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【シナリオ】あの世ワーク 1

○あの世入口・門の前

   愛川厚子(30)、スーツ姿で頭上を見つめ、口を開けたまま固まっている。

厚子「アッハ。またまたぁー」

   厚子が見上げている大きな門の看板には、『あの世 入口』と書かれている。

厚子「え? ウソだよね、だってまだ若いよね、私。事故? 病気? それとも事件に巻き込まれたとか?」

   厚子、頭を抱える。

厚子「ダメだ、なんっにも思い出せない……ていうか『あの世』って。そのまんますぎない?」

松田の声「ちょっと、そこどいてもらえる?」

厚子「あっ、スミマセン……」

   厚子、後ろから声をかけられ、振り向く。
   松田(83)、厚子の横を歩いていく。

厚子「あ、あの、ここは一体……?」

   松田、立ち止まり、厚子の姿を見る。

松田「あんたも死んだんだろう? だったらこの先に行かなくちゃあ」

厚子「えっ。やっぱり死んじゃったの、私?」

松田「ほら、グズグズしてないで行くよ」

   厚子、事態を呑み込めないながらも、松田の後を付いていく。

厚子「あの……、あなたは自分が死んだって分かってるんですか?」

松田「そりゃあね。死んだときの記憶があるからね」

厚子「えっ、そうなんだ……」

   厚子、首をかしげる。

厚子M「何で私は何も覚えていないんだろう?」

   しばらく歩いていると、建物が見えてくる。

厚子「あれは?」

松田「あそこで何らかの手続きをするんだろう。私も初めてのことだから、詳しくは分からないよ」

厚子「そ、そうよね。人間、何度も死ぬことはできないもんね」

厚子M「とりあえず行ってみよう。私の身に何が起こったのか、あそこで説明してもらえるかもしれない」


○あの世センター・入口

   厚子と松田、建物に入る。
   入ってすぐのところに窓口がある。
   受付の女(34)、二人にそれぞれ番号札を渡す。

受付「待合室にてお待ちください」

   厚子、ハッとして、受付に恐る恐る尋ねる。

厚子「もしかして、この後、天国に行くか、地獄に行くか、ってやつですか」

   受付、無表情で答える。

受付「『あの世』に天国も地獄もありません。皆行きつく先は一つですよ。善人だろうが、悪人だろうが、それは同じです」


○同・待合室

   厚子と松田、長椅子に座っている。
   部屋にはモニターのようなものが設置されている。

厚子「ええーっ、こういうシステムなの? なーんか、思ってたのと違う……」

   少しして、モニターのようなものに番号が表示される。

松田「おっ。私だ」

   松田、立ち上がり、部屋を出ていこうとする。

厚子「あ……お元気で」

松田「ハハッ、面白いことを言うね、あんた」

厚子M「確かに、私は何を言っているんだろう……お元気でも何も、ここは『あの世』だっつうの」

   厚子、一人で笑う。

厚子「うふふっ」

   しばらくして、厚子の持っている札の番号がモニターのようなものに表示される。

厚子「私の番だ」

   厚子、部屋を出る。


○同・面談室

   扉を開けると、いきなり真っ白な空間になっている。

厚子「うわっ、ビックリした」

   目の前に椅子と机があり、その向こう側に男性が座っている。
   担当の男(30)、厚子に声をかける。

担当「どうぞ。座ってください」

厚子「あっ、はい。よろしくお願いします」

担当「えーっと。まず私の顔を見て驚かれているでしょうけど。どういうことなのか説明しますと、あなたが親しみやすいよう、生前に最も愛情を注いでいた人物の容姿に見えるシステムなんです」

厚子「はあ……」

   厚子、首をかしげる。

担当「んっ? この顔、分かるでしょう?」

厚子「それが、何も思い出せないんです」

担当「……はい?」

厚子「す、すみません……」

担当「まさか、これまでの記憶がない?」

厚子「はい。何で死んだのか、いや、そもそも自分が誰なのかも……」

   担当、絶句した後、ため息をつく。

担当「あっちゃー、マジですかあ。あーそうですか……面倒だなあ……」

   担当、天を仰ぎ、舌打ちする。

担当「ホント勘弁してくださいよ。今日これで最後だから定時で帰れると思ったのに」

厚子「あの世にも、そういうのあるんですね」

担当「どこも人手不足なんですよ」

   担当、ハッとした顔をする。

担当「あっ。そうだ、あなたにも働いてもらいましょう! どうせ、しばらくこちらに留まってもらうことになりますからね」

厚子「……つまり、どういうことでしょうか。勝手に話進めないでください」

担当「本来は皆さんここに来るまでの記憶をお持ちなので、ここでこの後のことを説明して、お見送りをして終了なんですが、」

   厚子、話の途中で割り込む。

厚子「あのスミマセン、話遮りますけど、この先には何があるんですか? さっき、天国も地獄も存在しないって聞いたので……」

担当「何もありませんよ。消滅するんです」

厚子「しょ、消滅っ!? えっ、じゃあ幽霊とかはどういう……」

担当「そういうのは、生きている方たちの願望というか、妄想みたいなものじゃないですか? とにかく、死んだら消滅してそれで終わりですよ」

厚子「そ、そうなんだ知らなかった……あっ、それで、私の場合は?」

担当「あなたに記憶がないのは、その存在が不完全だからです。まあだからハッキリ言うと……あなたまだ死んでません」

   厚子、ポカンとした顔をする。

厚子「……えええっ! ウッソ! もっと早く言ってくださいよ! 消滅しないんだ私、よかったぁ」

担当「滅多にないんですよ、こういうこと。聞いたことはありましたが、実際に担当するのは初めてです」

厚子「それで、私はこれからどうなるんですか」

担当「今のあなたは、生死の境をさまよっている、って感じですかね。生き返るにしろ死ぬにしろ、どちらかに定まるまでは、ここにいるしかないでしょう。私も詳しくは知らないんです。前任者が辞めるとき、引き継ぎちゃんとしてくれなくて」

厚子「はあ……そして私は働かされる、と。何で死んでまで働かなくちゃいけないの、いやまだ死んでないけど」

担当「タダで『あの世』にいられると思わないでください。使えるものは何でも使いますよ」

厚子「そもそもいきなりやって、できる仕事なんですか?」

担当「マニュアルあるんで大丈夫ですよ、後で読んでおいてください」

厚子「お役所仕事なんですね……」

次話:あの世ワーク 2

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