目に見えない差別を一人の女性を通して描く「82年生まれ、キム・ジヨン」(筑摩書房)

「82年生まれ、キム・ジヨン」(筑摩書房)を読む。

韓国では100万部、日本でも発売してすぐ重版、どこの書店でも品薄、と快進撃を続けている本書は、語り手である精神科医の診察レポートという体で精神に異常をきたした82年生まれのキム・ジヨンという女性の生涯が語られる。

感情的な文章ではない。淡々と、事実のみが語られる。

それなのに、どうだろう。この本書の隅々まで満ちた怒りは。

同じ女性として、同じ世代の、目に見えない差別を受け続けて育った人間として、最後まで目が離せない。

まるでキムジヨンが「憑依」したかのように、私にはその年齢、その年齢での彼女の怒りが、ありありと感じられる。

それがあまりにも「身に覚えのある」感覚だからだ。

学校でクラスメイトの男の子から不快な嫌がらせを受けても、「それはアイツがお前のことを好きだからだよ」と言われ、深刻に扱ってもらえない絶望感。

セクハラを受けても「態度や服装に問題があったのでは」となぜか被害者の責任にされてしまうことへの憤り。

就職活動でも、女というだけで内定がもらえず、大学からも厄介者扱いされるやるせなさ。

男だからというだけで優遇され、楽な仕事を回され、女たちは妊娠出産で辞めるからという理由で、条件が悪く、短期的なプロジェクトにしかアサインしてもらえないことへの怒り。

「女があんまり賢いと会社でも持て余すんだよ。いまだってそうですよ。あなたがどれだけ私たちを困らせているか」

「うちの大学も笑えるよね?賢すぎると持て余すとか言ってたくせに、学校の援助を受けずに合格したら自慢して、同級生の誇りだなんて」

……ジェンダーギャップ指数において、日本は110位でG7最下位、韓国は116位。

就活の様子も、働き方も、出産後の女性たちを取り巻く環境も、何もかもが日本社会と相似形だ。

私は本書を読むまで、それでも韓国の女性たちの方がいくらかマシだと思っていた。ソウル大学の男女の生徒数はほぼ同数だし、女性管理職の割合も日本よりは高い。

以前、私の本を翻訳してくれたイ・へリョンさんや、向こうのブックエージェントの方からも、韓国で#Metoo運動がどのような盛り上がりを見せているか、どのようにして女性たちがSNS上のくだらない女性嫌悪発言と戦っているか、渡韓のたびにお聞きしていた(詳しくは「韓国人女性にとっても帰省は憂鬱だ」を参照)。

けれど、そうした数字や運動に現れないところでの、儒教的伝統や徴兵制が原因で起こる男尊女卑や女性嫌悪に関しては、韓国の方が日本よりもしかしたらずっと根深いのではないかと感じる。

とりわけ「ママ虫」や「味噌女」というスラングからは、

「本来は男より劣った存在であるはずの女が、オレたちよりも得をするな(俺たちは徴兵制というハンディがあるからこそ、お前たち女はさも対等のような顔をしていられるのだ)」という凄まじい怨念と嫉妬を感じる。

本書は韓国の女たちの戦いの記録である。

ひどい差別の一方で、女たちが社会に仕組まれた不平等性を、次の世代に残さないようどうやって覆し、戦ってきたかが克明に描かれている。

ジヨンの母が、過酷な環境でどれだけ不遇を受けながらも、それでも娘たちに同じ轍を踏ませないために、女性としての尊厳と、未来の選択肢を潰さないために、影で努力してきたか。それがきちんと書かれている分だけ、まだ救いがある。少なくとも、母親が娘に「自分もそうだったのだから」と呪いをかけるシーンはない。(それゆえ、本書で書かれる母のジヨン氏の姉への”過ち”はあまりにもやるせないのだが。)

またジヨンの上司のキム・ウンシル課長も、決して後輩であるジヨンに同じ苦労を強いることはせず(「これからは私にコーヒーを淹れてくれなくていいですよ。それはジヨンさんの仕事じゃないから」)、入社同期のカン・ヘスとは、出産のために会社を辞めてからも、互いの価値観を否定し合わずに称え合う。

「かわいくて、いい子だね。だからって私も産んで育てたいとは思わないけど」
「うん、かわいい、いい子だよ。だからってあなたも産んで育てなさいよとは言わないけど」

男との分断が執拗に描かれるのに対し、こうした女同士の連帯が描かれている点が、女同士の足の引っ張り合いを戯画的に描きいたずらに分断を煽る作品も多い中で、一つの希望と私には感じられた。

日本の女性たちと韓国の女性たちは、この件に関しては手を取り合うことができるのではないか、と強く思う。男たちがいつまでもくだらない政治的分断を生み出している裏側で。

それをするのは、私たち「当事者」である。どんな立場でいようと、日本に生まれ育っている限り、私たちは本書で描かれている事柄に関して、当事者以外ではありえないのだ。

韓国の話だから、と尻込みしないでほしい。

韓国社会という、日本と離れた、しかし似た社会で起きた出来事であるからこそ、私たちは本書を通じて、写し鏡のように自分たちの姿を、自分たちの社会を省みることができるのである。


東京医科大の件で憤りを感じた、全員に読んでもらいたい一冊である。

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小野美由紀

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