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【おどろ木小学校の七不思議】第1話:伝承クラブへようこそ

窓から差し込んだ夕陽が廊下を照らし、摩耗したビニル床をてらてらと輝かせている。鮮やかなオレンジ色の光が、影の黒をより際立たせていた。
創立100年を超える”おどろ木小学校”は一度改築され、鉄筋コンクリート製になったものの、半世紀以上使い込まれたその校舎には、学校独特のミステリアスな雰囲気が漂っていた。

この学校に通う4年生の守谷志郎は、誰もいなくなった放課後の廊下を一人歩いていた。志郎はざわつく心を落ち着かせようと、震える手で眼鏡を直し、大きく息を吐いた。体がブルブルと小刻みに震え、呼吸が乱れる。緊張と興奮が混ざったような、これまでにない感情だった。

目指しているのは、西側階段の2階から3階途中の踊り場にある大きな鏡。

生徒達にあまり知られていないが、この学校には七不思議が存在する。
その中の一つが、今まさに訪れようとしている「知恵の鏡」と呼ばれるものだ。
17時35 分ちょうど、一人で鏡の前に立つ。すると鏡の中の自分から唐突に、問題が出題される。それを1分以内に答えて正解であれば、どんな質問にも答えてくれる…しかし失敗すると鏡の中に引きずり込まれ、二度と元の世界に戻れないと言われている。

志郎は「知恵の鏡」の存在を確信していた。
なぜなら、他の6つの七不思議が全て存在したからだ。

1週間ほど前のこと。学校の図書室に来ていた志郎は、偶然、ある本棚の最上段に目が止まった。その段には同じ背表紙で番号分けされた図鑑が並んでいて、本と本の間に何か、薄い物が挟まっているように見えた。気になった志郎は踏み台に登り、手を伸ばして引き抜いてみると、それは少し色あせた何の変哲もない一冊のノートだった。表紙には油性ペンで「おどろ木小学校七不思議の攻略法」と書かれており、持ち主の名前はどこにもない。ノートを開くと、中には

・この学校に存在する七不思議の詳細
・七不思議を体験する方法と順序
・1~6番目の攻略法、そして攻略すると現れる数字を6つ集めること
・7番目の攻略で、その数字が必要になること
・すべて攻略すると、この学校の秘密が明らかになること

などが記されていた。
そして最後のページには一言、「君は選ばれた、挑戦してみたまえ」と。

読み終えた志郎は、(…どうせイタズラだろう)と思ったが、その思いとは裏腹に、昂った血が全身を駆け巡っていた。

後日、もう一度詳しく見ようと、志郎は再び図書室を訪れた。しかし、もうそこにノートはなかった。どこを探しても見つからず、念のため図書室の先生にノートの所在を尋ねてみたが、そんなものは知らない、存在しないと言われるだけであった。
それ以来、七不思議が頭から離れない志郎は、記憶を頼りに最初の七不思議を試してみることに。…そして攻略ノートの内容が真実であると知る。

次の日から、志郎は本格的に七不思議攻略をスタートした。攻略ノートに書かれていたことは全て真実で、恐怖することもあったが、なんとか1~6番目を攻略して「2・4・7・4・2・3」という6つの数字を手に入れた。

そして今、最後の七不思議「知恵の鏡」の前に志郎は立っている。
鏡には、小柄で、丸眼鏡をかけた自身の姿が映っていた。顔が緊張で引きつっている。

時刻はちょうど17時35分となった。
突然、鏡に写る自分の表情がガラリと変わり、志郎の声で。
「手に入れた数字を意味の成す順に並べて、鏡に記せ!」
唐突な問題に焦る志郎。分かっていたとは言え、焦りが思考を硬直させる。腕時計で時間を確認すると、すでに10秒ほど経過している。
(意味の成すって…数字の読み方で言葉を作るってことか?いや他の文字に変換する?それとも並び替えると意味のある数値に?)
考えが交錯する中、志郎は直感的に1つの解答に気付いていた。
(これでいいのかな?でもこんな微妙な…やばいもう時間がない!!)
志郎は急いで鏡に息を吹きかけ、白く曇った部分に指で数字を書き込んだ。

7・2・4・2・4・3(七不思不死身)

数秒の時間が流れ、鏡の中の自分が言った。
「正解だよ」

次の瞬間。鏡の中から現れた手が志郎の手首を掴み、強引に鏡へ引き入れようとする。慌てて振り払おうとしたが、体勢が崩れて上手く力が入らない。志郎は前屈みで倒れ込むように、鏡の中に飲み込まれてしまった。
水面にそっと顔を付けた時のような感覚が全身を流れていき、志郎は四つん這いに倒れた。目を開くと、目の前には暗闇が広がっている。気が動転した志郎は、起き上がると同時に後ろに後ずさる。すると、大きな何かに行く手を遮られた。志郎が振り向いて確認すると、それは壁のようで、すぐ隣には『知恵の鏡』と全く同じものが取り付けられていた。鏡面には学校の階段が映っていて、薄明かりが漏れている。とっさに手を伸ばすと、外に繋がっているようだった。しかし飛び出そうとする寸前、……志郎は止まっていた。
志郎を鏡に引きずり込んだ存在は、何をするわけでもなく、気配は全く感じられない。志郎は外に出した手をゆっくりと引き戻し、周囲に目を凝らした。沈黙の中、心臓だけが破裂しそうなほど拍動している。
鏡の中は部屋のようになっていて、壁も床も木製であった、そしておかしなことに、志郎が倒れた床には体育で使うようなマットが敷かれていた。
段々と暗さに目が慣れてきた。見渡してみると、そこは教室ほどの広さがある部屋で、いくつもの棚が狭い感覚で並んでいた。棚には紙の束や本、袋や箱が乱雑に収められているように見える。志郎は棚に近づいてみた。
歩くと木の床が軋む音が響く、そして部屋が埃臭かった、よく見ると置かれている本には埃がびっしり溜まっている。棚には本の他にも、水晶玉や、植物の枝、人間ではない腕のミイラのような物まである。

(え?…もしかして秘密ってこれのこと?)
志郎は少し納得いかない顔で、腕のミイラに触ろうとした…その時!!

「ねぇ君、早くこっちにおいでよ!!」
突然部屋の奥の方から少年の声が響いた。志郎の体がビクッと反応する、治まりつつあった心臓の鼓動が再び激しくなる。
(ヤバイどうしよう?誰っ?鏡から逃げようか?)
頭の中で脳が慌ただしくリスク回避を要求している、しかし心が、真実を知りたい好奇心が逃げ出すのを止めていた。志郎はゆっくりと、なるべく床が軋まないように部屋の奥へ進んだ。鏡と反対側の壁までくると、一枚の扉があった。扉からは少し明かりが漏れていて、中から音はしなかった。志郎はドアノブを回して、ゆっくりと扉を開き、部屋を覗き込んだ。

「ようこそ『伝承クラブ』へ、君は選ばれた!!」
(え?!)
部屋の真ん中の丸いテーブルに肘をついた男が、明るい声で話しかけてきた。見るからに性格が良さそうな爽やかイケメンという感じで、ニコニコと微笑んでいる。男は志郎に手招きで入室を促す。
(あれ?この人…名前は知らないけど、見たことあるぞ…この学校の生徒だ!)
部屋に足を踏み入れてみると、そこは小さな部屋で、大正モダンといった感じのしつらえになっている。部屋には、他にも二人の同年代の生徒がいた。
一人はソファーに寝そべって、本を読む男子で、こちらに手を振っている。短髪に、地黒の肌がいかにもスポーツ万能という印象を受ける。
(この人は5年生だったかな…)
そしてもう一人は壁にもたれかかっている女子、気が強そうな美人で、髪は茶髪、面倒くさそうな顔でこちらを見ている。
(この子は話したことないけど、同じ学年で別クラスの子だ!!)
「さーっ、まずはそこに座ってよ、話をしよう!!」
志郎は言われるがまま椅子に腰を下ろした。
「まずは自己紹介から僕は6年生の佐伯康介だ、ソファで寝てるのは5年生の司馬龍之介くん、そこの彼女は4年生の三島穂乃果さん。…そして君は同じく4年生の守谷志郎くんだね」
「…はい」
「コングラッチュレーション!!よくぞ試練を乗り切った!!」
佐伯の拍手が静かな部屋に響く。
「これで君は、由緒ある我ら『伝承クラブ』に入る権利を手に入れた!!」
(え!?…伝承クラブ?何それ?)
「あの何のことか…僕さっぱり…」志郎は状況が掴めず困惑していた。
「君は選ばれたんだよ、新たな伝承クラブのメンバーに!」
「選ばれたって…どういうことですか?」
「君は図書室で、これを見つけたんだろう?」
佐伯は机の上に、志郎が図書室で見つけた攻略ノートを差し出した。
「あっ!」
「このノートはね…適正のある人にしか見つけられないようになってるんだ、そして君はノートの攻略法に従って見事、この伝承クラブにたどり着き試験に合格したのさ」
志郎は何と言っていいかわからず、固まっていた。佐伯はお構いなしに話を続ける。
「僕たちもかつて同じように選ばれて、ここにたどり着き、伝承クラブのメンバーになったんだよ」
少し間が空き、志郎は思いきって尋ねてみた。
「あのっ…伝承クラブって何ですか?」
「それはクラブに入らないと教えない!」
「えええぇぇぇぇぇぇぇっ!」
あまりの即答に志郎は心の声が漏れ出した。
「申し訳ないけど、これは決まりなんだ。ここにたどり着いた人は皆同じ反応をするよ、もちろんの昔の僕もね」佐伯は過去を懐かしむように笑う。
「まぁー…だから君が今何を考えて、どんな疑問を持ってるかも分かる。だから手っ取り早くまとめて説明しよう」佐伯は続けて言う。
「伝承クラブとは何か?何をしているのか?これまで体験した出来事は何だったのか?それらの疑問は、君が伝承クラブのメンバーになると誓ってくれないと、何一つ教えられない。君にはもちろん、拒否する権利があるし、今すぐ帰ってもらっても構わない。でもその場合、この場所で僕たちに会ったこと、そして七不思議に関する記憶は全て消える」
「消えるっ!?」
「僕には分ってるんだ、君が伝承クラブに入るしかないってことが…そういう類の人しかそもそも選ばれないからね。だから誓ってくれないか?伝承クラブのメンバーになることを」
志郎は黙り込んだ。そして考えていた。
(記憶を消すって…まさかそんなこと…いやこれまでの出来事を考えると嘘とは言い切れないか。でもっ…得体の知れない、こんな怪しいクラブに入るなんて危険すぎる。あぁ~でもなー…最後の最大の謎を残したまま全て忘れるなんて…)
志郎が顔を上げると、佐伯と目が合った。佐伯の表情は全てを見透かしているように思えた。志郎は観念して大きく息を吐いた。
「わかりました、入ります」
「素晴らしい判断だ。ではもう一度聞くよ。守谷志郎っ!君は伝承クラブに入ると誓うか?」
「…はい!」
(うぇっ…なんだっ)
返答した瞬間、志郎は体の中に、何かが侵入したような気持ち悪い感覚を覚えた、口の中に変な味が広がったような気がする。でもそれはすぐに収まった。
「いやーよかったよかった。諸君、新しいメンバーの誕生だ」佐伯が振り向いて嬉しそうに、他の二人に伝えた。
「ドンマイ、まぁー…何とかなるさ」志郎を見ながら、司馬が適当に応じる。
「あぁ~あ…」三島はこっちを見もしない。
(え?何その反応…)
突如、志郎の心に不安が芽生えた。
「あのっ…伝承クラブって何をやってるんですかっ?」
「活動内容は大きく3つに分けられる。1つ目は、おどろ木小学校固有の七不思議を守り、広める事。2つ目は、学校の内外で発生した噂を調査、要観察すること」
ポカンとしている志郎に、佐伯が問う。
「ではここで問題です。守谷くんが体験してきた七不思議に、我が校固有の七不思議はいくつ含まれているでしょう?」
志郎が答えられずにいると。
「正解はたった一つ、『知恵の鏡』だけなんだ!!今この学校で広まっている七不思議の大半は、外からもたらされた、言わば外来七不思議だったのです!!」
志郎は驚いた、そしてワクワクもしていた。
(固有の七不思議とは!?)
佐伯は志郎の反応を楽しむように続ける。
「七不思議っていうのは、人の妄想や噂話で生まれる怪異の類で、それがあるがゆえに存在でき、忘れ去られたが最後…消滅してしまうんだ。だからそうならないように、我が校の七不思議を守って、噂を広めるってのが1番大事な活動だね」
「それで、3つ目はどんなことを?」
「ん?」佐伯はとぼけた顔をしている。
「大きく分けて3つあるって…まだ2つしか聞いてないです」
「あぁ〜…似たような感じだよ」
(え?急に適当になったぞ…)不信に思った志郎は聞いた。
「3つ目は何を?」
しばらく沈黙が流れた後。
「仕方ない…」佐伯が白状した。
「最後の三つ目はね…肥大化して実害を及ぼすようになった噂や伝承から生徒たちを守ること!!」
「……………んっ?!守る?」
「うんっ!!それについては、また今度話そう!!」
佐伯は笑顔でそう答えると、立ち上がり、おもむろに帰宅の準備を始める。
司馬と三島もそれを見て、ささっと準備を済ませ、志郎に別れを告げて、先に部屋から出て行った。
「いやちょっと待ってください、守るって?」志郎の頭に、七不思議で体験した恐怖が蘇る。
「それって危険なんじゃ…」
佐伯は志郎の肩に手を置いて。
「心配しなくていいよ、そんな事は稀だから。現にここ数年、起こってないから」
続けて聞こうとする志郎を拒むように、佐伯はドアに向かって歩き出す。
「あっ!!…最後電気消しといて。帰り方は…わかるよね?」
納得いかない表情の志郎を見て、佐伯は続ける。
「とりあえず今度また話そう、色々教えないといけないから。日時は追って連絡するよ!!」そう言い残して、佐伯はドアを閉じた。

志郎は、しばらくその場を動けずにいた。

(1話目完)





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