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【おどろ木小学校の七不思議】第ニ話:伝承クラブからの来訪者

もうすぐ12時になろうかという、4限目の中頃。
守谷志郎は憂鬱な面持ちで、算数の授業を受けていた。給食まであと僅かということもあり、内容が全く頭に入ってこない、志郎は時間が全く進んでいないような感覚に陥っていた。周りも同じようで、静まり返った教室には先生の声と、黒板にチョークを打つ音だけがお経のように響いている。
おどろ木小学校七不思議の真相、そして伝承クラブと衝撃の連続だったあの日から、すでに一週間が経とうとしていた。あの時は、得体の知れないクラブの一員になってしまった戸惑いと不安で一杯だった、でも今では、どこか期待してる自分がいることを志郎は自覚していた。
一週間の間、教室にクラブのメンバーが訪ねて来てはいないか?何か身の回りにメッセージは届いていないか?ずっと神経を尖らせていた。しかし、近いうちに会おうと言っていた佐伯から、連絡は一向になかった。
先生の板書を後方の席からボーっと志郎が眺めていると、誰も授業を聞いていないことを察してか、先生が突然。「えー…では、この問題を」黒板の計算問題を解かせようと、獲物を探し始めた。教室に緊張が走る。
志郎は咄嗟に先生から目を逸らした、意思というよりも条件反射に近い行動だった。眼鏡を直すフリで、何とか誤魔化そうとしていた時、志郎は偶然、目線の先の違和感に気がついた。
閉じていたように思った黒板側の扉が、少しだけ開いているのだ。そして、その隙間が徐々に広がっているように見える、志郎の席から扉を操作しているような人物は確認できない。
体を横向きにすればギリギリ通れるほど開いた所で、悪寒が志郎の四肢から首筋へと伝わっていった。それは志郎が体験した七不思議に共通する感覚だった。何かがヌルっと教室に入る気配を感じる。
志郎が息を呑んで、扉の方を凝視していると。「それじゃー…守谷!!この問題を解いてみなさい」先生に名前を呼ばれ、志郎は驚いて立ち上がる。ただその目は、教室に侵入した”何か”から離せずにいた。
前方に座る生徒達の合間から、姿はよく見えないが、確実に小型の生物が、教室の床を中央に向かって歩いていた。
「守谷?」教室の注目が、志郎に集まっている。
謎の生物が先生の近くまで到達した次の瞬間、それは身軽にも教卓の上に飛び乗った。その全貌を見て志郎は目を見開いた。
(人面犬!?)
おそらく犬種はパグと思われる薄茶色の胴体に、人間…オッサンの顔がついている。人面犬はしかめっ面で教室を見回し始めた。驚いたことに、他の誰も、この異常事態に気付いてないようだった。沈黙の中、人面犬と志郎の目が合った。
「お前か…」への字口から、唸るような声が漏れた。
人面犬はそう言いうと、教卓から飛び降りて志郎の方へガニ股で近づいて来る、志郎は呆気にとられたまま、動けないでいた。志郎のただならぬ様子を心配して。
「大丈夫か?守谷。…もういいから座ってなさい」先生が着席を促した。
志郎がゆっくり腰を下ろすと、人面犬はもう志郎の足元まで来ていた。そして志郎を横目で見上げながら、面倒くさそうに言う。
「伝言だ。本日の放課後、伝承クラブの活動を行う!メンバー全員、部室に集合!!…以上」
目の前の怪奇現象と、聞いた内容を繋ぎ合わせるまでに数秒を要したが、志郎は伝承クラブと聞いて、全て腑に落ちた。
(まさか!?こんな方法で!!)
待ちに待った連絡であったが、志郎は改めて非日常の世界に足を踏み入れていることを知った。そして人面犬はまだ足元にいた。
役目を終えて帰ると思いきや、その場に座り込んで時折、肩越しから志郎と目を合わす。志郎はどうしていいか分からず困惑した。
とりあえず了解の意を示そうと、お腹の前でグーサインを出してアピールしてみる。すると。「何やそれ」オッサン顔のパグが真顔で言う。
「いやお前…そうじゃなくてやな~」呆れた様子でそう言うと、手の平を差し出すように、右前脚を出してきた。いやらしい顔をしている。
なんとなく意味を理解した志郎は、ポケットや引き出しを漁ってみたが、あげられるような物は何もなかった。周りを気にしながら首を横に振る。
「ちっ…これだから新人はよ~」人面犬の眉間にシワが寄って、嫌なため息を吐いた。しばらく思案していたかと思ったら、唐突にゴロンと横になって、お腹を差し出してきた。表情が「撫でろ」と言っている。
(え?!嫌なんだけど…)志郎が躊躇していると、人面犬が迫るように唸った。観念した志郎は、なるべく目立たないよう、足元へ手を伸ばし、恐る恐る人面犬のお腹を撫でた。
「ぐふふふ…ぐふっ、やめろや~」満面の笑みである。
「もう少し強めで」志郎はもうヤケクソで激しくお腹を撫でた。人面犬は発狂したように叫び、喜んでいる。腕の筋肉がどんどん疲弊していくのを感じながら、志郎は早く終わることを願って、ひたすら撫で続けた。すると人面犬は突然、我に返ったように立ち上がり。
「もうええわ」恥じらいの表情でそう言うと、満足そうに教室を去って行った。
人面犬が出た行ったことを確認し、志郎は安堵して顔を上げると、隣の女子が不気味なものを見るような目で志郎を見ていた。

放課後。
志郎は学校西側の階段を上ったり、下ったりしながら、2階-3階踊り場にある『知恵の鏡』付近に人気がなくなるのを見計らっていた。なかなかタイミングが合わず焦りが募る。鏡の中に入ろうとすると足音が近づいてきたり、物音がして断念する状況が続いていた。
警告されたわけではないが、伝承クラブが誰にも知られてはいけない秘密のクラブであることは察していた、ゆえに最大限慎重を期していた。
人目はないか最終チェックを済ませ、志郎はようやく『知恵の鏡』の鏡面に触れた。鏡面に波紋が広がり、水面に触れているような感触に変わる。どうやら問題を解く必要はもうないらしい。志郎は伸ばした手から順に体を潜らせ、鏡の中に入った。
物置として使われている前室に足を踏み入れると、奥から話声が耳に届いた。いつの間に他のメンバーが鏡を通っていたのかと驚きながら、棚と棚の間を通って、奥の部屋に急ぐ。ドアノブを回して、部室に入った。
「すみません、遅れました」
「遅い!!」同級生の三島穂乃果が鋭い視線を志郎に向けた。部室にはすでに6年生の佐伯、5年生の司馬も揃っていて、革張りのソファに腰を下ろし、志郎を待っていた様子だった。突然の叱責に動揺する志郎。
「でっ…でもなかなか人が」
「人の流れを見極めてタイミングよく入るのよ。ちょっと見られたところで誰も入ってこれないし、後からいくらでも誤魔化せるんだから」
三島の剣幕に志郎は言葉を詰まらせる。志郎の苦手なタイプだった。
「まぁーまぁー、守谷くんは新入りなんだから。さぁー突っ立ってないで座って座って。ところで人面犬のサプライズはどうだった?ビックリした?」仲介に入った佐伯がウキウキした顔で聞いてきた。志郎はソファに腰を下ろして。
「いや…ビックリっていうか…お陰で明日から変なあだ名がつくかもしれません」
「だははははははははははっ!!」佐伯は腹を抱えて笑いだす。
「それでこそ伝承クラブのメンバーだ!!普通の状況下で、生徒や先生達は”彼ら”を認識できないからね」そう言うと佐伯は胸に手を当て、キメ顔で。「どうも私、同級生の女子から”変人佐伯”と呼ばれております!!」
突然の告白に、志郎は恐怖した。一見女子にモテそうな容姿の佐伯にそんなあだ名が!?
「では本題に入ろう!!守谷くん。早速で悪いけど、今日から君も伝承クラブの活動に参加してもらいたいわけだが」
急な話題転換に志郎は姿勢を正した。
「君には我が校”固有の七不思議”の一つを任せようと思っている」
「え?!…いきなりですか?そんな重要な七不思議を…ボクが!?」
「実は諸事情あって、その七不思議だけ誰も担当してない状態なんだ。むしろ新人が適任とも言える」
黙って話を聞いている司馬と三島が憐れむような微笑を浮かべている。佐伯はそれを諌めるように二人を睨んだ。そして話を戻して。
「では発表します!!君が担当する七不思議…その名は『トイレの泰子さん』です!!!」聞き間違いかと志郎が確認する。
「え?泰子さん…ですか?」
「そう花子さんじゃなくて泰子さんね。とりあえず今から会っておいでよ、その方が手っ取り早い。案内は前任者の三島さん…頼んだよ」
「はぁー!なんで私が?」三島が嫌悪感をあらわに抗議する。
「やっと女子が伝承クラブに入ってくれて、適任者と思って任せたのに、最速記録で投げ出したのは君だろ。それぐらいやってくれてもいいんじゃない?」
三島はしばらく黙っていたが、結局反論を諦め、不満そうに立ち上がると。
「ほら守谷!!ボサっとしてないで、私に付いてきて!!」志郎はビクッと反応して、立ち上がる。三島はすでにドアを開けたまま退出していた。佐伯と司馬を振り返ると、二人ともゆっくりと頷いて従うように促している。
「早く!!!」志郎は慌てて三島を追い、伝承クラブの部室を後にした。

(2話目完)

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