【シナリオ】あの世ワーク 3
○あの世センター・面談室
部屋の扉が開き、原みどり(57)が入って来る。
厚子、気合を入れて声をかける。
厚子「どうぞこちらへ!」
原、厚子の顔を見て驚く。
原「あっ!」
厚子「えっ?」
原「マサル! どうしてここに!」
担当「イヨさんのことが、彼女には『マサルさん』に見えているみたいですね」
厚子「なるほど。本来は私もこういう反応になるはずだったんだ……」
厚子M「だとしたら、担当さん、あのとき不思議だっただろうな。悪いことをしたかも」
厚子「ふふっ」
担当「今、笑うところじゃありませんよね。あー分かった、あなた、アレだ。笑っちゃいけないときに笑っちゃう人でしょう」
厚子、担当の言葉を無視する。
厚子「えーと、まずは記憶の整理。そして落ち着いたところで、この後の説明、と。こちらにおかけください」
厚子、原を椅子に座らせる。
原「これは……一体? あなたはマサルではないんですか?」
厚子「私の姿は、あなたが親しみやすいよう、生前に最も愛情を注いでいた人物の容姿に見えるシステムなんです。あなたのお名前と、年齢、ここに来る直前の記憶をお聞かせください」
原「はい……原みどり、57歳、癌を患っていて、病院で死んだはずです」
厚子「へえぇー。そういう感じなんですね。死ぬときの記憶ってハッキリしているんだ……」
担当「あなたが特別なだけで、普通は皆さんそうですよ」
厚子「それでは、原さん、これからのことをご説明いたします」
原、切実な様子で尋ねる。
原「あ、あのっ、あなたは本当にマサル……私の息子ではないのですか」
厚子「はい、私はあなたの記憶から姿を借りているだけなので。あなたはその息子さんをとても大切に想っていたんでしょう。だから私がその人の姿に見えるんです」
原、息をつく。
原「そう……そうなの。私のほうが先に死ぬことになるだろうと覚悟していたつもりだったけれど、こんなに早いとは思わなかったわ。あの子ももういい歳だけど、私にとってはまだまだ子供で……私がいなくなって困っていないか、心配でたまらないんです」
厚子、ハッキリと答える。
厚子「大丈夫ですよ。生きている人のことは、生きている人たちに任せておけばいいんです」
原、しばらく呆気にとられる。
原「……そうね、そうよね。もう死んじゃってるんだものね、私……。ふふ、その姿で言われると、何だかマサルが頼もしくなったみたいね」
原、安心したように微笑む。
○同・同
厚子、原を部屋の奥まで導く。
厚子「原さん、ここでちょっとお待ちください」
厚子、その場から少し離れ、担当に尋ねる。
厚子「私、この後のこと知らないんですけど……マニュアルには書いてなかったですよね?」
担当「お見送りするだけなので大丈夫ですよ。あ、イヨさん、これ渡すの忘れてました」
担当、厚子に籐で作られた布団叩きのようなものを手渡す。
厚子、担当をうさんくさそうに見る。
厚子「本当にこれ使うんですか?」
担当「そうですよ」
厚子「ええーっ、でも……。担当さん、いつもこんなの使ってやってるんですか?」
担当「やってますよ」
厚子「だってこれ……布団叩きですよね?」
担当「見た目は似てるかもしれませんね」
厚子、布団叩きを軽く振る。
厚子「まさか人間を叩くことに使う日がくるとは……」
担当、顔をしかめる。
担当「やめてくださいよ、人聞きの悪い。叩くんじゃないです」
厚子「あっ、違うんですか?」
担当「当たり前でしょう。送り出すんですよ、これで。私は『お見送り棒』って呼んでます」
原、おずおずと口を挟む。
原「あのう、大丈夫ですか?」
厚子「スミマセン、お待たせしてしまって」
原「何か一人で喋ってるようなので……」
厚子M「そうだった、担当さんの姿は見えないんだった……」
原、厚子の持つ布団叩きを見る。
原「そうだ、知ってる? 布団叩きって、叩くんじゃなくて、撫でるように使ったほうがいいのよ」
厚子「へぇ、そうなんだぁ……ああ、いや、これは布団叩きじゃないらしくてですね……」
厚子、担当をうかがう。
担当「さ、構えてください」
厚子「構えるとは?」
担当「バットのように」
厚子「バットのように?」
担当、手本として、野球のスイングのような動きをする。
厚子「それ、やっぱり叩いてるんじゃないですか?」
担当「とにかく、やってみてください」
厚子、原に向き直る。
厚子「いきます」
原、目を閉じる。
厚子、布団叩きを振り上げた後、原に軽く当てるようにする。
次の瞬間、強い光が原の体から放たれ、部屋を覆い尽くす。
厚子、眩しさに目を瞑る。
目を開けると、部屋に原の姿はない。
厚子「終わった……の?」
担当「はい、これで終了です。なかなかよかったんじゃないですか? イヨさん、この仕事向いてますよ多分。次からは一人でお願いできますね」
厚子、ホッとした顔で笑う。
厚子「マニュアル通りとはいえ、そう言ってもらえると嬉しいもんですね」
○同・休憩室
厚子が職員用の休憩室に入ると、受付が座っている。
厚子「あ、受付さん。お疲れさまです」
受付「お疲れさまです」
厚子M「職員はノンプレイヤーキャラクターと言っても、個性がある気がする。担当さんはどこか軽いノリだが、この受付さんはクールな感じだ」
厚子「そういえば、職員が借りる外見の人物って、まだ生きている人なんですね?」
受付「確かにまだ生きている人間の場合が多いですが、亡くなっている場合もあります。要は、その人にとって強い印象のある人間ってところですね」
厚子「へぇ……」
受付「説明担当は『最も愛情を注いでいた人間』ですが、私は受付なので、最期の瞬間にたまたま視界に入ったとか、あまり親しくない人間の場合がほとんどじゃないでしょうか。でないと入口で混乱してしまうでしょうから」
厚子「そういうものなんですか」
受付、厚子の手元を示す。
受付「ところでイヨさん、それずっと持ってるんですか?」
厚子、自分の手に布団叩きが握られていることに気づく。
厚子「あっ、しまった、ここまで持ってきちゃった。何故か手にしっくりきて」
受付「似合ってますよ」
厚子「ホントにそう思ってます?」
受付、真面目な顔で頷く。
受付「はい、魔法のステッキみたいです」
厚子、眉間に皺を寄せる。
厚子M「やっぱりここの人たちってよく分かんないなあ」
○猫の庭(夢)
厚子「あっ、またここに? いつのまにか寝ちゃったのかな……」
黒猫「また来たね、迷子さん」
厚子「ああっ! 猫さん、さっきは何てことしてくれたんですか!」
黒猫、悪びれた様子もなく尋ねる。
黒猫「見つかった?」
厚子「あ、探し物ですか? それが何なのかも分からないのに、無理ですよ」
黒猫「じゃあ、あっちかな」
黒猫、地面に開いた大きな穴を指し示す。
厚子、背後を警戒しつつ穴を覗く。
厚子「まさか……私にこの中に入れって?」
黒猫「察しがいいね」
厚子「入るにしても、突き落とすのはやめてくださいよ。自分のタイミングでいきたいんで」
黒猫、厚子に向かって突進する。
厚子「うわっ、えっ、ちょっと!」
厚子、穴に落ちる。
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