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 フィリピンのマニラに向かうバスの中、隣でこちらに頭をもたせかけて眠る彼の顔を見ている。

 やや日本人離れした長い睫毛の影は、バスの窓のカーテンの隙間から差し込む強い太陽の光のせいで鼻筋にまでするすると伸びている。日差しはさらに、その下の三角地帯、ちょうど、涙袋と頬の境目あたりに白い陽だまりを作っている。

 遠くからでは、つるりとして、一枚のコピー用紙のようにしか見えない肌も、その白い陽だまりの中にはよく見ると細胞の畝があり、小さな毛穴の盛り上がりと、その中心には、光に透ける白い産毛のように見えて、実は黒々とした太い毛が、内側の力の噴き出すように次々と生えているのが、バスの振動によって顔が揺れ、光線の加減が変わるたびに、顕微鏡に置かれたプレパラートと同じ具合で、1秒1秒、くっきりと目の中に飛び込んでくる。

 首筋には、これまた、遠くから見ると白い紙のようにしか見えないのが、よく目をこらすと、細胞の一つ一つが、気候のためか水分を失い、いつもよりもややくっきりと、彫刻刀で刻んだように切り立った溝を見せている。空調が効きすぎているが故の、ぷつぷつとした毛穴の盛り上がり。細胞同士を隔てる筋にはここにも光が溜まり、さっきまで二人で座っていた砂浜の、次つぎと打ち寄せる白いウェーブ・ラインのよう。

 1cm四方ごとに違った景色を見せる肌の丘を、こうして肩に頭をもたせかけてじっと見つめていると、何も面白いことはないのにまるで飽きない。バスはもう3時間もノンストップで走り続けていて、他にすることもなく、期せずしてこうなっているのだが、こうしていると、彼もまた、刻一刻と変化する身体の時間、生育と老いの絶えない継ぎ目の最中にいる、生き物であることを私に強く印象付ける。

 その顔の向こう、窓ガラスの裏側には、緑の青々とした草地が、いつ終わるとも予感させずに続いている。時折思い出したように、枯れかけた木がその腕を、心持ちだけは上向きだと言わんばかりに、天に向かって伸ばしている。

 陽の光が全てのものを、本来よりワントーン褪せて見せ、高速で流れるが故の静止画のように、その姿勢の一つ一つを、私の目に焼き付けてくる。止まった世界の中、時折それを切り裂くように、白い雲をバックに小さな鳥がバスよりも早いスピードで飛び抜けて行き、それが、生きた本物の景色であることをやっと裏付けるのだった。

 中継地のバスターミナルが来て、彼は降りた。光り輝く白いTシャツをはためかせて。ビニール製の安っぽいカーテンに顔を寄せ、窓の外の彼に手を振るも、逆光のためか彼はこちらに気づかない。

 バスが発車した。青い標識はこれからマニラまでの高速路に入ることを示す。黒いスーツケースを下げ、黒いリュックを背負ったその後ろ姿が、一粒の黒真珠のようにまばゆい日差しの中に溶け、それはやがて太陽の黒点のように、遠く小さくなってゆく。

 今、輝いている命の一粒が、再び動き始めた景色とともに、後方へと飛び退る。見送る以外になすすべはない。

 バスは再び、無表情な高速路へと吸い込まれてゆく。

ありがとうございます。