今日のエウレカ#10 30代ってどんな代?

30歳になった。

私は25歳くらいまで人生がわりかしハードだったので、よく30年間も死なずに生きて来られたなと思うと、かなり、感慨深い。

最近は生きてるだけで多幸感がある。

犯罪者を無闇に擁護するのはよくないが、キング・オブ・コメディの人にも、「窃盗は罪だがここまで生きて来れてよかったね」と思ってしまうくらい、今日は他人に対して懐が深く過ごせそうだ。

それはさておき、

最近、若さと年齢について良く考えるようになった。

30が近づいて来たとたんに、雨後のタケノコのようにぼっこぼっこぼっこぼっこ、「結婚はまだですか」とか「30過ぎると女は〜」とか、言ってくる人(しかもそれはたいてい女なのだ)が現れはじめて、大変うっとうしい、というか、

なんでそんなにこの人たちは年齢のことを気にしているんだろう、と思うことが増えた。

この前も、「小野さんの若かった時って、どんなだったんですか」と聞かれて

私の中で『若い』っていうのは、髪に霜が降り始めるくらいまでを指す言葉だったので、かなりびっくりしてしまった。

その質問をして来たのは25歳の編集者さんだったので、ためしに「あなたにとっての若い」って、何歳くらいまで?と聞くと、「24歳くらいですかね」と返って来て、2重にびっくりしてしまった。

女の人が85歳くらいまで生きる昨今、24歳までが「若い」で、残りの60年間を「ああ、自分はもう若くないな」と思いながら過ごすって、かなり苦しくないか?

私はとくに、やっと社会に出て、ここが人生のスタートライン、くらいに思っていたので、なおさらである。

アラサーって言葉もそんなに好きじゃない。

老婆のように老けた28歳の女性も、子どもかと思うぐらいに若々しい34歳もいるのに、みーんなまとめてアラサーって、なんだかへんなかんじだ。アラサーです、というと、聞く人にとっては、これぐらいの年収で、こういう指向があって……と、イメージしてもらいやすいというメリットがあるかもしれないが、この「わかりやすさ」が人を不自由にする、ということも、かえってある気がする。

『50歳まではアラウンドゼロ』くらいのおおざっぱな感じのほうが、楽しく生きられるのではないか?

どうにも、この国における年齢認識には『若さ』と『老い』の2種類しかなくて、その中間がすっぽり抜け落ちているみたいなのだ。

『若いね』は褒め言葉としてよく使われるけど、同時に人を貶める言葉でもある。「お前はまだ若くてなにもわかっちゃいないんだから、おとなしくしてなさい」みたいに。

それで、少しでも若さを失ったとたんに「もう若くないんだから無理はするな」というようにたしなめられて、冒険する事ができなくなる。

大企業が人を管理するのに、この概念は非常に使いやすいようにも思える。

本当は、「若さ」と「老い」のあいだには、『成熟』とか『耕す』みたいな概念があるはずなんだけど、なぜだかそれはあまり、ふだんの言葉のやりとりの上では、あんまり重要視されないのだ。

私の中の30代って、「わたしはロランス」って映画で、主人公の女の人が、シャンデリアのギラギラしてるクラブで、馬鹿みたいに踊り狂ってるシーンのイメージ。

「いろんな社会的偏見や、こうするべき、みたいなものから解放されて、自分の尺度でものを見られるようになり、同時に、好きなだけ、好きなように、自分をカルティベートしてゆける歳」ではないかと思う。

同時に、「忘れる」ってこともできるようになってくる。

過去の嫌な事や、自分を縛る記憶は都合良く忘れて、どんどん、自由に、柔軟に、人生をデザインできるようになる。

すごく「育つ」のに都合のいい年代だ。

うちの父は「30代は、いや、人間一生モラトリアムだ」と言っていた。

初めてそれを聞いた24歳のときは「どひゃー。」と思っていたが、最近は、それもそうかも。と思う。

と、言うわけで、父の訓示にしたがい、30代はこれまでよりも、もっともっと、遊び倒そうかな、と思っている次第です。







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小野美由紀

文筆家。著書に銭湯を舞台にした青春小説「メゾン刻の湯」(2017.2)「傷口から人生。メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった」(幻冬舎文庫、2015年2月10日発売)絵本「ひかりのりゅう」(絵本塾出版、2014)など。http://onomiyuki.com/

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