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第3話「マジ神~」

 前回少し紹介したように私の父はイスラム教を信仰しています。母は父との結婚を機に、イスラームに改宗しました。

 イスラームにおいては、ムスリムの両親から生まれた子供は生まれつきムスリムとなります。そのため、私はいわゆる「ボーンムスリム(生まれながらのイスラム教徒)」です。

 今回は、「神」をめぐるわだかまりを書いていきたいと思います。

わだかまり「マジ神〜!」

 最近、日本の若者の間で「神(かみ)」という言葉がとても軽く扱われているように感じます。実際に、私が大学生のときにゼミのBさんとしたやりとりを例に上げてみましょう。


Bさん「来週のテストどうやって勉強してる?」
私「あーなんか自分なりにノートにまとめてるよ」
Bさん「さすがだね、私全然授業聞いてなかったからさー(笑)」
私「じゃあ、今度見せようか?参考になるかわからないけど」
Bさん「え、いいの?マジ神~!!ありがとう!!!」


これを見る限りでは、言った人は「神」を褒め言葉として使っているのがわかります。実際、相手を「神」のように尊くリスペクトしていて、感謝を表したいのも伝わってきます。
 ただ、後で見るように、この表現を聞くたびにわだかまりが生じます。

若者言葉としての「神」 

 もともと日本語でも「神業(かみわざ)」という言葉は使われていました。ただ、神業は「神のしわざ。また、そのような超人間的な技術や行為」とされるように、日常的な表現というよりは、かなり限定して使われていたのではないかと思います。

 いったいこの日常的な褒め言葉としての「神」という使い方はどこからやってきたのでしょうかか。ググってみるとAKB48の人気メンバーを形容した「神7(かみセブン)」がきっかけという説があがってきましたが本当かどうかはわかりません。とにかく平成20年ごろからこの「神」という言葉は若者の間で安易に乱用されてきたようです。 

 他にも、相手の気遣いや思いやりを「神対応」と称えたり、トップレベルに優れている人に対して「○○な神」、たとえばサッカー界の神、などと表現したり。また人間にたいしてだけでなく、「神アイテム」など優れた物にも使います。これらの表現はテレビや雑誌などのマスメディアでも聞き見することが増えました。こうした日常的な「神」の使い方から、「リスペクト」という意味が伝わってはきます。けれど、人間という超越した神の存在を確信している私にとって、この言葉はとても不快になる表現です。

私と「神」

 ボーンムスリムだからと言って、生まれたときから神を信じていたわけではありません。「神様」という言葉には触れてきたものの、はっきりと神様の存在を感じたのは5歳のときでした。私は母と父にとって第一子でした。当時は父のほかに出稼ぎで日本にきていたスリランカ人が多くいたので、みんなに可愛がってもらったのを今でも覚えています。大きくなるにつれて、私は「可愛い妹がほしい」と思うようになっていきました。父に「ねぇ、妹がほしいよー」と言うと、「神様に毎日お願いしてごらん」と返ってきました。当時の私は、神様は雲の上にいる感じがしていたのと、夜に輝くキラキラした星にも魅力を感じていたので、なんとなくのイメージで毎日夜空に向かってお願いごとをするようになりました。「かみさま、どうかおねがいします、わたしにかわいい“いもうと”をください、ちゃんとめんどうもみます、たくさんたくさんだいじにします、だからほんとにほんとにおねがいします」と毎晩祈りを捧げていました。

 その数ヵ月後、本当に可愛らしい妹が生まれてきました。私が神の存在を確信したときでした。神様は私の祈りを聞いてくれたんだ!と光と喜びが溢れ出すような感覚でした。もう嬉しくて嬉しくて、私は神様に何度もお礼を言ったのを覚えています。父と母が妹が生まれてくることを知っていたかはわかりません。たとえ知っていたとしても、生まれてきた妹を目の前にしたとき、それはもう愛おしくてキラキラと輝いた天使のような姿に、神様の力を感じられずにはいられなかったのです。それ以来、神様という存在を揺るぎなく信じて、生きてきました。
 

褒めているから良い?(何度でもいいます)


 「マジ神〜!」をはじめとした表現を相手を褒め称える言葉として使っている人に悪気はないのでしょう。言われた方も悪い気はしないと思う人も多いのかもしれません。だからこそ、この「神」という言葉の使い方は、あまり理解されないマイクロアグレッションワードのひとつなんです。 

 今のニュアンスで「神」が使われなくなる日が来るのだろうか。もうそんなの古いから!と言って新しい言葉を使う若者たちがきっとこの先に現れるとは思います。しかし、流れてしまえばいいのかというわけではありません。現時点で「神」という言葉はこれだけ広く用いられてしまっています。その度にムスリムである私は心の中でウッとなっています。

 率直にいえば、「神と人間を同列にするな」と感じます。これは、イスラム教徒だけでなく、神を深く信じている者(信仰者)なら思うことでしょう。私のように神を崇拝する宗教に所属していたら、尚更にこの言葉は受け付けがたいものになります。

おわりに


 世の中には神と人間を同列に考えない人たちがいます。それは神を畏怖し、尊敬しているからです。ムスリムは誰かを褒めるとき決まって言うセリフがあります。それは「 ماشاء الله マーシャーアッラー」という言葉です。日本語にすると「それは神様が望まれたこと、素晴らしい!」という意味になります。


 神を信じる人たちにとって神を軽く扱うような発言は神を侮辱するようにも聞こえることがあります。今ここでバシッ!と新しいフレーズをみなさんに共有できないのですが、いずれ何か代わりになる言葉が見つかるでしょうし、たとえ見つからなくても、相手を神にせずに褒めることは今からでもできると思います。
 今回の「マジ神~!」と同じように、マイクロアグレッションになるのが、日本で「宗教」が「ヤバいもの」という文脈や意味で、ジョークのように使われることです。これは次回、詳しく書いていきます。お楽しみに。


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