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ヘンスリー・ミューレンという男

1967年、カリブ海に浮かぶ種子島ほどの小さな島、
オランダ自治領キュラソー島で生まれたミューレンは
サッカーが盛んな地域だった事もあり
16歳まで野球とサッカーともにプレーを
して育ちました。

トリンテイツ高等学校を卒業した1985年、
アマチュアFAで
ニューヨーク・ヤンキースから指名を受け
入団すると
1989年8月23日のボストン・レッドソックス戦に
8番サードでメジャーデビューを果たし、3打数1安打の
成績を残します。

野球がそれほど盛んではなかった
人口16万人程度が暮らす故郷キュラソーは
この快挙にお祭り騒ぎとなり、
歴史に残る記念日として首相や政府関係者から
山のように祝電が届くと
身長190センチ、体重94キロのメジャーリーガーは
1991年も91試合に出場しました。

しかし名門ヤンキースのぶ厚い選手層の中で
コンスタントに出場する機会は得られず
5シーズンで打率2割2分1厘、12本塁打と
くすぶっていた大砲に千葉ロッテの関係者が
目をつけて交渉を開始、年俸4900万円で
契約がまとまると
26歳の若さで海を渡ってきたのです。

1994年、日本初のオランダ人助っ人として
千葉ロッテマリーンズに入団した
右打ちの大型野手は、本名「ミューレンス」ではなく
「ミューレン」を登録名とし
英語、スペイン語、オランダ語、ポルトガル語を話す
マルチリンガルな才能を武器に日本語もすぐに
習得しました。

練習中は流れている音楽に合わせて
ブレイクダンスを踊り、大声で日本人選手と
挨拶する陽気な助っ人は、家族が来日するまで
同期入団の助っ人マイク・ハートリーとともに
近所のスーパーへ出かけては食材を買い込み
自炊生活を続ける庶民的な一面を見せます。

いざ開幕すると主にレフトを任され23本塁打、
69打点をマーク、打率こそ2割4分8厘と安定感を
欠いていましたが
107安打中23本がホームランというパワーは
魅力的だとして契約更新かと思われましたが
野球以外にミューレンを悩ませたものがありました。

それは、MLBドラフト2巡目で入団し
10年以上、主力打者として活躍した
バリバリのメジャーリーガー、
メル・ホール。
年俸2億2000万円でロッテに前年から
在籍していたメル・ホールはミューレンと
ヤンキース時代からのチームメイトでしたが
見かねた八木沢監督から注意されるほど
7歳年下の後輩助っ人をイジめていたのです。

マイナーを行ったり来たりするレベルだった
ミューレンを格下扱いして嘲笑い、
ロッカーを荒らしたり、カンチョー攻撃を仕掛けたり。
口答えしようものなら「ドント・トーク」
しゃべるなと頭を引っぱたいて
ジュースを買いに行かせるなど
やりたい放題、命令されるたびに小銭を握り締め、
涙目で自動販売機に走るミューレンを
ロッテナインは目撃していました。

愛甲氏も奴は史上最低の野球選手と酷評し、
小宮山氏も「あいつだけは許せない、
はらわたが煮えくり返った」と
怒りをぶちまけるほど人間的に問題があった
メル・ホールは
ヤンキース時代も若手の有望株だった
バーニー・ウィリアムズを
執拗にいじめ、ジーン・マイケルGMから
イジメをやめなければ解雇すると
通告されたほどの常習犯だったのです。

引退後、バスケットボールのコーチをしていた
1998年に教え子の少女へわいせつ行為を働いたとして
逮捕され、禁錮45年を言い渡されたほどの
凶悪犯と同僚となった1年は、不運としか言いようが
ありませんでしたが、イジメ被害者のミューレンは
「2度と思い出したくないくらい嫌な奴だったが
その時の苦い思いを胸に、いつか這い上がって
やると誓って、今の地位にたどり着いたんだよ」と
後に語りました。

イジメ問題に加えて、新監督ボビー・バレンタインが
大物大リーガー、フリオ・フランコを
日本に連れていきたい意向も相まって
1年限りで自由契約となった助っ人でしたが
読売ジャイアンツに移籍した広沢にハウエルといった
2人の長距離砲を失い、長打力を欲していた
ヤクルトスワローズがすぐに声をかけます。

「なぜ2年目に伸びる可能性のある選手を
ロッテが切ったのか理解に苦しむ」と
球界関係者が首をかしげた未完の大器を
手に入れた野村監督は
同時に阪神からオマリーの獲得にも成功し
「一塁オマリーが背番号3で
三塁ミューレンが背番号9。
2人合わせてサンキュー・セットや!
抜けた2人の穴は埋まらないとか
戦力ダウンは間違いないとか言う
解説者がいるが、俺が目指している野球とは
逆行する2人だったから惜しい選手を失ったと
全く思っていないんや」と強気に笑い飛ばしました。

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