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佐藤の野望

この世の全ての佐藤の脳がある日突然クラウド化され、佐藤たちは互いの経験を共有・ダウンロード可能になった。

成功も失敗も共有し、データを取り、事前に学びあえる。

互いの経験から学びあった佐藤たちは強くなった。経済、学術、スポーツ、芸術、あらゆる分野においてトップを佐藤が独占するようになった。

「これまで俺たちは『東北の貧しい小作が勝手に藤原氏の補佐役を名乗り始めただけの姓』とか『学年に何人もいて紛らわしい』とか、散々バカにされて軽んじられてきたんだ。これからは俺たちの時代だ」

それまでの鬱憤が、彼らの結束をより一層強くした。

彼らは血族を増やし、佐藤姓を増殖させた。地上の栄華を極め、誰もが佐藤と結婚したがった。

田中も鈴木も高橋も嫉妬した。他の名字の人々も、次々と自分たちの脳をクラウド化し始めた。

しかし、数ではどの名字も佐藤には勝てない。

「佐藤」姓は全国で205万5,000人。 2位の「鈴木」は約179万9,000人。3位は「高橋」で約149万5,000人。

名字によるカーストの時代が到来し、佐藤はトップに君臨し続けた。

そのうち、反乱分子が発生する。

自分の経験を覗かれることに、嫌悪感を持つ人々が現れた。

彼らは名字を捨てて「あいみょん」とか「はあちゅう」だとか名乗り始め、群れるのをやめて九州の奥地に移り住んだ。

私の経験は私だけのもの。私だけが私よ。

私固有の経験を大事に、一度きりの人生を生き、誰とも共有せずに死にたい。

彼らの思想は先鋭的すぎるとなじられたが、彼らは負けずに独自の国家を作った。やがて「名字のない国」が建立され、王国憲章を作り、頒布した。

「私たちは誰にだって固有の経験があり、人に共有しない自由がある。人と痛みを分かち合わない自由がある。理解されない自由がある。いいね!されない自由がある。見た風景を写真にしない自由がある。ひっそりと孤独のうちに死ぬ自由がある」

閉ざされた世界で何が起きているのか、外側にいる人々にはわからなかった。名字を持つ人々は、あい変わらずお互いの体験を共有し、少しでも良い人生を送り、他の名字の人々に打ち勝つための競争を繰り広げていたが、そのうち、競争に停滞が生まれ始めた。

誰もが失敗を恐れ、互いに同じ行動しか取らなくなったのである。

失敗のパターンは過去から共有される。楽しさも喜びも、他人の経験を通じて先に取得できる。わざわざ、目新しいことをして、失敗する必要はない。

同じ服。同じ食事。同じような仕事に恋愛に結婚生活にレジャー。

佐藤たちは皆全く同じ行動を取るようになった。佐藤だけでなく、田中も鈴木も、その他の人々も。

そうこうしているうち、氷河期がきて人類は滅亡した。

5000年後、他の星から異星人が飛来しこの地に降り立った。彼らは他の星の生命体を研究するミッションを担っている調査隊で、凍てついた大地の底から佐藤たちの死体を発見した。数が多かったことが幸いし、何人かの脳はデータ採取が可能な状態で凍結されていた。研究者たちは全ての死体からデータを取り出し、解析したが、全てが似通っていた。人類という生き物の持つ多様性も、感情のバリエーションも見えてこない。あいみょんたちの死体も発見したが、彼らは脳をクラウド化していなかったので、データを採取することはできなかった。

異星人の一人はさめざめと泣いた。調査隊員として長年の実績を積んだ、隊のボスであった。

「彼らがどんな思いで、この星に生きていたのか知りたかった。感情の多彩さを知りたかった」

隣にいた、まだ若い隊員は白々とした視線を彼に送った。

「何がそんなに残念なんすか」

ボスは彼に言った。

「想像する、という行為はそれだけで価値なんだよ。だってそれ自体が能動なんだからね。理解できない他者を想像する、その行為こそが生き物に固有の経験をもたらし、行動のバリエーションを広げ、世界の多様性を拡張するんだ。私たちは彼らの生態を想像するチャンスを失ってしまった」

「そういうの、よくわかんねーす」

ボスは若い隊員に命令した。

「今のままでは、人類のデータは取れない。残った佐藤のデータから人類を復活させて再び地上で繁栄させてあげなさい。ただし、脳クラウドの接続はなしだ」

こうして、地上は再び佐藤の楽園になった。

復活した佐藤たちは、佐藤ではあったけれど、昔の佐藤ではない。一回きりの人生を生き、それぞれに固有の喜びを知る佐藤だ。


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