レビュー:山崎ナオコーラ「かわいい夫」(夏葉社)流氷をつなぎ止める言葉たち

山崎ナオコーラさんのエッセイが好きだ。

自分の意見をできるだけ読者に押し付けないようにしよう、できるだけ浮ついた言葉を選ばないようにしよう、という、山崎さん自身の配慮が本のすみずみにまで行き渡っていて、飛行機のビジネスクラスに乗っているような安心感がある。

それでいて、「できるだけ、自分の感覚に忠実で居よう」という作家らしい野性味も感じられる。

彼女の小説も凄く好きだが、エッセイと天秤にかけたら、ギリギリでエッセイが勝つ。生身の山崎さんがしゃべっているという香りがするのだ。

この「かわいい夫」も、期待に違わず、そんな山崎さんの魅力が詰まったエッセイだ。


まず、表紙がいい。中身と合っている。

「寝る前に、一、二編」という、夏葉社の方が考えたのであろう帯もいい。

妊娠、流産、父の死、あと、結婚。

「夫」という言葉がタイトルに入っているので、結婚エッセイかと思いきや、生と死をめぐるエッセイである。

山崎さんは、この本の中で、「この本が、結婚はいいものだという価値観の押しつけにならないよう注意したい」(意訳)と書かれている。

また、このエッセイを「夫自慢」「幸せ自慢」と捉えられないかどうかについても、

「そう取られることはまずない。なぜなら、夫の年収が高くなく、私の容姿が悪いからだ」(意訳)と書いている。

他人にとって、うらやましいことなど何一つ無い、と言うのだ。

だけど、文章の行間からは、確かに2人の間にある幸せがじわじわと伝わってくるし、山崎さんの「夫じまん」(良い意味で)は炸裂している。

フットサルを、ださいジャージでする夫。

メモ用のノートの表紙に「デスノート」と書いてしまう夫。

それを、山崎さんが妊娠した時、一緒に出席した両親学級に持って来てしまう夫。

さらに、「無限の自由を手に入れろ!」とするどい字で書いたページの余白に、

「①安静あるいは適切な運動(人による)~」

などと、続けてメモを書いてしまう夫。(このくだり、大爆笑してしまった)

飲食店で、オーダーがなかなか通らない夫。

読んでいると、山崎さんの、夫に対する温かな目が想像される。

一緒になって、温かな目で「夫」を見ると、自分もまるで遠赤外線を出す石とか、かまどに当たったような、ほかほかした気分になれる。

それはきっと、その幸せが、夫の年収が高いとか、容姿がいいとか、イクメンであるとかいった世間の価値観に根ざしているわけではなく、山崎さん自身の価値観から生まれて来たものだからだ。

家族に関する価値観は、本来は個人的なもののはずだ。

しかし、社会から「こういうほうがいい」とか「こういうものだ」とか言われると、つい、グラグラしてしまう。私たちはみな、流氷の上に乗っているようなものだ。気をつけて足をふんばっていても、流されてしまいそうになる。

山崎さんの言葉は、その足下の流氷を、しっかりとつなぎとめてくれる感じがする。

大丈夫、あなたの価値観はあなたが決めていいんだよ、って。

「結婚や出産は双六のマス目ではない。
進んだ、だの、戻った、だのと捉えたくない。
どのような状況でも幸せになれるし、どのような生活を送っても、成長できる。
人生を作っていくという風には気負わずに、
ただ生きていたいな、と思う。」(本文より)

この一文で、涙が流れそうになった。

流産の経験や、妊娠初期の状態をまわりにどう告げるかについて、高齢出産という概念について、また、妻の方が夫よりも年収が高い事をどう捉えるか、結婚したことをどうアナウンスするか、など、社会と紐づいた項目についても、はっきりと言葉にしてあって、小気味よい。

「結婚」という行為や、夫婦関係に興味のない人でも、「生きる」ということ全般に興味があるのならば、ぜひ読んでほしい。

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小野美由紀

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