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それは女が悪いのですか

 久々の投稿である。

 女友達が、Twitterで沈んでいた。男性という生き物全てに対して、悲観的かつ攻撃的な文章をぶちまけている。どうしたのかとネット越しに聞いたら、最近性犯罪の書き込みを目にするので、滅入っているという。かくいう彼女も、何度も男性に酷い目にあわされてきた一人である。

 断言しよう。よく痴漢やレイプに関して、『女が誘ってきた』とか『誘うような行動や服装が悪い』という人間が男女問わずいるが、はっきり言って間違いである。流行りに逆行して制服の裾を長くしていようが、ノーメイクだろうがパンツスーツだろうが、そういう男は襲う。むしろ狙ってくる。

 何故そう言い切れるかというと、私も被害者だからだ。一度や二度ではないからどれを話そうか迷うが、まあこの辺りが平和だろう。

 私は高校時代、吹奏楽部だった。同じパートを吹くAとは二人っきりで練習していた。その彼が私を見て言った。
「あれ、タンクトップ見えてね?」
 私は慌てて胸元を見た。タンクトップは前後が分かりづらく、時々そういう失敗をしていたのだ。
 私はトイレの個室に入り、タンクトップを直そうとした。が、その日は間違ってなかった。個室の扉を開けたら彼がいた。そしてそのまま壁に押し付けられ、私は服を脱がされそうになった。幸い彼が全力で抑え込む前に私は逃げた。

 襲う男の方が、女をエサ場に誘い込む事だってあるのである。被害を受けるのは派手な女ではない。気の弱そうな絶対に訴えない、学生なら先生に言いつけない、そういう女性だ。むしろジャラジャラと着飾った女性の方が、性犯罪者は近付かない。自己主張が激しいということは、被害をはっきりと訴える人間でもあるからだ。

 ではなぜ、世の中の一部は『女が誘ったから悪い』という言い分を通そうとするのだろう。その方が泣き寝入りしてくれて楽というのもあるが、男から見て【誘う】に近い何かが、実際にあるからである。

 それがパーソナルスペース。他者が入ると不快になるかならないかを示す領域である。

 日常でも感じた事がないだろうか、隣の席に人が座ると居心地が悪くなるとか、お互いの間に物を置きたくなるとか。これはごく親しい人間しか許したくない距離に、他人が入り込んだ時に起きる不愉快さだ。この範囲は男性の方が広いと言われている。
 つまり女性としては「これなら安心」と思っている距離を、男性は「親しい人しか入れたくない」距離だと思っているわけである。

 耐え続ける人間の脳内で何がおきるかというと、『苦痛』を『快感』と錯覚し始める。そして多くの男性にとって、女性は性的対象である。隣の席の女子を好きになる理論だ。もし男性に犯罪傾向があり、女性が見るからに弱そうであれば、『誘われた』と言うかも知れないし、笑顔なんて見せれば『相手にも好意があったはず』とのたまうかも知れない。

 つまり、見るからにたおやかで魅力的な女性は、男性のそばに寄らない方が良い、という説は間違いではない。ただし近付いたからといって即『誘っている』というのは、男の詭弁かバカな女の浅慮というものだ。

 さて例のA君であるが、その後も一緒に部活を続けた。さすがに襲われた翌日に普通に挨拶をしたら、「お前、平気なのかっ!」とえらく驚いていたが、大声で「だって、あんなん気にしとれんもん!!」と言ってやると、渋い顔をしていた。
 それから言いつけるでもなく、避けるでもない私を見て、性的な好意が家族的な好意に変わったらしく、色々と人生相談を持ってくるようになった。
 私だって怖くなかったわけではない。ただ私には味方になる大人が一人もいなかったので、自分なりに剛毅な態度を見せつける戦いに挑んだだけである。

 この時は私が勝利したが、誰でも上手く行く方法ではない。とにかく襲われたら場合によっては産婦人科、そして警察に家族、職場や学校。頼れる人数を最大限に増やして利用して、相手を糾弾するのが一番賢い。たとえ何があろうとも、『暴力をふるった人間が悪い』のだから。

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