ウェブで文章を書くのが、どんどん苦手になってきている

1月某日

仲良しのWEBの編集者さんに「もう貴媒体ではコラムなどは書きません」と告げる。怒ってるんだろうな、と思ったらやっぱりちょっと怒ってた。ごめんね。媒体が嫌いなわけでも彼に問題があるわけでも全くなく、お仕事としてはとても楽しく、好きなことを好き放題にやらせていただいたし、丁寧にフォローしてくださっていた。ここで書かせてもらっていたもの&対談の原稿を読んだ某出版社さんから書籍化のお話も来たし、心の底から感謝している。

けど、最近、特に秋ぐらいからかな、ウェブのコラムとかエッセイみたいなのが、どうしても書きにくくて、それでなんだか、手に力が入らない感じ。

多分、書き手の多くが思っていることだけど、WEBのコラムだと、過激なこと、過剰なことを、できるだけ短いスパンで書かなければいけないという呪縛がある。

お前、好きでやってるんやないんかい、と言われそうなんだけど、どっちが先なのか、自分でもわかんないけれど、それがわりと、しんどいのだと思う。


デビュー作「傷口から人生」はとにかく人様が楽しんで読んでくれるものを書くのに必死だった。他の女性コラムニストとかエッセイストが絶対に書かないものを書いてやろう、そうじゃないと、私の価値なんかないし、と思いながら書いた。心のえぐるような文章、とよく言われるけど、えぐるように書いているのだから当然で、ノンフィクションなのかと言われたら、あれは「ひ弱な女の子が母親を撲殺して(実際はしないけど)自立・成長する話」という一本のストーリーになるよう出来事を再構成・再構築して書いているし、全部事実です、って言えない部分もある。今だったら、別に、思ったことを、素直に書けばいいのに、って思ったりもするのだけど、とにかく、あの時は「読まれなくちゃ」の呪縛が激しかった。

だから、今読んだらちょっと怖い。

読まれなくちゃ、の力み、みたいなのがあって、恥ずかしい文章だ。

良いこと、書いてあるとは思うけど。


今、過激なこととか、激しいことがどんどん書けなくなってきている。

何かを主張したり、怒ったり、絶対こっちの方がいいよね!みたいなことが言えなくなってきている。

ウェブで人気を得るには、炎上したり、過激なことを言ったり、下世話なことを書いた方が、もちろん、PVが上がる。

でも、なんだかそういうのって、好きなふりはしてるけど、本当は苦手だし、私は読まないし、読めない。

ウェブで文章を書くって、なんとなくだけど、鋭い小刀で傷をザクザクつけてゆくイメージ。小回りが効くし、気楽にふるえる。そこまで正確な作業も求められない。

でも、それは一瞬で、読まれた喜びも、付けた傷跡も、すぐに消えていってしまう。

いつだったか、cakesで掲載した「不倫の子の胸の内」って記事が、3日で100万PVを超えた時、私の中で生まれたのは「こんなもんかぁ」って感情だった。
そりゃ、取れるでしょ、これだけ人が自分を、さらけ出して書いてんだから、って。
ストリップと一緒だ。過激だけど、でも、一瞬の興奮で、見た人はすぐに忘れる。



たぶん、書く場所の問題じゃないんだ。

そうじゃない書き方を、私がまだ知らないだけだと思う。

それで、いっつもうっすら困っている。


小刀で傷をざくざくつけて行く書き方じゃなく、小さなスプーンで、人の心の柔らかい部分をひそかにくるんとすくい取るような、そういうものが書けるようになりたい。

豊かな文章って、そういうものだと思う。


岸 政彦さんの「断片的なものの社会学」とか、堀江敏幸さんの小説とか、アリス・マンローの短編みたいに、ひそやかで、取るに足らなくて。

まっさらの、雪の上につく足跡みたいに、でも、本当にちょっとした触れ方で、いつまでも心に残るような。



派手な炎上、派手な記事、派手な主張は馬鹿みたいに見える。

一瞬燃え上がっても、焼け野原には足跡ひとつ残らない。

自分なりに、馬鹿みたいに見えないやり方を探したい。

一つずつでいいから、人の心にそっと足跡をつけるものを書きたい。

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小野美由紀

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