。ハゲタカが獰猛な目つきで男を見守る。

何度観てもそのシーンだけで私をノックダウンしちゃうのは男の「愛の渇き」だ。
男が目指すのは「パリ、テキサス」。男の両親が初めて愛を交わした場所。

このほぼ何も起きないシンプルなストーリーのロードムービーが全編で語るのは愛の不条理。気が狂うほどに激しく深く愛し合っているにもかかわらず、愛し合えば愛し合うほど幸せから遠ざかっていく皮肉。全てに疲れ果てて全てを投げ出して逃げてしまってもそれでもまだ愛を求め続ける渇きだ。

後半でミラー越しに語られる男女の物語は個人的に私が若い頃に経験した絶望的な恋愛の物語と重なるのかも知れない。それでここまで思い入れが強いのかな?それでも深く愛し合うほどすれ違っていく普遍的な男女の物語だ。

本当に私たちはみんな孤独なんだなと改めて思う。理解し合ったり愛し合ったりしていると思うのは全て思い込み、幻想であり、本当にひとつになんてなれはしないのだ。

でもひとつ良いことがある。それは本当にひとつになんてなれはしないのだけれど束の間に魂と魂が触れ合う瞬間が確かにあるということ。それが持続しなくてもその瞬間に確かに何かが生まれるということ。それが希望だ。

その瞬間が確かにあるからこそ私たちは諦めずに指先を相手に差し伸べるんだな。
その瞬間が私たちの心に焼き付けられる思い出であり温かい経験であり時には子供だったりもするのだ。その希望の為にまた私たちは砂漠の荒野を歩けるのだと思う。


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