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親の血、雨、のち、サレンダーで

10月11日 
 小説の発売が1ヶ月延期になりました、とのお知らせが入る。
 これで2回目の延期。私の直しが遅いのが直接的な原因なのだから、当たり前といえば当たり前なのだけど、ほんの少し、心がざわつく。とはいえ、直しの作業自体は楽しく、なんていうか、もともと出来上がったものがさらに良くなるしかなく、それが目に見えて分かる、というのは非常に喜ばしいもので、本を書いていて一番ぱかんと視界が開けて、うきうきするのはこの時期。書かなければ社会と繋がれないこの商売で、できあがったものを商品にするために、私の外側で動いてくださる大勢の人たちがいる、営業さんがいて、デザイナーさんがいて、編集者さんはもちろん、校閲さんがいて、それぞれがそれぞれの持ち場で丁寧にお仕事してくださっていることを、肌で感じられるようになるのはこの頃からだ。
 よくドラマなんかで身籠った女性に「もうお前一人の体じゃないんだよ」と言うけれど、「お前一人の原稿じゃないんだよ」というのが暗黙の了解で突きつけられて(例えば、戻ってきた原稿にそれはそれは丁寧な校閲さんによる手書きの文字が入っていたりすると)そりゃあプレッシャーでもあるけれど、同時に勇ましくもあり、ゴール手前で観客が見えてくるような気持ち、バトンを握りしめる手の圧も自然と高まります。

 そういえば両親にも原稿を見てもらったのだが、二人とも色よい感想。親が褒めたところで、もちろん社会的な商品としてのレベルの指標には全然ならないのだが、二人ともそれなりに客観的に文章を見るプロであり、そこで評価されるというのはなかなか元気の出ることなのである。
 そこら辺、30歳を越えた良い大人としてはちょっぴり恥ずかしくもあるのだが、思い切って認めてしまえば、私はこの辺に関しては親にでろんでろんに甘えている。
 最近男友達とランチしていて「文章を書く能力は90%以上親からの遺伝だって研究結果があるらしいよ」と教えられ、ということは私が今こうしてご飯を食えているのは90%以上親のおかげなのだ、という衝撃的な事実に苦笑い、「親の血」に関して、昔はそれがとても嫌で嫌で、反発もしていたのだけれど、最近は100%サレンダー、抵抗したって仕方がないのだし、親を超えるとか超えないとか以前に、もう、ここにあるこれは紛れもなく2者の染色体から授かったもので、所詮は私も、遺伝子の乗り物でしかないのだ、だったら否定することも抗うこともなく、それに大人しく便乗させてもらおう、という、まあ、こんな風に、サラサラと立て板に水を流すような気持ちになったのはつい最近のこと、年齢を重ねれば重ねるほど無意味にしんどいことが減って手放せることが増えるものの、それがちょっと、寂しくもあるが、まあ、現状はこうして生きて行けているのだし、じゃあまあ、いっか、という開き直りなのか脱力なのか、そう思ったら急に、親のことも認められて、敬う気持ちとともに、少しずつお付き合いすることも、できるようになって、きたのだった。

 母は私が原稿を見せるようになってから、やたらに父のことを話したがり、昔はその話題に触れるだけで、がんと厚い壁が二人の間に降りてくるような気もして怖くもあったのだけど、向こうからその話題を振ってくるなんて、と驚きながら聞いたら、
「んー?けど、結局、あんたがこうやって原稿書いてるのを見たら、お父さんの事、思い出しちゃって、あの人は芥川賞、取りたくて取りたくて取りたくて仕方がなかったのよねぇ」と、あれだけたくさん作品書いても、取れなかったのよ、でもあんたはすぐな気がするわねと、訳のわからないことを言う。父はというと私が書くことに関しては手放しででろでろに喜び、打てばポエムみたいなメールが返ってくる、それぞれがそれぞれの勝手な思惑でつながろうとしている、変な感じがするけれど、彼らがそれならそれでよい、親はやっぱり鎖でもあり、踏み台でもあり、樹木の根っこのように腐らずいつまでも何かを送り続けてくる存在でもあり、許そうが分かり合えようが、それは何一つ動かない事実としてそこにあるのだけれど、それはそれとして、各々の行動の結果として、それとは別の作用が、働くこともあって、こうして生きてく中で、何かを許したり、わかったり、通じ合えると思っていなかった誰かと通じ合える、というのも、やっぱり手を動かして、原稿を書いてきたからで、それがなかったら、何もない、全くのゼロだったか、もしくは別の地点にたどり着いていたはずで、何かをやれば何かが生まれる、という当たり前のことが、嘘みたいな奇跡の合致に思えるのはこういうとき。朝に窓を開ければ朝日が入るように、自然の出来事としてそれがあり、生きてるってやっぱりワンダーだ。

 原稿を書くという作業を通して、私は子供時代をやり直してる。それを認めることも人に言うことも気恥ずかしくはあるけれど、この分野に関してばかりは、せっかくなので2人とも死ぬまで、でろんでろんに甘えて行きたいと思う。いなくなったあとのことは、その時考えればいいのだから。

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小野美由紀

文筆家。著書に銭湯を舞台にした青春小説「メゾン刻の湯」(2017.2)「傷口から人生。メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった」(幻冬舎文庫、2015年2月10日発売)絵本「ひかりのりゅう」(絵本塾出版、2014)など。http://onomiyuki.com/

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