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なぜNFT?ーSF小説「ピュア」と、2つの異なる未公開英訳版のNFTを同時出品する理由

短編SF小説「ピュア」とその英訳版のNFTをOpenSeaのオークションで入札開始しました。

日本文芸の翻訳家が「食える」ようにすること。
それを通じて、日本文芸・文学と世界の接点を増やすこと。
それがこの世界で初の日本人の商業作家による短編小説NFTの発売、及び英訳版NFTの発売に寄せる思いです。

ピュア 表紙 NFT用カットバージョン

本作、短編小説「ピュア」のNFTは、日本の商業作家が過去作品をNFTとして出品する初めての例です。また、世界に一つしかない、未公開の英語翻訳版を同時販売することも、もちろん世界初です。
私がNFTで自作の短編小説「ピュア」を、そしてまだ書籍化されていない英訳版を販売するのには理由があります。
それは、自作の英訳版をこの形態で販売することで、新しい日本文芸の翻訳のあり方を提示でき、ひいてはそれが日本文芸の翻訳文化の後押しにつながるのではないかと考えたことです。

出版業界の方はよくご存知かと思いますが、文芸の翻訳の仕事って、ものすごく「手弁当」なんです。
多くの翻訳家は、翻訳の作業だけでなくエージェントの役割を全てこなさなければいけません。
日本語の小説を山ほど読み、優れた作品を見つけ出し、海外の出版社各社に企画を持ち込み、日本の出版社と作者に許可を取り、翻訳し、出版もしくは雑誌掲載にこぎつける。
運よくこぎつけたところで、雑誌掲載の単価はおよそ5万円前後(媒体によります)、もしくは、書籍化されるまでは全くギャラが出ないということさえあるようです。
私の小説・エッセイはこれまで数冊が海外で翻訳されていますが、どこの国でも概ね事情は同じようです。
また、雑誌に掲載されてから書籍化までのハードルも高い。若手の作家や若手の翻訳者にとっては尚更です。

書籍化されればまとまった収入が入りますが、翻訳自体が非常にエネルギーのいる作業ですから、一人の翻訳家が年に何冊も出すことは難しいでしょう。
そのため、ほとんどの日本文芸の翻訳家は、大学の非常勤講師などの仕事の傍ら、趣味的に翻訳業を手がける場合がほとんどです。
日本文芸の翻訳というのは優れた技術と日本文化・歴史への精通が要求される職業であるにもかかわらず、翻訳家を目指そうと思えば、「二足の草鞋」を履くことを念頭に置かなければなりません。

つまり、日本文芸の翻訳家は、現時点では「食える」職業ではない。

クリエイターにとって、「食べてゆく」ことはとても重要です。小説家にとっても同じですし、翻訳家にとっても同じです。

業界構造として仕方がない、というのは簡単ですが、この状態が続く中、日本文芸の翻訳文化が発展してゆくのは、かなり、難しいのではないか、と当事者でない私がぱっと聞いただけでも感じてしまいます。

優れた技術を持つ翻訳家が適切な報酬を得、仕事を継続できるようにしたい。
書籍化以前に、NFTの販売を通じて適切な報酬を得ることができれば、「食える」翻訳家を増やすことにもなり、ひいてはそれが日本文芸の翻訳文化の発展の後押しになるのではないか。

現在、日本文芸・文学は世界でブームと言ってもよい状況にあります。
イタリアで日本文学ブームが起きていますし、柳美里さんの作品が全米図書賞を受賞したことから、日本人の女性作家への注目も欧米圏で集まっています。

そのような状況なのに、翻訳家がその収入だけで「食えない」のは非常にもったいない。

今後はNFT販売が、小説家にとっての新しい収入源になるかもしれません。また、小説家と翻訳者が手を取り、翻訳した作品をNFTで販売する流れが作れれば、翻訳したものの書籍化に至らなかった作品を手元に眠らせずに済み、翻訳家の収益源とすることも可能です。
こうした流れから、出版社だけに翻訳家の収益を依存させず、優れた日本語翻訳家の活動の道筋を、さまざまな作品の発表形式によって作れたら、と願ってやみません。

本作「ピュア」はSF作品を多く手掛ける版元である早川書房から2020年に発売された小説です。「女性が男性をセックス後に食べないと妊娠できなくなった世界の恋愛」を描いた作品で、早川書房のnoteに無料掲載された際には話題を呼び、20万PVを獲得しました。

これは、2019年にnoteに掲載された中でもっとも読まれた記事の一つです。また、Appleが選ぶ「2020年ベストSF」にも選出されました。


現在ではイタリアでの翻訳出版が決まっています。

発売後すぐにワシントン・ハーバード大学のブッククラブに所属するアメリカ人翻訳家のローレル・テイラーさん(松田青子さん、柴崎友香さんの作品の翻訳をこれまで手掛けられています)とのご縁ができ、また、中村文則さんの「教団X」の英訳などを手がけたアメリカ人翻訳家のカラウ・アルモニーさんからも同時にお声がけいただきました。そのため、現在幸運なことに、本作品は2バージョンの翻訳が存在します。お二人とも熱心に書籍化できる版元を探してくれてはいますが、短編小説の書籍化は長編小説に輪をかけて難しく、まだ紙の書籍の翻訳出版契約には至っていません。
2つの異なる英語版が同時に発表されること自体が、これまでの翻訳出版文化の中ではイレギュラーな事なのですが、デジタル上に2つのバージョンがあるのも面白いのではと考え、2つ同時に発売します。

今後は、単なる作品の販売にとどまらず、この英訳版を元に「(イタリアを除く)全ての言語での翻訳・NFT販売権」を付与したバージョンや「二次創作NFT販売権」「映像化権」なども付与したNFTを発売する計画です。これをもとに、出版・翻訳に対するさまざまなNFT活用の仕方を探ってゆきたいと考えています。

優れた翻訳家が食うに困らず、正当な対価が払われ、翻訳を続けられる世の中にしたい。
それを通じて、日本文芸・文学の魅力が世界に知られるきっかけを作りたい。

この私のプロジェクトを皮切りに、今後、日本の優れた作家、また翻訳家がNFT発売に着手し、新たな収益モデルが確立すれば、作品発表の形態も多様になり、翻訳文芸の文化も活性化できるのではないか。
私は14歳の時に自作のウェブサイトで小説やエッセイを発表して以来、ずっとオンラインで作品を発信し続けています。商業媒体で発表した作品も、ほとんどをウェブ上で無料で公開しています。そのため、NFTの概念を初めて耳にした時も大変魅力的に感じましたし、NFT形式での作品の発表もごく自然なものとして受け止めています。またSF作家としても、メタヴァース空間がフィクションではなく、現実のものとしてすでに眼前に迫っている中で、ブロックチェーン技術が人間の生活にもたらす大きな変化を想像すると大変にワクワクします。
NFTという概念はまだ新しいものですが、伝統ある日本文学文芸の世界と結びつくことで、業界にとっても新たなチャンスが生み出されることもきっとあるはずです。
このプロジェクトに賛同、共感してくださる方からのご入札をお待ち申し上げます。

また、すでに紙の書籍として出版された作品であるにもかかわらず、NFT発売の許諾をくださった早川書房さん、また、NFTの概念とこのプロジェクトに魅力を感じ、快く表紙イラストの使用の許可をくださった、偉大なるイラストレーターの佳嶋さんにも深く感謝しております。
この場を借りてお礼申し上げます。

入札はこちらから

カラウ・アルモニー版

ローレル・テイラー版

ありがとうございます。