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有名になりたい!という欲望

新潮社の文芸編集部の編集者さんに連絡をいただき、lakaguでお茶をする。
小説を褒めていただき大変恐縮。

新潮社さんに関しては、ずっとずっと前、Rolaという雑誌でライターをやらせていただいたことがあるが、その時手がけた小説家のAさんと歌手のOさんの対談の取材現場に、Aさんをご担当されている文芸編集部の編集者さんが同席していた。

「ザ・編集者」って感じの迫力のある年配の女性で、ド派手なアフリカンスタイルの服装をしていて、アクセサリーをジャラジャラつけ、サングラスを胸から下げていた。


その時私は「傷口から人生」の初稿をちょうど書いていたくらいで、デビューに燃えていた。目の前でライトに照らされ、流暢に会話をする作家のAさんは眩しかった。写真撮影の段になり、手持ち無沙汰になった私の隣にその編集者さんが立ち、自己紹介の流れになった。初めて文芸の編集者さんとお話しできることに嬉しくなった私は
「実は私もエッセイを書いていて、将来的には、小説とかも書けたらいいなと思ってます(もごもご)」などと口走った。

その途端、彼女はその真っ赤に塗られた唇をグワァっと開けて

「あー!そう言うのはね!
結局才能なんですよ!作家になれるかどうかってのは才能なの!
才能がなけりゃいくら努力してもだめ!」と豪快に言い放ち、スタスタスタッと去って行ったのだった。

私はポカンとし、次の瞬間、悔しさで顔がかあっと熱くなった。

「くっそー、いつか、向こうから声かけて来るぐらいの作品書いたる!」

家には走って帰った。走るくらいに怨念と執念を燃やしていた。走って家に帰って原稿用紙を広げ、でも何一つ言葉が出なくて「うわあーーーーん」となり、畳の上を転げ回った。
しがない、取材一つ上手くできないライターの自分が不甲斐なかった。

5年経った今でもあの時の悔しさはまだ、全然消えてない。うそ。ほんのちょっとは薄れたけど、今でもまだ胸の奥にしっかり残っている。
しかし一方で、その時のことを思い出すと猛烈に恥ずかしくもなる。

有名になりたい!デビューしたい!みたいな鮮烈な欲望って、ハタからみると、青臭くってションベンくさくって、たまったもんじゃないだろうな、って今なら思う。きっとあの編集者さんは「有名になりたい!本を出したい!」って若者を死ぬほど見てきたのだろう。無意識に撒き散らされた承認欲求に、無差別にアテられる方はたまったもんじゃない。そう思えるのは、最初の本を出してから数年経って、ある程度そのころの自分を客観視できるようになったからだけど、当時は悔しくて悔しくて、なんで私の実力をわかってくれないんじゃいこの人は、と、いや、この人だけじゃなく世の中は、と、全身が青く発火するくらいに憤っていた。
そりゃ、書くものを読んでもいないし、本も出してないんだから当たり前じゃんねぇ。

有名になりたい!みたいな気持ちって、本人は隠してるつもりでも漏れ漏れになっていて、それが無味乾燥でソフトで滑らかなものが好まれる現代においては少々「イタく」感じられるものだけど、しかし、なりふり構わず他人に笑われたり批判されたりする覚悟で「それでも私は有名になりたいんですっ!」って言えるのってやっぱりエネルギーだし眩しい。私はなんだかまだ言えない。中途半端に漏らしたまんまである。

その時から数年経って、同じ文芸局の方からお声がけいただけるのはなんというか、ありがたくもあり、青臭かった自分の願いが叶った、という意味で誰にだかわからないけれど照れ臭くもあり、いやいや、何喜んでるの自分、2作目がどうなるのかも分かってないんだから、ぬか喜びしている場合じゃなし、さっさとおヤンなさいよ、と一人で自分にハッパかけたりたしなめたり、気持ちがマーブル模様で落ち着かない。でもでも、ずっと仕事したいと思っていたところとコンタクトが取れるって嬉しいことよ、少しくらいは喜んだっていいよねえ、と、その編集者さんが「小説の参考に」と山盛りにくださった最近おすすめの刊行物、の入ったYondaくんの紙袋を下げて、雨上がりのlakaguの階段を駆け下りたのだった。


しっかし、こういうデビュー云々とか文章論みたいなことを語りたがる人って、何かにつけすぐに「才能が全て」とか「技術が全て」とか言いたがるが、その人たちの人生から導き出された経験則なので「ふむふむ」と聞く一方、「そんなことなかろうが」という気持ちもある。
「○○が全て」、言い切ったらちょっとかっこいいし気持ちがいいけど、なるべく「全て」でまるっと括らない方向で生きてゆきたい。


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