【シナリオ】あの世ワーク 6
○あの世センター・面談室
厚子、椅子に座ったまま伸びをする。
厚子「夢のせいで、あんまり休んだ感じがしないなぁ……」
藤沢あさひ(27)、暗い顔で部屋に入って来る。
厚子「こちらへおかけください」
藤沢、驚いた顔で厚子を見る。
藤沢「タカヤさん? タカヤさんなの? あああ、会いたかった!」
藤沢、厚子に勢いよく駆け寄る。
厚子「お、落ち着いてください。私の姿は、あなたが親しみやすいよう、生前に最も愛情を注いでいた人物の容姿に見えるシステムなんです」
藤沢「どういうこと? タカヤさんじゃないの?」
藤沢、泣きそうな顔をし、やがて力なく椅子に座る。
厚子「あなたのお名前と、年齢、ここに来る直前の記憶をお聞かせください」
藤沢「藤沢あさひです、27歳です。車を運転していて……それで……」
藤沢、うなだれて顔を両手で覆う。
藤沢「あの日、私は急いでいて……たぶん操作を誤って……、それで気づいたら、車は歩道に突っ込んでいたんです。人を死なせたりしていなければいいけど……」
藤沢、泣き出す。
藤沢「ううっ、タカヤさん……」
厚子M「うーん、このままじゃ説明が進まないなあ……。少し話をして、落ち着かせたほうがいいかな?」
厚子「タカヤさんというのは、あなたの恋人なんですか?」
藤沢「夫です。私たち、まだ結婚して二年で……子供もいなくて。まだ、まだ……やりたいこともたくさんあった、なのに」
厚子「あなたの前に担当した方は、お孫さんの成長が見られなくて残念だとおっしゃってました」
藤沢、急に厚子を睨み付ける。
藤沢「……私は子供の将来の心配をすることはないからよかったですねって?」
厚子、驚いた顔をし、慌てる。
厚子「えっ? まさか! そんな捻くれた捉え方しないでくださいよ。皆さん、あなたのように未練があるんですよって話です」
藤沢、ため息をつく。
藤沢「まあでも、これからはタカヤさんのことを天国でゆっくり待っていればいいのよね?」
厚子、目を泳がせた後、おもむろに口を開く。
厚子「……あのう、非常に言いにくいんですが……この後、あなたは消滅してしまいます」
藤沢「……は?」
厚子「ですから……人は皆、死んだら消えて終わりなんです」
藤沢、絶句する。
厚子M「ああーっ、もう誰かどうにかしてーっ!」
○同・同
厚子、藤沢を部屋の奥へ導く。
厚子「あなたを送り出します」
厚子、美しいフォームで布団叩きを構える。
藤沢、厚子の姿を見て怪訝な顔をする。
藤沢「ふざけてるの?」
厚子「ふざけてないですよ! しょうがないんです、こういう決まりなんです。私だってやりたくてやってるんじゃないですよ!」
藤沢、捲し立てる厚子を見て笑う。
藤沢「私、全然、消えることに納得なんかしてないけど。最後にあなたと話せてよかったかも。さっきより穏やかな気持ちでいるの、今は」
厚子、自分を指さす。
厚子「せっかくタカヤさんの姿なので、何か言っておきますか?」
藤沢「そうね……愛してる、ずっと」
厚子「えっ……」
藤沢「あなたに言ったんじゃないわよ、勘違いしないでよ」
厚子「わ、分かってますけど、何かドキッとしちゃいました」
藤沢、大きな声で笑う。
藤沢「あはははは! あーあ、スッキリした! さ、お願いします」
厚子「では、いきます」
厚子、布団叩きを構える。
藤沢「えっ、ちょっと待って。まさかそれで叩かれるの、私?」
厚子「もう、何ですか。スッキリしたんでしょう? 大人しくしててください、すぐ済みますから」
藤沢「イヤよ! 何で最後の最後にタカヤさんに布団叩きで叩かれなきゃならないの」
厚子「私はタカヤさんじゃありません、さあ、覚悟決めてください」
藤沢「こんなのあんまりだわ」
藤沢、泣きそうになる。
厚子「いきますよ」
厚子、躊躇なく布団叩きを藤沢に当てる。
強い光が部屋の中を覆う。
光が収まり、藤沢は部屋から消えている。
厚子「すっかり慣れてきちゃったな……本当に私、この仕事に向いてるのかも」
厚子、スッキリした顔で布団叩きを肩に担ぐ。
○同・待合室(夜)
厚子と受付、長椅子に座って話している。
厚子「ああ、大変な一日だった」
受付「お疲れさまです」
厚子「そういえば、受付さんと担当さんとか、職員の方たちはお互いがどんな風に見えているんですか?」
受付「どう、と言われると難しいですが……プレーンな感じ、ですかね。表情とかは分かります」
厚子「プレーン!」
厚子、笑い出す。
厚子「あはははは! 何それ面白い!」
受付、呆気にとられた顔をする。
受付「……イヨさんみたいな人、珍しいです。『あの世』に来ても、明るくて、よく笑って」
厚子、少し考えてから答える。
厚子「まだ、ちゃんと死んでいないからかもしれません。実感がないんです。記憶も完全じゃないし……」
受付「今のイヨさんには、死にたくないと思うような、思い入れのあるものへの記憶が欠けているんですかね」
厚子、胸に手を当てる。
厚子「……ずっと引っかかってるんです。うまく言えないけど、何か、私にとって大事なことがここにあって、それが何なのかがモヤッとしていて……」
受付「あなたなら、きっと見つけられますよ。そんな気がします」
厚子「うふふ、ありがとうございます」
受付、頬に手を当てて、首をかしげる。
受付「私、こんなことを言うタイプではないって自分で思ってたんですけどね」
厚子「いいじゃないですか。今の言葉、嬉しかったですよ」
受付、両手で顔を覆う。
受付「何だか、恥ずかしくなってきました」
厚子「おっ、萌えますね、それ。キュンときましたよ、今」
受付「萌えますか」
厚子「萌えます」
厚子と受付、顔を見合わせて吹き出す。
待合室に二人の笑い声が響く。
○猫の庭(夢)
厚子、大きな声で呼びかける。
厚子「猫さん! 猫さん、どこにいるんですか!」
黒猫、厚子の背後から姿を現す。
黒猫「ここだよ」
厚子、黒猫に言い募る。
厚子「もーっ! 猫さん! さすがにさっきのは! あまりにも!」
黒猫、上目遣いで厚子を見る。
黒猫「ごめんにゃーん」
厚子、たじろぐ。
厚子「うっカワイイ……許す……」
黒猫「迷子さんって扱いやすいね」
厚子「その姿でそういうこと言わないでください」
厚子、黒猫に言い聞かせる。
厚子「とにかく、もう危険なことはやらないですからね!」
黒猫「はいはい、分かった、分かった」
黒猫、ウロウロと厚子の周りを歩く。
黒猫「次はどうしようかな」
厚子「しらみつぶしに探すしかないですかね」
黒猫、少し考えてから口を開く。
黒猫「迷子さん、その場でジャンプしてみて」
厚子、訝しげな顔をする。
厚子「カツアゲじゃないですか」
厚子、しぶしぶジャンプする。
厚子「言っておきますけど、何も出ませんよ」
チャリン、と音がして何かが落ちる。
黒猫「何か落ちたぞ」
厚子「えっウソ!?」
厚子、落ちたものを拾い上げる。
鍵の形をしている。
厚子、手のひらに鍵をのせ、黒猫に見せる。
黒猫、目を見開く。
黒猫「それだ! それを探していたんだ」
厚子「これだったんですか」
黒猫「迷子さんが持っていたのか。灯台下暗しってやつだね」
厚子、慌てる。
厚子「えーっ、身に覚えがないんですけど……」
黒猫「これまでのどこかで、すでに見つけていたのかもね」
厚子「で、これって何の鍵なんですか?」
黒猫、尻尾を揺らしながら厚子をじっと見る。
黒猫「君には特別に、見せてあげよう。鍵を見つけてくれたお礼だ」
黒猫、歩き出す。
厚子、黒猫の後を追う。
庭の奥に、可愛らしい温室がある。
黒猫、温室の扉の前で立ち止まり、厚子を振り返る。
厚子「この温室の鍵だったんですか」
黒猫「開けてごらん」
厚子、温室の扉の鍵を開ける。
扉を開き、中に入る。
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