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【シナリオ】あの世ワーク 7(完)

最初:あの世ワーク 1
前話:あの世ワーク 6

○住宅街・歩道(夜)(夢)

   厚子、スーツ姿で歩いている。

厚子「何よあの男! ハッキリしないんだからー!」

   厚子、歩道の石を蹴飛ばす。

厚子「付き合って何年になると思ってんの? もう30なのに私!」

   厚子、歩道の端に黒猫がいるのに気づく。

厚子「おわっ、ビックリしたぁ。暗いと黒猫って見えにくいね」

   厚子、黒猫にそっと近寄ってしゃがみ込む。
   黒猫を見つめながら、呟く。

厚子「またケンカしちゃったの。……今日こそ、プロポーズしてくれるんじゃないかって思ったのにな……」

   黒猫、不意に歩き去る。

厚子「ありゃ、猫ちゃんにも嫌われちゃったかな」

   厚子、去った黒猫を見送って、立ち上がろうとする。
   車のライトが厚子を強く照らす。
   藤沢の運転する車が、厚子に向かって突っ込んでくる。


○あの世センター・待合室(朝)

   厚子、長椅子に横になったまま、天井をボーッと見ている。

厚子M「私は何にこだわっていたんだろう。プロポーズなんて、私からすればよかったじゃない。あんなに女だから男だからって言われるの嫌がっていたのに。結局、そういうこと気にしているのは、私も同じだったんだ」

   厚子、体を起こす。

厚子M「私の記憶には、いつだって『ハル』がいた。こんなにも私にとって大きな存在だったんだ……。すぐそばにいて、私の全部を受け入れてくれて……彼以上の人なんて、きっといない」

   受付、やって来る。

受付「イヨさん、何だかスッキリした顔をしていますね」

厚子「全部、思い出したんです」

受付「……そうですか。……それでは、あちらへ」

   受付、面談室への扉を示す。
   厚子、明るい表情を作る。

厚子「今までありがとうございました。短い間でしたが、楽しかったです」

   受付、驚いた顔をする。

受付「ここでそんなことを言われたの、初めてです。こちらこそ、あなたから明るい気持ちをたくさんもらいました」

   受付が柔らかく微笑むのを見て、厚子がいたずらっぽく笑う。

厚子「そういう顔、担当さんにも見せてあげたら、怯えられなくなるんじゃないですか?」

受付「考えておきます」

   厚子と受付、顔を見合わせて笑う。


○同・面談室

   厚子の前に椅子と机があり、その向こう側に担当が座っている。
   厚子、じっと担当の姿を見つめ、泣きそうな顔で微笑む。
   担当、厚子に声をかける。

担当「どうぞ。座ってください」

厚子「よろしくお願いします」

担当「(笑いながら)私の顔を見て驚かれているでしょうけど。どういうことなのか説明しますと、あなたが親しみやすいよう、生前に最も愛情を注いでいた人物の容姿に見えるシステムなんです」

厚子「ええ、よく知ってます」

担当「では、あなたのお名前、年齢、ここに来る直前の記憶をお聞かせください」

厚子「私の名前は愛川厚子。30歳、独身です、ふふっ。車にはねられて、ここに」

   担当、優しい眼差しで厚子を見る。

担当「イヨさんは、『厚子さん』っていうんですね、本当は」

厚子「『あっちゃん』って呼んでくれてもいいですよ……いや、その姿ではやっぱり呼ばないでください。きっと泣いちゃうから」

   担当、少しの沈黙の後、口を開く。

担当「……この姿のこと『あなたが親しみやすいように』っていつも説明してますけど、私は本当は、違うと思ってるんですよ」

   厚子、目を瞬かせる。

厚子「……と言うと?」

担当「最後に、愛しい人に一目でも会いたいっていう願いが形になったものかなって」

厚子「……でもちょっと残酷ですね。だって目の前にいるのは、実際は会いたいその人ではないんですから」

担当「あれ、私じゃダメでしたか」

厚子「ダメですね。本物はもっと誠実そうな感じです」

   担当、不服そうな顔をする。

担当「そんなにヘラヘラしてます、私?」


○同・同

   厚子と担当、部屋の奥に立っている。
   厚子、担当に頭を下げる。

厚子「お世話になりました」

担当「こちらこそ、勉強になりましたよ。今後の業務に活かせそうです」

厚子「最後に、いい思い出ができてよかったです」

担当「寂しくなりますね……まあでも、どうせいつかまたここで会うことになるでしょうけどね」

   厚子、ポカンとした顔をする。

厚子「……は? これから私、消滅するんですよね?」

   担当、ヘラヘラと笑う。

担当「あれ、言ってませんでしたっけ。厚子さん、生き返るみたいですよ」

   担当、一本足打法のようなフォームで布団叩きを構える。

厚子M「わあ、さすが担当さん、玄人っぽいフォーム。フラミンゴみたい……じゃなくて! じゃなくって!」


○病院・病室

厚子「聞いてないですけど!」

   厚子、叫びながらベッドの上で目を覚ます。
   傍らにいた清春(30)、驚愕の表情を浮かべ固まっている。
   やがて我に返り、大声を出しながら病室から廊下に出る。

清春「あっちゃん! あっちゃんが! だ、誰かー! 先生、先生! 誰か来てください! あっちゃんが目を覚ました!」

   看護師(34)、病室に入って来る。
   状況を見て、速やかに対応する。

看護師「落ち着いてください、すぐに先生がいらっしゃいますから」

   看護師、厚子の様子を見るために近づく。
   厚子、看護師の顔を見て驚く。

厚子「あっ、受付さん?」

看護師「……私は受付ではなく看護師ですが、どこかでお会いしましたか?」

   厚子、ポカンとした顔をする。

厚子「ここってあの世ですか?」

   看護師と清春、顔を見合わせる。

清春「何言ってんの、あっちゃん」

厚子「ハル……本物?」

清春「そうだよ、僕だよ。あっちゃん、車にはねられて、病院に運び込まれて。ずっと目を覚まさなかったんだよ」

   清春、目を潤ませる。

清春「ううっ、ごめん、ごめんねあっちゃん。あの日、僕がちゃんと家まで送り届けていれば、こんなことには……」

   厚子、苦笑する。

厚子「やっぱりハルは、私がいないとダメね」


○同・同(日替わり)

   清春、厚子のベッドのそばに座っている。

清春「あっちゃん、今日は随分機嫌よさそうだね」

   厚子、ベッドの上で上半身を起こした状態で清春の話を聞いている。

厚子「えっ、分かる? 昨日の夜、ちょっといい夢見れたからさ」


○あの世センター・休憩室(夢)

   担当と受付、話している。

受付「イヨさん……いえ、厚子さんがいないと何だか物足りないですね」

担当「いやあ、せっかく楽できていたのに、また忙しくなっちゃって嫌になりますよ」

受付「その割に、生き生きした顔してるじゃないですか」

   受付、微笑む。
   担当、言いにくそうに呟く。

担当「……あなたも、前よりステキですよ」

   受付、驚いた顔をする。

受付「そんな言葉があなたの口から出るなんて。ヘラヘラしてないと違和感ありますね」

   担当、肩を落とす。

担当「あなたまで、そういうこと言うんですか……」

   黒猫がやって来る。
   担当と受付、姿勢を正す。

担当「あっ、所長!」

受付「どうしたんですか、こちらにいらっしゃるのは珍しいですね」

黒猫「迷子さんの話をしてたみたいだから」

受付「迷子さんって、厚子さんのことですか?」

担当「所長、厚子さんのこと知ってるんですか」

黒猫「まあ、ちょっとね。彼女には世話になったからね。あっ、これ内密にしてね」

   担当と受付、顔を見合わせる。
   黒猫の首輪に鍵がぶら下がっている。

受付「もしかして、また温室の鍵なくしてたんですか?」

   黒猫、ごまかすように伸びをする。

担当「あっ、それで厚子さんを生き返らせちゃったんですか」

受付「職権乱用ですよ、それ」

黒猫「んー、だから内密にって言ったでしょ」

受付「それにしても厚子さん、鍵見つけられたんですね。さすがです」

   担当、もの言いたげな目を受付に向ける。

担当「あなた、厚子さんのこと随分高く評価してますよね」

受付「素敵な人でしたからね」

担当「ええっ、そうですか? けっこう失礼なとこありましたよ、あの人」

   受付、担当を睨む。

受付「それはあなたの人格のせいでしょう」

   黒猫、言い合う二人を横目に、あくびをする。

黒猫「愛だよ、愛。あの子が見つけたのはさ」

   黒猫、独り言のように呟く。

黒猫「愛の力に敵うものなんてないからね」

   (夢終わり)


○病院・病室

   厚子、夢の内容を思い出して笑う。

厚子「ふふっ」

   清春、不思議そうに厚子を見る。

清春「それにしても、あっちゃん、すごい回復力だって、先生が驚いてたんだよ」

厚子「何でハルがそんなに嬉しそうなの」

清春「そりゃあ、嬉しいよ。嬉しいに決まってる」

   清春、うつむく。

清春「あっちゃんが死んじゃうかもってなって、心の底から後悔したんだ。ケンカしたのが最後になっちゃうんじゃないか、何でもっと早く、大事なことを伝えておかなかったんだって」

厚子「大事なことって?」

   清春、意を決した顔をし、上着のポケットから小さな包みを取り出す。
   清春、包みの中からキャンディのジュエルリングを手にする。

清春「あっちゃん、僕と結婚してください」

   厚子、差し出されたジュエルリングを呆然と見つめる。

厚子「えっ……それ……」

   清春、照れくさそうに笑う。

清春「あっちゃん、本当はこういうの好きでしょう、昔から」

   ×   ×   ×

(フラッシュ)

   駄菓子屋でジュエルリングを見る厚子を、後ろからそっと見つめる清春。

   ×   ×   ×

清春「遅くなってごめん、あっちゃん」

厚子「……ホントにハルは、トロいんだから」

   厚子、涙を流しながら笑う。

清春「ふふ、あっちゃん、泣くんじゃないかなって思ったんだ」

   清春、ハンカチを取り出し、厚子の涙を拭く。
   厚子、いきなりジュエルリングをパクッと口にくわえる。

清春「ああっ、指輪!」

   厚子、清春の胸ぐらを掴んでキスをする。
   二人が離れると、ジュエルリングは清春の口にくわえられている。
   清春、突然のことに目を白黒させている。
   厚子、思わず吹き出す。

厚子「ふふっ、あははっ!」

   厚子、幸せそうに微笑む。

厚子「この世で一番、甘い愛だね」

【了】

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