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深く傷ついた経験のこと


異性関係において、深く深く傷ついたある出来事がある。

大学3年生の時、就職活動の一環で、とあるマスコミの企業に務めるOBの男性と知り合う機会があった。

当時大学4年生の同じ学部の男の先輩からの紹介で知り合ったその人は、とても親切で、理知的でハキハキと喋り、一目で仕事ができそうな感じがして、かつ中性的で親しみやすく、信頼できそうな感じがした。

なんども履歴書を見てくれたり、就職に関する本や、資料などを貸してくれ、忙しい中カフェなどで時間を取って相談に載ってくれた。

私は人をとても信じやすく、普段から男性と女性をあまり区別せずに付き合っていたこともあってか、その人のことを人間としてすごく信頼したし、尊敬もしていた。

5回ほど会った時、夜に飲みながら話そう、と言われた。

吉祥寺の焼き鳥屋で、夜遅く、お酒も交えて2時間ほど話した。

話の内容は普通に就職活動についてのことだったと思う。その人がなぜその企業を志したのか、とか、どういうことを面接で話したのか、とか、ひたすら話を聞いていた。

酒が深まった頃、突然、その人に肩を触られた。酔っているのかな、と思った途端、他の場所にも手が伸びてきた。

私は当時、恋愛経験も少なく、男性のことも全然理解をしていなかったので(また前年に留学していて、ハグとか、頰にキスとか、日常茶飯事だったので)

単に親密さを表すのが得意な人なのかなあ、と思ったりもした(今から思うとそんなわけないけれど、私はその人の人間性を信じたかったので、無理やりそう思い込もうとしていたところもあるし、多分、突然のことに驚きすぎて、半ば精神が乖離していた)。

お店を出た途端、腕を強く掴まれ「家に来て欲しい」と言われた。

流石に鈍い私も気づき、慌てて「いや、今日は帰ります」と断った。

何度かの押し問答の後に、彼は穏当に引き、私たちは駅で解散した。


正直に言うと、嬉しかった。

私は彼のことを人間としてとても信頼していたし、驚きはしたけれど、形はどうあれ、その人が私と、表面だけではない、パーソナルな領域まで、共有したいと思ってくれたことが嬉しかった。異性として付き合うかどうかまではわからなかったけど、もう少し、相手と話したいし、仲良くなりたいと単純に思った。

私はまだ、男性からの好意がどんな形をしているのかも、男のプライドというものがどれだけ固く、また脆いものであるかということも、理解していなかった。

ものすごく無邪気に、ああ、人から好意を寄せられるのは嬉しいな、と思っていた。


しばらくして、学校で、その人を紹介してくれた先輩から「最近、彼と会ってる?」とニヤニヤしながら言われた。

多分その人は何かを知っていたんだと思う。私はうっかり「この前、飲んだ時に、家に誘われたんですけど、あの人はそういう、なんて言うか、家に異性の友達を気軽に呼ぶようなタイプなんですか?」と聞いてしまった。今思うと本当に信じられないけど、この時はまだ(性的に誘われたんじゃなくて、普通に、家で飲みたかっただけなのかも)という気持ちもあった。

その先輩がどう答えたか覚えてない。多分、口ごもっていた気がする。

しばらくして、借りていた本をその人に返す約束をしていたので、私は再びお会いしたいと言う旨のメールを打った。

「本は差し上げるし、忙しいので会えない」と言う返事が返ってきた。

何かがおかしいな、と思った。

「できればお会いしたいのですが」と言う趣旨のメールを送ると、

「君が僕の友達に吹き込んだことでとても迷惑している。僕は君を異性として見ていないし、そんな誤解をされても困るので、今後一切会えないし、この話も人にしないで欲しい」と、怒り気味のメールが返ってきた。

それきり着信拒否されて、その人との連絡は途絶えた。


その時の気持ちを、思い出そうとしても、うまく思い出せない。

思い出そうとすると、心の弁が壊れてしまいそうになるから。


何がいけなかったのだろう、と死ぬほど思い返した。

何がいけないのかはわからないけど、とにかく私がいけないのだ、と言うことだけは分かった。

相手の行為を誤解したから。

人に話したから。

会えないと言われたのに、しつこくメールしたから。

今の私だったら、何も落ち度はないし、落ち度があったとしても相手にも十分すぎるくらいに落ち度があることを理解できる。

頭では。

けど、気持ちの上では、その時のショックは、未だずっと、氷解していない。

その時のまま、私は今も深く深く、傷ついている。


そこから先の恋愛は、めちゃくちゃなことになった。

運が良くモテたので、付き合う人数だけは更新してゆく。「好きです」と言われたら、好きじゃなくても付き合う。でも、心は固く冷えたままだ。どこかで、男性に心を許してはいけないと思っている。許したり、相手に踏み込んだりすると、突っぱねられると思い込んでいる。

どこかで、相手の好意を無邪気に信じてはいけないと思っている。

誤解して、相手を困らせたら、罰せられる、と頑なに思い込んでいる。


一回きりの、こんなことで。本当にそう思う。

でも、あの時、間違いなく私の心のどこかがばりんと割れて、そしてそれは、今日までずっと修復されずにいる。


一度起きた乖離状態は、一時の感情が落ち着いたとしても、ずっとずっとその人の中に残る。

付き合う人数がどれだけ増えても、心はその時の、傷ついた、処女みたいにむき出しの状態のままだ。

むき出しを隠しながら付き合うから、いつも、思ったことをうまく相手に伝えられずに悩んでいる。

処女みたいな状態のまま、その時の彼を相手に、ずっと傷ついているし、怒っている。


今でも、私は仕事相手や、人間として信頼していた相手から、突然好意を示されたり、性的な接触を受けたりすると、処理しきれずに精神が乖離してしまう。

パニックになって、いつも通りの自分ではいられなくなる。

怖いから。

その人の好意が正当なものではなく、性的に消費して使い捨てる気持ちが含まれていると分かったら(もしもそう思うような出来事が起きたら)心が耐えられないから。

そうして、ショックで乖離状態を引き起こして、うまく人と接せられなくなり、相手とスムーズに関係を続けられなくなってしまう。


とても、辛い。


肝心なのは、なぜか、この10年前の出来事を、今の今まで、忘れていたということだ。

最近、この経験を思い出す機会があり、初めて人に話した。

人生に深く陰を落とすほど、影響を受けた出来事であるにも関わらず、私は記憶に蓋をしていた。

人に話すことも、思い出すことすらも、恥だと思っていた。


あの時、どうすればよかったのだろう。私はその人に、どうして欲しかったのだろう。

言うまでもなく、私は相手に大事にされたかったし、宙ぶらりんのまま、突き放さずに、何らかのケアが欲しかった。

たとえ一時の気の迷いだったにせよ、関係を構築することは可能なはずだし、一方的に断ち切らないで欲しかった。何かの誤解が起きているとするなら、それを丁寧に口で説明して欲しかった。

プライドが傷ついたことに怒らず、言い訳とせず、私を断罪しないで欲しかった。

ただ、彼の考えていることや、その行動の理由を深く知りたかった。

彼と、OBだとか、就活生だとか言う表面的な立場を越えて、人として仲良くなる機会が欲しかった。

相手のことを、その時の気持ちを、理解するチャンスが欲しかった。

私が、深く、深く、深く、こんなに苦しむぐらいにまで、傷つく前に。






ありがとうございます。