Tear Bandit 第二話

とある酒場。

ここには様々な職業の人間が集まり、酒を酌み交わし、情報を交換し、はては仕事の依頼が舞い込むなどギルドのような役割を果たしていた。


「トマトジュース1つ」

アルはカウンターに腰掛け、女性店主に注文をした。

「あら、アルくんおかえり。今回はどうだった?」

「おかげさまで、当たりでした。」

「あら、初めてじゃない?」

「えぇ、この酒場に通い始めて3ヶ月…やっとです。」

「そ、じゃぁよかったわね。お祝いしなきゃ、これはあたしからの奢りよ。」

店主はトマトジュースをアルに渡した。

「…まだ1つ目です。正直神具ハーツの存在はほとんど知られていないし、幸いなのか大きな事件も聞きません。でもまだ少なくとも20以上は散らばっているはずです…」

店主はアルの身の上を知っていた。
というのも、アルが姿を消していた数年間、アルはとある人間に師事していた。
その伝手でこの酒場に通い始めたのだ。

「そういう事なら1件気になる事件があるわよ。」

店主は微笑みアルに新聞を手渡した。

「これは…神隠し?」

「そ、ここから東へ行ったところにテリーヌって村があるでしょ?その村の外れにある谷でね、人が何人も行方不明になってるの。」

「行方不明?単に谷に落っこちたとかじゃないんですか?」

「まぁその可能性もあるわね。それでね、今月に入ってもう3人行方不明者が出てるのよ。旅人の間でも噂になっちゃってね、ほとんど人が寄り付かなくなっちゃったって。」

「まぁそうでしょうね。僕ならそんな噂聞いたら回り道してでも通りませんもん」

「それで、テリーヌ村ってその谷を通る旅人達が宿泊する宿を提供するのを生業にしてる人が多いから、なんとか原因を調べて欲しいって依頼が来てるのよ」

「なるほど…」
アルは新聞を読みながらトマトジュースをすすった。

「他にめぼしい所もないんだし、行ってみたらどうかしら?」

「そうですね、明日にでも調べてみます。ご馳走様でした。」

アルは席を立ち、自宅へと帰って行った。


「神隠し…人間が消える………旅人だけか。」

アルはベットに横たわり目を閉じた。
1人になるといつも思い出すのは、母と父の事だった。

「やっと1つ目です。母さん。」

アルはアネモイの指輪を見つめ、物思いにふけるとそっと目を閉じ眠りについた。

あれから何年経とうが、アルは決して幸せだった日々を忘れなかった。
何気なくも幸せで平和だった日々。
突如として奪われてしまった己の平穏。

アルはとある人間との出会いにより、アネモイの指輪を手に入れた。
この指輪を手に入れた時からアルは復讐を、そして二度と自分のような人間が生まれないよう、神具を全て集め破壊することを心に決めていた。

テリーヌという村には、果たして自分が求めている物はあるのだろうか。
期待と不安が交差しながらも、夜は明け朝が来た。

破れたカーテンの隙間からさす太陽の光がアルを照らし、アルは目を覚ました。

「朝か。」

アルは身支度を整え、コートを羽織った。

「一応お金も持っていくか。」

アルはベッドをどかし、床板を外すとそこ隠してある布袋から金貨数枚と銀貨銅貨を無造作に取り出しコートのポケットへとしまい込んだ。

「よし、行こう。」


目指すはテリーヌ村。
アルは酒場の店主の手配した馬車に乗り込むために、指定された運行組合ギルドへと向かった。


ギルドへ到着すると、馬車の御者であろう男性がアルへと話しかけてきた。

「アルバートさんですね。お待ちしておりました。あなたが最後です。」

「最後?」

アルは怪訝そうな顔をして尋ねた。

「おや、聞いてないので?今回の以来にはあなたを含め3人の方が調査に向かうのですよ。」

「(聞いてないよ…まいったな…。1人の方が何かと都合がいいんだけれど…)そうだったんですね。知りませんでした。」

「まぁ物騒な事件かもしれませんからね。人数が多い方が何かと便利でしょう。ささ、出発しますので馬車へお乗り下さい。」

アルは言われるがまま馬車の荷台へと乗り込んだ。
すでに到着していた明らかに盗賊のような風体の男と、騎士のような外見の初老の男性がアルのことを睨んだ。

「こんなガキが依頼を受けたのか」
盗賊のような男が口を開いた。

「遊びではないんだぞ。悪いことは言わぬから帰ったらどうだ?」
初老の男性も同じく口を開いた。

「年齢制限は特に無かったはずだけど」

「出会ったばかりなのに随分な言い草だなぁ…」

これだから嫌なんだと言わんばかりにアルは顔をしかめながら答えた。

「まぁいいさ。これから同じ依頼を受ける仲だ。俺はゴーダ。まぁ仲良くやろうや。」
盗賊のような男が名乗り、アルに握手を求めた。

「あぁ、僕はアルバート。アルって呼んでくれ。ところであなたの名前は?」
アルはゴーダの握手に応じ、初老の男性にも名を尋ねた。

「ふん。吾輩は盗賊風勢の男と、何処の馬の骨とも分からぬガキに名乗る名は持ち合わせてないのでな。」
男性は目も合わさずにそう言い捨てた。

「はははっ。アンタの事は知ってるぜ?もともとは王国軍の騎士だったラクレットだろ?」
「有名だぜ、若者いびりのラクレット。」
「自分の体力が衰えてきた事に焦り、若い騎士に嫉妬して「訓練」と称してイビリ倒してるのが祟って軍から追放された男だ。」
ゴーダは小馬鹿にしたかのようにラクレットに言った。

「貴様、吾輩を愚弄するか?ここで始末した方が報酬を受け取れる可能性が上がる分、都合が良いのだぞ?」

一触即発のムードだ。

どっちもどっちだと思いながらもアルは仲裁に入った。

「ここでやり合っても御者さんに迷惑ですよ。馬車も出るんだし、早く目的地に向かいましょう。小競り合いする為に依頼を受けた訳でもないでしょ?」

ゴーダとラクレットは納得したのかしてないのか、しかめっ面をし腕を組んで黙りこくった。


アルは先のことに頭を抱えながらも、到着まで眠る事にした。

馬車が街を出て5時間ほどたった頃、テリーヌ村が見えてきた。

「おい、にーちゃん。着いたぞ、テリーヌ村だ。」

ゴーダに起こされアルは目覚めた。

「これから依頼だと言うのに、緊張感のない子供だ。これだから最近の若者は。」

ラクレットがアルに向けて嫌味を言い放ったが、アルは気にもとめず荷台から降りた。

テリーヌ村。
人口は100人ほどだろうか、小さな村が目の前にあった。

「はい着きましたよ。テリーヌ村です。私はこの後も仕事がありますので。三日後にまたこちらへ伺います。ではおひとり様銀貨10枚でございます。」

アルたちは御者に金を支払い、見送った。

「さて、じゃぁ村に入るとしますか。」
ゴーダが我先にと村の入口へと向かった。

「何故貴様が仕切るのか。ここは年長者である吾輩が指揮を取らせてもらおう。」
ラクレットがゴーダに噛み付いた。

「あのな、別に俺はあんたの部下じゃねぇの。わかるか?軍ではそれが通ったかもしれねぇが、ここでは俺もあんたもそこのお兄ちゃんもみんな立場は一緒なはずだぜ?これ以上ごちゃごちゃ言うんならあんた1人で好きにしたらいいさ。」
ゴーダも負けじと言い返す。

ラクレットは騎士として働いていたせいか、些か自尊心が高いようだ。

アルはどちらとも組まずに単独で動こうと考えていたが、依頼を紹介してもらった手前そう勝手にする訳にもいかないかな、と考えていた。

そうこうしてると、その場に老人と子供がやって来た。

「もしや依頼を受けてくださった方々ですかな?」
「私、この村の村長を務めておりますスティルトンと申します」

村長と名乗る老人の後ろに隠れた9~10歳くらいの男の子はじっとアルを見つめていた。

「すいません、この子はリュックと言いまして、身寄りがないために私が引き取って一緒に暮らしていまして、まぁ孫のようなものなんですが、人見知りの気が強くて…ほら挨拶しなさいリュック。」

リュックはペコりと頭を下げ、また村長の後ろへと隠れた。

「如何にも吾輩たちは依頼を受けこちらへ来た。吾輩はラクレットと申す。」
ゴーダに先を越される前にラクレットが名乗りを上げた。

「俺はゴーダ」

「アルバートと言います。」

各々自己紹介を済ませ、村長の自宅へと案内された。


「早速ですが…」

「この村を出て北へ歩いていったところに、ラーマ共和国とこの国を分ける山があるのはごぞんじでしょうか?」

「ウルクール山の事じゃな。昔遠征で言ったことがある。」
ラクレットが答えた。

「その山へ向かう途中に、大きな谷があります。ラーマ帝国へ向かう人間はその谷を通り、山を越えてラーマ帝国へ入国する事になっています。」

「しかしいつからか…その谷を通った人間が忽然と消息を絶ってしまうのです。ラーマ国にたどり着いたという情報も無く、かと言ってこちらに戻ってきたという訳でもなく。」
村長はため息混じりに詳細を説明した。

途中ゴーダが質問した。
「しかしそれだけでいなくなったって決めつけるのも妙な話じゃねぇか?単に別のルートから別の所へ向かった可能性もあるだろう。」

「それだと助かるんですが、そういう訳でもないのです。」
村長は続けた。
「荷物…というか馬車がそのまま谷に放置されているんです。馬の姿も御者も乗り手の姿もなく、しかし荷物はそのままなので盗賊などの仕業とも考えにくく…」

「なるほど。そいつは妙だな。」

「うむ、確かにそれでは「神隠し」という他無い。」

ゴーダもラクレットも村長の話を聞き、 単なる失踪事件ではないということを確信したようだ。

「ひとついいですか?」

アルが口を開いた。

「その…谷って言うのはどの位の高さなんでしょうか?なんていうか…谷に落ちたって言う可能性も無くはないんじゃないかな、と。」

「谷ですか。結構な高さですよ。100mくらいはあるんじゃないでしょうか。」

「なるほど。では落ちて絶命する可能性もある訳ですね。」

アルは1つ納得したような顔をした。

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